未だ少し寒さの続く中、森の木々からはそろそろ春を迎えるための新緑が芽吹く中。
「あら、今年もそろそろね。」
オレンジの髪のところどころを赤く照り返しながら、エレゼンの女性は。
んー。と、商店を見回しながら、目的の物を買い揃えていく中に、例の物を付け加えていく。
「今年は豪勢にしなくっちゃ。」
ふふ。
「去年は、街の方々のドタバタにお付き合いするばっかりで、チョコなんて渡す相手いなかったし・・。」
でも、今年は・・・
あ。ランさんとこに寄っていこう。
知り合いのミコッテがギルドの直販店をやっている。
ミーランは、るんるんと鼻歌交じりで商店街を抜けていく。
ミィ・ケット音楽堂にて・・・・
「ねー、オルトファンス?」
紅いエプロンドレス姿の女性は、くるくる回りながら、侍従騎士の男性を呼ぶ。
「はい、お嬢様。」
近くにいた騎士、といっても今は紅い衣装を身にまとっていて、とてもではないがそういう身分には見えない。
「どう?衣装。似合う?」
もう一度、くるっと回る。舞台の上。長い脚に、さらに厚底の靴、そして丈の短いスカートなので、危うく見えそうになるが、そこは十分承知の上での回転。
ギリギリのところで見させない。
「は、はい。お嬢様。」オルトファンスと呼ばれた青年は、伏せがちな視線でなんとか声を絞り出す。
「ふーん。じゃあ、しっかり役目を果たしなよ。今年も私の家名を広めるためのイベントって。ほんと。
こんなド田舎にまで来て・・・去年なんかは、磯くさくって一日に2度もお風呂に入らないと寝れなかったんだから・・・。」
「お嬢様。そろそろ冒険者達も来られますし、お言葉の方は謹んで頂かないと・・」
「あら、そうね!まったく・・・今度は土臭くなって、家に戻ったらヤサイと間違われそう。」
「お嬢様!お静かに・・・」
「あ、今年はグリダニアに来てたんだ!あの子!」
冒険者が手を振る。
「はぁい♪みんなのアイドル!愛の伝道師リゼットちゃんですよ~♪(あ~ウゼ。)」
「はいはい。ココは私が受付をしております。どうぞ、並んでください。順番にお伺いいたします。」
青年は、にこやかに冒険者に挨拶をしながらパンフレットを配っていく。
(お嬢様・・・)少し冷や汗が出たが、なんとかごまかせているようだ・・・
「あら・・・もうこんな季節でしたね・・。」
レイ・ローウェルは仕事先に向かう途中、人だかりを見ながら。
そういえば、先日あたりから街中に飾りつけをしている職人が居た、というより人足が欲しいと社に依頼があった。これのための人手だったのか。などと、今更ながらに。
「去年は・・・行きそびれた、というかね・・・」相手もいなければ、時間もない。
しかも、自分に相手がいないのに、人の手助けしてる場合か・・・?と、心を静かにさせていた・・・
それに、去年は会場がリムサ・ロミンサだったので、それほど気にもならなかったのだけど・・
「今年は、此処でやるんだ・・・」
少し憂鬱・・・。
(いやいや・・まずは仕事よ。それに、設置にこれだけの人手が必要だったのだから、撤収にも人手が要るだろう。
そうすれば、収益が上がるというもの。メイン会場がここならば、他の都市よりも大規模になったはずだ。
週の2,3巡りでこれだけの売上が計上できるなら、喜びさえすれ、他の感情なんて・・そう、悔しくはない。うん。悔しくなんかないんだから。)
ぐっとブーツの底に力を込め、会社に向かう。
「社長!」
ん?
「社長!!って、起きています?」
第二秘書が怒ったような、困ったような。
ララフェルの彼は、顔が見えなくなるくらいの量の書類を両手で抱え持ち、必死でデスクに置こうとしている。
「あ・・。ごめんごめん。ハルト・マルト。」
慌てて書類の束を受け取り、デスクに乗せる。
「社長?」訝しげなララフェル。
「あ、ごめんってば。ちょっと・・その。考え事を・・・・・」
「はいはい、ヴァレンティオン・デー、ですね?」
「・・・・・・・・・なぜ?」
「顔にデカデカと書いてありますから。」
「え!?」慌てて、引き出しから手鏡を取り出す。
「・・・・本当に書いてあるわけ無いじゃないですか。しかしながら、そういう反応をするということは・・ですよね?」
「・・・!引っ掛けたわねっ!」
「いいえ。ひっかかった方が悪いのです。では、お仕事に支障が無いようにしてください。」
トコトコと社長室から出ていく。
「・・・・・・!!!!!!」
既婚者の秘書は、家に帰ればチョコレートケーキの一つくらいは用意してあるのだろうか?
