993外伝2 隊長のひとコマ。

「よし! 鍛錬はここまで。次、警邏隊の報告をこちらに回せ。」
「はい!」

森林都、と謡われるグリダニア。
その、防備と街中の警備を取り仕切っている、槍術士ギルドも兼ねた「鬼哭隊」

今、その隊長を父から受け継ぎ、女だてらに取り仕切っているのだが・・

正直、不安がどうしても頭から離れない。

帝国。

かつて、第七霊災と言われた災厄を引き起こした対帝国大戦に於いて、自分の役割は分かっていたし、十分といえる戦果だと、カヌ・エ・センナ様からもお言葉を戴いた。

でも・・・・

栗色の髪をかき上げて。 執務に没頭すべく、部屋に入る。

大ざっぱな報告書には、追記を促すようペンを入れ、例え些細な問題でも重要だと思われる案件には、人員を回すように指示を。

「あ”ー、つかれたー!」
自分一人の時ならではの、独り言。

スウェシーナは、少し堅めの椅子で両手を挙げて背筋を伸ばし、そろそろ夕食の準備もしなくっちゃね、なんて献立を考える。

とはいえ、最近はシャン(息子の嫁)が何かと用意してくれていて、それほど家事には困らない。
夫とは。しばらく以上に離れているので、独身貴族みたいなものだから。

元々が身分違いなんていう、揶揄もあったのだけれど・・。
冴えない夫を好きになったのは自分で、後悔もしていない。
ただ・・。
少しばかり・・・・いや、それ以上に距離ができてしまったのは否めない。
今の身分を捨て去って、二人でどこかに住処を構えればいいのだろう。

ただ・・。
どうやって、この距離を埋めればいいのかが分からない。
「レティあたりなら、スカっと言うんだろうね・・」
それでも。
今は、息子とその家族はとても大事だ。
自分の立場は、腕が上がらなくなるまでは退くわけにはいかない。

呼び鈴を鳴らす。

チリン。

「はい!どうかしましたかにゃ?」
ドアを開けたのは、息子の嫁。
「シャン・・ごめん。貴女を呼ぶつもりじゃなかったのだけど・・・」
「どうかしましたかにゃ?」続けて。
「ううん。少し喉が乾いたから、お茶でもって思ったの。」
「わかりましたにゃ。スグに用意しますにゃ。」
「いいわよ、そんなに急がなくても。それにせっかくだし少しおしゃべりもしよう?」
「・・いいんですかにゃ?」
「大丈夫よ。他に何かあった?」
「にゃあ、夕飯の献立を考えているんですにゃ・・・」
それはそうだ。あまつさえ、自分もそう考えていたところだし。
「あ、でもでも!ちゃんと今日の鍛錬の指導はちゃんとやったから、大丈夫ですにゃ!」
「お疲れさま。ほんと、ネルケにも見習わせたいわね。」
「あ・・・義母さん・・ネルケは、リルの相手で結構いっぱいいっぱいなのにゃ・・・。」
「へ?アリティアさんの所に預けてあるんでしょ?」
「えー・・・と。その。」
「どうかしたの?」
「にゃあ・・家に帰ってきてからが、手を焼くといいますかにゃ・・・?」
「え?わたしが行った時には、おとなしくって行儀もいい子だと思ってるんだけど。」
「それがですにゃ・・。」
「うん?」
「ネルケには・・・「超」がつくほど甘えん坊なんですにゃ。」
「へ?」
「あたいが、ちゃんとしないとダメにゃ、って言っても聞かないのに、ネルケ相手だと素直に聞くのにゃ。」

ああ・・・なんとなく。そう。なんとなく、分かってしまった。
要するに、あの子は父親であるネルケの性格を受け継いだ、と言うことか。
その点では、自分も文句のいい場所を見つけるのに苦労しそうだ。
なにせ、見てはいられない程の「でくのぼう」に恋をし、結ばれたのだから。
こう、なんていうか。
目を離せば絶対なにかやらかすだろう、な所を「護ってあげなきゃ」なんて。

「ああ・・シャン。」
「はいにゃ。」
「その話題は今度、じっくり話そうね。姑として、言いたい事は多々あるけれど。 それはほとんど全てにおいて、シャンの愚痴を聞いて、わたしが「あるよね。」って事になるだろうから。」
「それはそれでスゴイ展開かもしれないのにゃ・・・」
「まあね。」

