「して、卿。此度の件、真に・・でしょうか?」
「ああ。ワシは本気だ。」
砂塵舞う都、ウルダハのとある宿。
お世辞にも高級ではなく、安っぽいホコリの舞う中で。
似つかわしくない二人の会話。
「卿。お話を、という事でしたが、まさかこんな場所でよろしかったのですか?」
ミコッテの女社長はどうにも居心地が悪いのか、少し緊張気味に・・とはいえ、相手が相手だけに、仕方のないことかもしれない。
「もちろんだとも。まさかワシらがこんな場末の宿で会談、など中々思いつかんだろう?」
「いえ、そうかもしれませんが・・・卿が私を宿に連れ込んだ、などと下らない中傷でもあれば、せっかくの地位もまさしく地に落ちるかもしれませんよ?」
「ハッハッハ!問題ない!」
「奥方にこのゴシップが漏れたら大変なのでは?」
「あー・・・うん。大丈夫。・・・・・たぶん。きっと。だったらいいな。そう思う・・・・・」
「それならば、構いませんが。」
マルス社長は姿勢を正す。
元々は、ナルディク&ヴィメリー社と「共同」という名のもと、立ち上げたプランに、思いもよらず機工士シドも迎え入れての大企画。
遊興施設をザナラーンで作る。
これが大元の発想でN&M社(正式には登録されてはいない・・ナルディクとマルスの会社)は資金提供と、工員の派遣。
アリティア産業は資金面と、技術提供で折り合いを付け、企業としての名前はさておき、このプランを推し進めてきた。
実際問題としては、アラミゴからの難民の擁護、保護も含めての労働者の確立と、生活面での負担を背負うために。
それにウルダハからの援助も期待しての事でもあって。
ただ、今のウルダハは、王党派と共和派での派閥争いが表面化していて、このような一介の業者がどうこうできる情勢ではなかったのだけども・・・
「よし。それならワシがなんとかしよう!」と、一人が声を上げた。
彼は、砂蠍衆に名を連ねてはいるが、新参。
ただ、あまりにも彫金細工での名声が高すぎて、神格化されている。そのこともあって、一目置かれる存在だ。
しかも、私利私欲に走ることもなく、高潔な人柄とあっては誰もが無視することができない一人、として砂蠍衆では一際目立ってはいるのだが、まさか。
「マンダヴィル卿。その提案は我らとしても非常に興味深い。しかしながら、いささか失礼だが信憑性に欠ける。
どのようなプランなのか、もう少しお伺いしてもよろしいか?」
やり手の社長は平静を装ってはいるが、いかんせん尻尾がゆらゆら、毛も少し立っている点で劣勢かもしれない。
ぎゅ。
(にゃあああ!!!)
いきなり尻尾を握る手に視線を向けようとしたが、最上級の自制心で押しとどめる。
(せんちゃん?)
後ろには右腕と頼る筆頭秘書セネリオ女史。
(丸分かりすぎるでしょう?) 冷たい視線が背中に刺さるのが見なくてもわかる。
「ワシの提案が気にいらんか?」
白髪に色のついた眼鏡の紳士は、さも意外そうに尋ねてくる
「いえ。そういうわけでは。」かろうじて声をだした社長は引きつった笑顔で・・
「ならば。」
初老?の紳士は声を高くするわけでもなく、ただ淡々と説明の補完をし始める。
「ワシは、かの大戦で住処を追いやられ、なおかつこのウルダハでもまともな職につけず、チンピラに身をやつした、
もしくは、ただ泣くだけの彼らに光明を見つけて欲しい。その手伝いができるならば、いかようにも働こう。そういうことだ。」
「はい・・。その志、感服いたします。・・・が。このプランでは・・その。」
「なにか?」
「いえ。遊興施設を建設してはいますが・・・その。お隣に、賭博場となりますと・・。」
もっともである。
「いい住み分けであると。ワシはそう思っての提案なのだが?」
「はい・・。」
正直な話、利潤の追求こそが、企業の企業たる所以であり、その点ではマイナス要素は全くなく、むしろ利潤の追求においては、これほど効率のいい事はないのだ。
ただ、引っかかるのは、この施設はなんというか。
