992外伝2 魔女のひと時。

小鳥たちのさえずりが心地いい。

この森・・・黒衣森と称されてはいるが、ただ単に黒いだけではない。
光があってこそ、「黒」もまた映えるのだ。

わずかながらの陽光を楽しみながら。
グレイの髪の女性は先を進む。

かの「地」を目指し。


「はー、ほんっと。此処が故郷に想えるなんてね。」

かつて、各地を転々とし「天魔の魔女」なんてふたつ名を頂戴してまで。(命名したのは、フィルフルのオッサンだったかしら?)

レティシアは少し以上の郷愁と共に・・・


本当の故郷は、アラミゴ。
城塞都市として、名高かったはずの都市は陥落し、それをいち早く察した母と、ミコッテの少女。
二人の助けを得て、このグリダニアの地にたどり着き、そして師と仰ぐ二人と出会った。

そして。

今。


巨大な古木が立ち並ぶ中。
「お師さん・・・」

小振りなユリを一本の大樹に添える。

無言の構成を編み、広げる。

(なにをしている?レティ?)
「いえ。鎮魂の言霊を。」

隣に誰か居れば、ただの独り言に聞こえたであろう、その言葉は大樹の下に眠るかつての師に手向けられたもの。

(お前も・・年を重ねたのだな。)
「あはは、それは言わないでください。」
(お姉ちゃん、今の術式、理解できたー?)
(ああ、ヴィント!ちょっかいを出してくるな!・・まあ、少し時間がかかったが・・)
(そうなんだ?わたしはスグにわかったよ!)
(嘘をつけ!まったく。)
「まあまあ。」
世間を賑わす「魔女」でさえも、この二人には頭が上がらない。

(俺も混ぜてはもらえんかのお?)
ララフェルの老人が・・・
(ご老体、今回は聞いてるだけでは退屈でしょうが・・それでもいいのなら。)
(うん。弟子の出来映えに満足できるのはよきこと。)
(いいじゃん!お姉ちゃんってば、カタすぎ!)
(お前は柔らかすぎる。)

この4人?のティーパーティーは、かつては自分以外の一人が参加していた。
「母さんは・・」
(レティ。アナスタシアはもう、神の住まう領域に還っていったのだ。いいや、言い方を変えるべきだな。もう、お前のすぐ側に居る。)
(お姉ちゃん、言い方がまどろっこしいし。だよね。レティ?)
「ヴィントさん・・・ええ、孫がその魂を引き継いだ事は・・なんとなく分かっていたわ。だから。多分だけど、気の強い子に育つんだろうな、とは思っているけど。」
(アナスタシアは、気が強い方じゃ無かったけどね・・。ただ、芯がしっかりした方だったよ。)
(ヴィント。私はアナスタシア殿の事を、生前の事を知らないが、そうだったのか?)
(うん。少なくともお姉ちゃんくらいには。)
(それは、褒めているのか?)
「ぷっ・・」つい、こらえきれずに笑ってしまう。
(レティ。少し以上に失礼じゃないか?)
「ごめんなさい、お師さん。だって、お師さんがこんな気の利いた台詞をおっしゃるなんて。」
(それは、褒め言葉じゃないぞ?)
「でも・・」ほほえみを返す。
(俺も話にくわわりたいのよな~)
「あ、そうですよね。ホラン師。そういえば。最近になって、耳に入った情報なんですけど。」
(ほう?)
(こっちは、情報に疎いからね。)
(ヴィント、木々の安らぎと、この陽射しの暖かさ以外に何がいるの?)
(いいじゃん。ね、レティ。どんなお話?)
好奇心旺盛な彼女は、姉の叱責を全く気にせずに。
「はは、そうですね。   ・・・なんて言いますか。そこな「妖怪」の後裔の話をね。少しだけ。」
(俺の事を「妖怪」と呼ぶのはお前くらいなのよなあ・・)
(へぇ~)(そうなのですか?ご老体。)(今更ながら、老体と言ってのけるのも、お主だけなのよな。)
「では。 ウルダハのとある商家の娘さんが、「ホライズン」の家名を承認されたとか、って話をね。まだ幼い・・・うちの孫より、2つほど年上だったかしら。
で、詳しく話を聞けば、何処ぞの妖怪が指南書と、基本的な技術を叩き込んだそうで。」
(ほう?そだったかのう?)
「いつの事かなんて、思ってたけど・・・あたしの指南を終えたあとに、そんな事までしてたなんて。」魔女が唇を尖らせる。
(ほっほ。俺はこういう事しかできんのよな。)
(ご老体、貴方という方は・・)
(お姉ちゃんも、レティに色々と仕込んだんでしょ?)
(それは、純粋に師弟のあり方だ。)
「まあまあ・・」
魔女は、頭の上がらない3人?を押しとどめながら。
「でも、その子は呪術士を目指してる、って話でオチがつくのだけれど。」
(多才なのよな。俺もそれほど多くは・・レティシアみたいに叩き込んだわけでなないのよな。)
「それでも・・」多くは語れない。「ホライズン」の銘を本来なら頂戴するべきだったのだろうが、シ・ヴェテックトから頂戴した「ヴィルトカッツェ」を名乗ってしまっているから。