リン♪

「あ、ゴメン。シャン。伝心が・・・・」
珠を。
「ではこれにて失礼しますにゃ。お疲れさまでしたにゃ!(お茶を用意しなければにゃ)」
ドアを閉じる前に。
「あー。シャン?」
「あいにゃ?」
「実は・・私用で、出掛ける事になっちゃたわ。お茶はもういいわよ。」
「あにゃ。」
「じゃあ、美味しい夕食を作ってあげてね。個人的には・・・たまには外食もいいと提案しておくわ。」
「ありがとうですにゃ。でも。何かしてあげたいからにゃ・・。かの剣聖も愛妻料理を振る舞って、旦那様を唸らせているそうですからにゃ。」
「やるわね、彼女も。」
「二人そろって、ビスマルクでコックができる程の腕前ですからにゃぁ。一度、お呼ばれに行った時は、正直な話。「冒険者じゃなくって、レストランやったらにゃ?」って言いましたにゃ。」
「ぶ。」確かに、夫のミコッテはビスマルクで修行をしていたそうだし、嫁の方は母親の教育だろうか、郷土料理とパンを焼く技術を叩き込まれている。
とはいえ、目の前のミコッテの女性も料理には手を抜かず、色々とやっている。
もしかすれば、自分が怠惰になってしまったのかもしれない。
「ごめん。つい引っ張ったわね。じゃあ、お疲れさま。」
「あいにゃ!」敬礼をして。

「レティ・・」
パールからの伝心。

「一杯つき合え。」

いつもの事といえば、そうなのだが・・・。
まったく、この迷惑来訪者め。

実際の話としては、彼女にはとても感謝をしているし、申し訳のないことをしてしまった。
それでも変わらず、今までの関係。
「腐れ縁」を続けてくれている。
そういえば、初対面の時は派手に負けて・・
それからは、彼女に負けないように鍛錬を積んだものだ。
おかげで、今の立場にある。
まあ、皮肉として言うのなら厄介な立場を受け継いでしまって。
感謝を言えば、亡き父の後継者として十分な実力と実績を。
過去の対戦でいえば「魔女」に一度たりとも勝てた事はない。
しかし。
彼女と組んだ時には、負けた事がない。
どうなっているんだか。

(まだ仕事が残ってるから、もうちょっと待ってよ!)
パールからは急かしてくる親友。

とりあえずの書類整理を終わらせ、窓を見やる。
暮れの早いこの街だ。すっかり暗くなってしまい・・
(何処にいくの?)
珠に問う。

(んー、決めてない。でも。)
(なによそれ。)
(バデロンのトコでいいっ?)
(なによ、カーラインじゃダメなの?)
(ちょっと、ね。)
(相変わらずねー!)
(や・・。あたしとした事がね。)
(なに?)「天魔の魔女」のふたつ名を誇る彼女が失態を?まさか。
(まあ、いいじゃない。クイックサンドじゃ、あのお節介焼きの千里耳がいるし、カーラインだと地元すぎて。)
(ウルスリはともかく、バデロンの口はそうそう黙ってるとは思えないけど。)
(あー、まー。そーいや、そうだけどね。)
(もう。じゃあ、溺れた海豚亭でいいのね?)
(うん。先に一杯やってるかも?)
(貴女ねえ・・・。まあ、いつものことだから。)これは・・やはり、色々とあったんだろう。
少しでも彼女の気を紛らわせる事ができるのなら、諸手を挙げて。
そう。「あの時に」決めたこと。

かの「メテオ計画」と帝国が呼んでいた大戦。
勝者無き戦。

その傷跡は、各地でも無惨に残り・・・この親友の心にも傷跡を。

記憶の喪失。

あの乱戦の最中、自身の傷を省みず突貫で自身の建てた作戦通りに戦い、そして。
いや。過去の話になりつつある。
そして、今は過去だけを見ていても進まない。
復興は徐々になされ、万事が上手く、とはいかないながらも。

なんだかんだで、世界はそれでも廻っているのだ。

最後の書類に印を押し、大きく伸びをして。
「んじゃ、行くか。」息子にパールで伝心をしておく。(誘われたから)これだけで、内容は通じる。返事を聞くまでもない。


「スゥ、遅い!」
グレイの髪を束ねた女性は、少しばかりヤブ睨みで。
「バデロン。おかわり。」と、ショットグラスを店主に突きつける。
「ねぇ、レティ。」
少しばかり苛立ちげで、どことなく寂しそうな。
そんな親友を見る。
「いいの。そんな気分。」と、魔女はすこしばかり、バツが悪いような表情で次のグラスを受け取ると、「バデロン。こいつにも。」とラムのショットグラスを見せつける。