「甘い」と揶揄されようが、構わない。この信念もある。
「来る人が皆、笑顔で過ごしてくれるように。」
ある、カップルがこの場で永久の誓を挙げた。
もしかすれば、夢想かもしれないが。
利潤の追求と相反する答えかもしれないが。
それがいいんだ。
そう考えて、多少の損益にも目をつむってきた。
しばし、思考の後。
「マンダヴィル卿。全て承知致しました。卿のお考えに賛同いたします。」
濃いグレーの髪を垂らす。
「いやいやいや!ローウェル卿!そんなにかしこまらんでくだされ!」
「いえ。一介の商売人が、おこがましい考えを投げかけるまでもありません。」
「いや・・まいったのお。ワシはこの地位などは気にしておらん。むしろ、内部から壊してやるつもりでこの役を買って出たまで。
さらに名だたる機工士のシド殿もおられるあれば、金銭以上に価値のあること。 この金が全ての街に、一風を吹かすことができれば、さぞ爽快だろうと、な。」
「痛み入ります。」
「聞けばこのようなプランを立てる人物はいかなる方かと、思っていれば見目麗しい女性とは。」
「いえ。」
「謙遜なさるな。そして、そちらで雇いきれぬほどの人手があるのだろう?そちらはこっちで差配していくので、どうだろう?共同で立ち上げんか?」
「ありがたきお言葉。なれど、N&M社とも話を付けねばなりません。少し猶予をください。」
「もちろん。シド殿にも、くれぐれもよろしくお願いしますよ。」
「もちろんですとも。」
この場で初めての笑顔のマルス社長。
「ああ、放蕩息子もお世話になってるようで、こちらとしては頭も上がりませんがな。」
ははは!と笑う紳士に、苦笑めいた笑みを。
「ゴッドベルト?」
「はい。ナナモ陛下。」
ピンク色の髪を綺麗にアップにまとめたララフェルの少女。
「上手くいくのか?」
「はい。お任せを。」
「なあ、マルス?」
「はい。」
「我が国は、病んでおる。その・・・一服の清涼剤になり得るじゃろうか?」
「はい。陛下。この御仁と、シドもおりますゆえ、ご心配にはおよびませんよ。」
優しく声をかける。
(こういう時だけは、さすがのトップです・・・)かたわらの筆頭秘書は感心しながら沈黙を
「そうか。ならば妾も安心じゃ。最近、砂蠍衆も良くない空気が出ておる・・・あ!この事は内密にな。」
「はい。」「もちろんです。」
小さな女王は指輪にはめ込んだパールに意識を集中させ・・・
(冒険者なら、日常会話の他愛もない操作で、相手にそうと意識させないのだが・・・)
見るからに指輪に声も交えての思念を送っている。
「ラウバーン。会談は終了じゃ。」
(はい。お迎えにあがります。)
「ならん!妾がなんのために町娘の扮装をしておるとおもっておるのか?」
(はっ。それでは、部下に・・)
「つい先日、その腹心に裏切られたのであろう?」
(申し訳、如何様にもできませぬ。しかしながら・・・)
「よい!この場には、頼りになる者がおる。」
(は。では、宮にてお待ちしております。)
「うん。」
このやりとりは、女王陛下の独り言で・・・というか、そうとしか思えないシチュエーション。
残った3人は、とりあえず言葉もなく突っ立ているしかなく・・・・
(どうしましょう?マンダヴィル卿?)こっそりと耳打ちする社長。
(いやなあ。さすがにココは黙ってエスコートするしかあるまいて。)
(社長。分かっていますね?)ここで、耳ざとくセネリオ女史。
(何が?)
(卿にだけお任せすれば、どういう立ち位置になるか、承知されてます?)
(と、いうと?)
(こんな簡単な事がわからないとは・・・。本当に頭の中に何が詰まっているのか、叩き割って見てみたいのですが?)
(せんちゃん!?)
(イチから説明するのメンドクサイので、一言だけ。)
(はい・・・)
(ついていけ。)
(・・・・はい・・・・)
尻尾がしゅん、と垂れる社長。
筆頭秘書セネリオは、パールを取り出し、(エリス?)