持参した、香茶を少し飲みながら。
「どうぞ。」 大樹の根本にも少しほど注ぐ。

(うん、相変わらず、いい香りだ。)
(だよね!)
(俺には・・・)老ララフェルは、この大樹より少し離れた所に鎮っている。
「はいはい。少し待ってね。」 近くの苔むした場にいつもの通りに香茶を注ぐ。
(うむ。)

「まあ、こんな事でしか恩を返せないのだけど。」少しうつむいて。
(いや。我らの事をおもんばかっての事、とても嬉しいよ。)
(うん!)
(そうよなあ。)

「それじゃあ、そろそろ時間だね。また、明くる月にお会いしましょう。」
レティシアは、グレイの髪を揺らしながら、立ち上がる。
(ああ。息災でな。)赤いローブのミコッテの幻術士は、出会った当時のままの姿で手を振る。
(だね!元気でいるんだよ~?)青いローブのミコッテの少女はにこやかに。
(でわな、なのよな。)白い髭を蓄えたララフェル。

「ええ。いつか、あたしもこのティーパーティの席に並べるといいんだけど。」少しの逡巡。
「そう簡単には、許してもらえないですよね。」
微笑みながら、消えゆく師達の姿を瞳に焼き付けていく。

変わらない姿。そして、生前のままの姿。
ただ、儚げに、おぼろに。
ゆっくりと、彼らはその存在を虚ろに戻していく・・・・・・・


「やあ。彼らとのお茶会は済んだみたいだね?」
凛とした声は、男性とも女性とも取れる。
「ええ。黒衣。」
「どうかしたのかい?少し不機嫌そうだけど?」
振り向けば、黒衣森の「黒」を写し取ったような、そんな出で立ちの紳士然とした青年が立っている。
「気のせいよ。」とは、いいながら、あからさまに不機嫌さを場にかもし出している。
「僕のセッティングは、そうだね。このくらいの時間が精一杯なんだよ。淑女に対して不躾な問いかもしれないが、不満かい?」
「いいえ。感謝している。」
「そうかい。ならいいんだ。」黒衣の紳士は、とんがり帽子を手に、慇懃に礼を。
「何がいいのか、聞いたら答えてくれる?」
「さあ?僕の知りうる事ならね。」
「そうやって、いつもはぐらかす。」
「ハイデリンの、クリスタルの加護の元。僕達はいつもの暮らしに精を出している。それでいいじゃないか?」
「貴方にとっては、悠久に等しい時を、でしょ?」
「あんまり責めないでもらえるかな?天魔の魔女。」
「もう、どうだっていいわよ。そろそろ、日も暮れちゃう。他にも用事だってあるんだから。」
「まあ、こんな風に揺れる草花を押しても引いても得られる答えなんて。」

「ええ。ただ、曖昧な感触だけ。触れることしかできない。押しても揺れ、引いてしまえば刈ってしまいかねない。貴方との問答は決して答えのでない問い。」
「解っていても、なお。問い続ける君は、求道者だね。」
「お褒めにあずかり、光栄だわ。黒衣森。」
「いやだなあ。今の僕は。魔魅夜だよ。この森の一つの人格にすぎない。それとも、解ったうえでの問いかけかな?」
「そうとでも。」
「君にはかなわないよ、魔女。しかし、森に住まう魔女なんて。僕の知りうる限り、童話や、寓話の中にしか居なかったはずなんだけど。こうやって直接話ができるなんて。」
「これまた、褒め殺し?」
「とんでもない。最高の賛辞だとおもうんだけど?」
「どうも。」
「さて、僕もそろそろ「家」帰らないとね。あの子が心配してしまうよ。」
「そう。あたしも、ね。」

「では、しばしの別れだよ、魔女。ごきげんよう。」
黒衣の紳士は、木立の影に歩いていき、そのまま姿を溶かしていく。

「じゃあね。」
軽く手を振るが、相手はもういない。


さあてっと。
どうしようかな?
茶会も終えて、後は家に帰るだけだが・・・なんとも。
少しだけ、モヤっとした感触が。
 
スゥと飲みに行くか。
パールを取り出し。
「おい、スゥ?」
(え?なに?レティ?)
「一杯つき合えよ。」
(えー!今から?)
「なんだよ、文句ある?」
(もう!・・・少しだけ待って。報告書の検分が少し残ってるから。)
「はいよ。」

スゥとは腐れ縁だけど。
(ありがとう。)
本人を前には決して言えない感謝の言葉。

でも。
いつかは言う時がくるんだろうな。

それは、おそらく・・・



少し感傷に浸ってしまったのかもしれない。
「こんな、おセンチな性格だったのかね?あたしってば。」
髪を振る。

移動術式の構成を描き、青い光に包まれていく・・・・

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