少しばかり、食いしばった奥歯を緩め・・・ふ。と一息。
「どうせ、家に帰っても独りですよーだ・・・」兄もこのグループ企業に入ってはいるが・・・
家は同じではない。
元、秘書だった女の子が社長に昇進し、その秘書を務めているが・・・さて・・どうなっているのやら?
一人で暮らす、というのは決して嫌いではないし、寂しいと言うほどでもない。
けれど・・・独り、というのは・・・ちょっと辛い年頃かもしれない。
とりあえずは、新規一転。気持ちを切り替え、書類に目を通す。
午後からは、学校でのイベントに顔も出さなければならない。
「よし!」
両手で頬を軽く叩き、気合を入れる。
夕暮れ時・・・・
「あー・・・疲れた・・・・」
デスクに突っ伏し、レイは最近伸び始めた赤毛の先を恨みがましく弄ぶ。
午前は人員派遣や、書類などの整理に始まり、お昼は簡単なサンドイッチを香茶で押し込み、
午後からは元気一杯な子供達とイベント・・しかも、まだ小さい子供連中なのに、マセた子達がカップリング(時期が時期だけに・・仕方ないが・・)まで見せつけてきて・・・
もう、そろそろ日も暮れて暗くなりそうだ。
普段なら、帰り支度をして明日のために備えるところだけど・・・
このイベントが始まってしまったからには、夜の方が飾り付けが映えるのと、
カップルの時間だとばかりにあちこちで見せつけるのが当然、と言わんばかりの光景に出くわすことが十分に考えられる。
そこに、一人トボトボと帰るのは、少し負けた感があるので・・・。
もう少しだけ残業して、少しでも明日の負担を減らしておくべきか。
こんこん。ノックの音。
「社長。」
入ってきたのは、ララフェルの秘書。
「どうかして?」
「いえ。お疲れ様です。残業ですか?」
「ええ。まあ。」
「言ってもらえれば、お手伝いいたしますのに。」
「いえ。大丈夫。それよりハルト。貴方、細君が家でお待ちでしょ?早く帰ってあげたら?」
「大丈夫ですよ。あれは、そんな殊勝な女じゃありませんから。」
「・・・そういうモンなの?」
「さあ?新婚の時はさすがに慎ましやかでしたが・・・慣れてくると、家の置物扱い、ですかねえ。」
「・・・・聞かなきゃよかった。」
「それでは、コレを。」
「ん?」
「いえ。学校の子供たちから、校長先生に、と。皆で作ったらしいですよ。差し入れといいますか。」
目の前に差し出されたバスケットには、クッキーや、チョコレート?他にいろんなお菓子がたっぷり乗っている。
・・・・・
・・・・・・・・
目頭が熱くなってきた。
「そう。ありがとう。でも・・・困るわ。こんなに沢山食べたら、太っちゃう。」
こらえきれずに、一筋・・
「よかったですね。皆からは慕われておりますよ。ああ。そうそう。これは、我々、社員一同からのお礼といいますかな。」
ドアが開く。
「社長!」「やっほー!」「ハッピーヴァレンティオンにゃあ!」「レイ!元気してる!?」「はっぴー!」「ひゃっほーい!」「イェーイ!」「社長、ラヴっす!」「ニャーっ!」「おっほーっ!」
社員一同、それに「エリス先輩まで?」
「一人じゃ食べきれないなら、みんなで食べよう!!!」ミコッテの先輩社長が一声。
「おう!!!!!」
「みんな・・・」
「やるじゃん。第二にしとくのもったいないなあ?ハルト君。」
「エリス社長。自分はこの立ち位置が好きなので。」
「そっかー、マルス社長に一押ししとくよ。」
「いえ。お気になさらず。」
サプライズを演出した秘書は、飲み物や、料理の手配を済ませ・・・「社長室で宴会、か。面白い事はいいことだな。」
その頃・・
あー・・・。デスクに肘をついてるミコッテの女社長。
「社長?」
「いや、エリスのヤツがな。レイに少し休暇を出してくれってさ。」
「いいのでは?彼女は少々、働きすぎですし。」