(あの・・・スウェシーナさん・・)
エレゼンの女性、ウルスリがこっそり。
(どうしたの?)
(少し、ご機嫌ナナメみたいなんで、どうか大目に・・・)
(うん。わかってる。まったく、コソコソと何かやってるクセに、相談一つしないと思ったら、こういう事ばっか。さすがに慣れてくるわ。)
(すみません。)
(ウルスリが悪いわけじゃないんだし。大丈夫。ちゃんと面倒みるから。)
(ありがとうございます。)

「あいよ。」
優しいテノールでグラスを渡され「どうも。」と、隣を見れば。
待ってました、とばかりに満面の笑みの「迷惑来訪者」
 まったく。本当に・・
いっつも、飽きさせない上に、無邪気。その上、全部なのか、一部なのか、計算高い。
こういう、生まれ持っての才能をなんて言うんだっけ?

「乾杯。」ショットグラスを目の前に。
「うん。乾杯。」

いつもながら、この酒場での歓迎は「ラムを一息に。」は、少し以上にこたえる。
カーラインカフェだと、ワインなのだけれど・・。
「あのさ。レティ?」
「ん?」
「多くは聞かないけど・・・聞いても答えないでしょうから。」
次のラムが。
「もう少し頼ってもいいんだよ。」
「・・・・・・・・・。」
「ま、いいか。今日はつぶれるまで飲もう!」
「は?スゥ?」
「いいじゃない。たまにはこういうのも。」
「・・・スゥ。」
「なーに?」
「先に倒れた方が全額払いな。」
「ぶっ!?」
「あははは!冗談だって!」
「もう!ビックリさせないでよ!」
「いや、もうすでにスゥの全額支払いは言ってあるんだし。」
「は!?」
「バデロン?」魔女が。
「ええ・・スウェシーナ隊長さんが全額オゴリって話を聞いてますけど・・・違いました?」
髭の店主は、おそるおそる・・・
「・・・・そんな・・・こと・・・・一言も、約束してない!レティ!」
「まー、いいじゃん?」
「よくない!」
「じゃあ、さっきのルールで行こう?それならいいよね?」
「うううううう!」

やっぱり・・・いつもの・・「相手の舞台で踊らされてる」・・・この心理戦のからくりは聞いて知ってはいるものの、誘導の巧みさは到底かなわない・・・


「それじゃあ、帰るわね。バデロン。スゥにご馳走さま、って言っといて。」
「それは、いろいろと問題がありそうですけどね。」 
「大丈夫よ。常の通りかしら。」
やすらか?な寝顔をカウンターで披露している親友に。「ありがと。」と、一言。
本当は・・・いや、今は言うべきじゃないのかもしれない。でも。

「じゃあね。」青い光に包まれて・・・


「・・つ・・り・・・?・・ん?」
情けなく、カウンターに突っ伏して寝こけていたスウェシーナは、言葉の断片を探して。
「・あ・・と?」
「お目覚めですかい?魔女はもうお帰りしましたよ。」
「・・?ああ。、・・・」
「お支払い、ですが・・・」
「あ!」
「いえ。魔女殿が。」
「へ?」
「そういう方でしょう?」
「・・・そう、、よね・・。」濁った意識の中でも。
なんとなく、分かる。
そう。常に、相手の裏をかく。
でも、その彼女が・・いきなり飲みに誘って・・こんな事をするなんて、まず無いはずなのだけど・・逆に、「裏をかく」と言う意味では、まさに二重にかかれてしまって。
「はぁ。」一息。「お水。」
「どうぞ。」グラスを差しだし。「でも・・魔女もけっこう酔ってましたよ。」
「バデロンさん?」
「いや、あんまり言うとドヤされちまううんで。ただ、飲み方がいつもと違ったからね。多分、倒れた時に貴女と一緒なら大丈夫と思ってたんじゃないですかい?」
「・・・。」
「いろいろとありますからね。特に有名人は。」
「だよね。」
身なりをただし、「今はいつ時?」
「ああ、そろそろ月が沈む頃合いですかね。グリダニアだと、どういう表現をするのかよく知りませんが。」
「そうね。朝の遅い街だから・・もう少しすれば、日が昇る、か。」
「へい。」
「それじゃあ、お邪魔したわね。ごちそうさま。」「いえ、またどうぞ。」

レティ・・・言えないことがあるのはわかるけど・・もうちょっと頼れ!っての。
痛い頭を抱えつつ、酒場を出ると移動術式を・・・

淡い青色の光の中に。

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