(あいにゃ?)
(要人警護だ。今すぐ出せる人員と、お前も来い。)
(あいっ!)
抜かりはない。
エリスはムチの入ったチョコボのように急ぎ・・・
宮の前にて待つ偉丈夫に。
「うむ。お迎えご苦労であった。ラウバーン。」
この日一番の笑顔の女王。
中に入るや・・
「はい。陛下。しかしながら・・・」
「なんだ?イヤなのか?」
「いえ。パールで伝心なさる時には、その、思念・・・考えておられる事だけを念じられますよう、お願いいたします。」
「そのようにしておったぞ?」
「・・・いえ・・・その。近くに伏せておった者がいうには、大音量で独り言めいた口調であったと。そう、報告がございます。」
「!」
「今の政情は不安定でございます。陛下の成すあり方も、まだ民はおろか砂蠍衆にも明かされてはおりません。
・・・陛下のお考えは、まずはグリダニア、リムサ・ロミンサの首領達との会談で申されましょう。
しかしながら、此度の会談。よかれ、と思われたのは私も承知のうえ、尚且つ祖国アラミゴに心を砕いてくださって、真、ありがたく存じます。されど。」
眉間に皺をよせながら、苦言を。
「市井の輩にまずは、ではなく・・いえ、言葉が過ぎました。マンダヴィル卿が同席とはいえ、もう少しご配慮がいる案件にございます。
できますれば、ご自重の程を検討いただけませんか?」
「あー、わかったわかった・・ラウバーン。其方の言うとおりよ。」
ララフェルの女王はしかめっ面から、どういう表現をしたものか模索して・・
「この際、このプランは市井の業者にお任せしちゃって、資金面や、人材の埋め合わせをこっちで面倒を見る。これでどう?」にっこり、としてやったり。
のはずが・・・
「陛下・・。それはとてもいいお話でございます。が。話題をかもす大音量の伝心の仕方がいかがなものかと、そう言ってるんです。おわかりでしょうか?」
「あー?・・・?」
愛らしい口をポカンとあけ、ドコを見るでもなく、虚空を視線が彷徨いながら・・・
「・・・うん。」
「お分かりになりましたか?」
腹心以上に頼りになる偉丈夫の問いに「あ、あ。うん。」と上の空。
(本当に、自分がいなければ・・このお方は多大なる苦難を・・天地身命に誓い、このラウバーン。命ある限り、お守りいたします。)
己に課した誓約を繰り返す。
とある執務室。
「ねえ?」
ミコッテの女社長。
「はい。」
応える筆頭秘書。
「あのさ?」
「はい。」
「あの時、尻尾握るのって、どうかな?」
「適切な処置かと?」
「悲鳴でそうだったよ?」
「軟弱モノ。」
「・・え!?」
「適切な質疑応答があり、不適切な対応が懸念されました。その対応としての判断です。
それに適切・・悲鳴を上げず、柔軟な対応ができたことに私としては賞賛を致します。」
「女王陛下と、砂蠍衆の生え抜きの御仁との会談で、緊張するしかないじゃないの!シド殿は、「ガラじゃねえ。」って蹴ってくれるし!
もう、ホント、ミミの先から、尻尾の先まで、神経ビンビンだったんだからっ!」
「お疲れ様でした。」
頭を垂れる筆頭秘書。
「ソコ!?ソコなの?」
「なにか?」
「わかってるんだったら、尻尾つかむのがどれだけギルティ(罪な事)かわかってるよね。」
三白眼ばりに睨んでみるも・・・
「社長には、そのくらいの度量が必要にして、不可欠と判断しました。ご自身でその評価を無為になさるのなら、致し方ございません。私の居場所は他にあるかと。」
「ちょ!?」
「お任せいたします。」
「待って?え?なに?待って!せんちゃんがいないと、ダメだからっ!」
涙ながらに・・・マルス社長
「そうですか。安心しました。まだ私の居場所があるのですね・・・」
穏やかな表情の秘書。
「うん!」
主従関係がある意味、微妙な・・・・