「わかってるよ。ただ、レイの事だ。自分から休暇申請なんて出してこないからのお節介なんだろうが、こっちから「休め」って言ったら、アイツ「私はいらないんですか?」って泣き出しそうで、な。」
「そうですね。そのあたりは社長を見習えばいいと思います。」
「せんちゃん?」
「いえ。事実無根な事は何一つ申しておりません。」
「どういう・・」
「言葉通り、社長ほどの図太さををもっと見習うべき、かと。」
「言いがかりだ・・・」
「ホメ言葉、です。」
「・・・。」
じゃあ、こうするか? いえ、それは逆にイジメです。 そうか・・・
そんなこんなで、シーズンも終りを告げ・・
「あー、やっと帰り道に気を使わなくって済む、な。」
レイは、残業を終え社長室を出る。
「お疲れ様です。」
ララフェルの秘書。
「うん。ハルト。お疲れ。」
「それでは一杯、やりにいきませんか?」
「え?貴方、細君は?」
「先に言いましたよ?別にデートってワケではないですし。忙しいシーズンも無事終わらせる事ができましたからな。打ち上げ、ですよ。」
「だにゃー!」
「エリス先輩!」
「と、いうことで。よろしいかな?」
「そうね。」
「はあ。やっとイシュガルドに帰れるわね。ホンット、せいせいするわ。そう思うでしょ?オルトファンス?」
「そうですね。やはり故郷に戻れるのはいいことです。」
「全くだわ!こんなド田舎。二度と来るか。」
「・・・そうおっしゃらないでください。お嬢様。」
「なんだよ?文句あんの?」
「いえ・・・ただ、今回いくつものカップル達が幸せになれたと、冒険者達から報告を受けるたびに、私は心から嬉しいと思いました。」
「なんだそれ?どっかの三文芝居の見過ぎだろ?」
「・・・実は、私にも密かに・・・想う方がいるのです。」
「はぁ?」
「はい。まだ騎士団に入ってすぐ、見習いの頃に従軍した折に、手酷い怪我をし、本国に送還されてしまいました。」
「んで?」
「はい。その際にです。手厚い治療を看護を受け、今、この場に立つことができているのです。」
「へー。で?」
「・・・その、看護にあたってくださったのが・・・・リゼットお嬢様、なのです。」
「へ!?わ、私?なんの冗談?」
「いえ。そのお顔、忘れることなきお優しいお顔。」
「ちょ!ちょっと!私・・そんな!?え?ええっ?そんな事した・・・かも・・だけど!」
「お慕い申し上げております。」
「ちょっと!待ってよ・・・確かに・・・傷だらけの方を・・その介抱したことあるけど・・!」
「覚えておいででしたか。ありがたきお言葉。」
「待ってよ!いきなり・そんな。。。ちょっと、だめだってば!」
「身分の差はあるのかもしれません。が、この想いを届ける勇気が今まで無かったのでございます。」
「ちょっと!」
「ですが、今回のこのイベントで、彼らから少しづつの勇気を頂いた次第でございます。お慕い申し上げております。リゼット様。」
「きゃああ!!!!」
衣装だけでなく、顔まで真っ赤になるエレゼンの少女・・・
「あん?イベントも終わりだってのに、まだまだイチャつく連中が多いわね、スゥ。」
「まあ、そうね。警らの増員も今日までだし、こっちも荷が下りたところだけど。」
「そーいや、お前、ダンナにチョコ作ったのか?」
「レティ。今更だわ。そういう貴女の方こそどうなのよ?」
「んなガラじゃないって。マユが代わりに必死に作ってたから。」
「あの子はマメだからね・・・。」
「まあ、いいじゃない?そういや、この近くにウルラの妹、マリーのお店があるらしいぜ?」
「ほんと?」
「ああ。マユから教えてもらったレシピを参考に、ウルダハ風の煮込みをやってるんだと。」
「へえ、どんな感じ?」
「まあ、行こう。」
「辛いっ!!!!!」鬼哭隊隊長の悲鳴が・・「でも・・・美味しい・・」
「なんでもスパイスが必要なんだよ。」
魔女の締めの言葉。