砂埃の舞う地。
ザナラーン。
これでもまだ、第七霊災前の事を思えばマシになったものだ。
故国、アラミゴはもうちょっとマシだったとはいえ、意外とこっちの方がマシに思える。
分厚い城壁に守られてはいたが、重苦しい雰囲気がなんともイヤで、いつかこの街を出ていく。
そう想い続け。
実際、その機会が訪れ・・・望むと望まないとは関わりなく。という結果。 そう。結果だけ。
少し日焼けした小麦色の肌の二の腕を見ながら、カレン・ルイは黒髪を掻き毟る。
耳のあたりがカユイのは、洗髪が週に二度しかできないからだ、と思ってはいるものの、水が乏しいこの街では仕方がない。
体を水浴びではなく、布で拭くか、洗髪か、の二択しかない家庭事情。
「あの帝国だと、毎日風呂とかできるんだろーなあ。」などと不謹慎な考えも、年頃の少女としては当たり前なのかしれない。
そんなある日。
なんの因果か、父が日曜大工?というのか。
工具を沢山持っていたせいで自分もそれを覚えてもいない幼少のころからのオモチャ同然に遊んでいた所を、帝国の兵士に見つかってしまい・・
「お前。鍛冶師か?」
突然の問いに、「はい」としか答えることができずに。
「来い。」
兵士は、有無を言わさず連れて行った。
「まーこんなモンだよ。」
黒髪を少し紫色に染めたミコッテの女性はからから、と笑いながら。
「シックス、だっけ?辛い目にもあっただろうさ。それこそ悲惨極まりない話なんざ、このご時世。よくある。あたしゃ、むしろ好景気だとおもってるんだよ?」
「いみがわかりません・・・」
ミコッテの少女は頑なに・・
「いいかい?世の中には、色んな事が交じり合ってる。」
「はい?」
「それを極端にすれば、分かることがあるだろ?」
「・・・わかりません。」
「シックス?カタイのはナシだ。」
「はい・・カレンさん。」
「いいか?」
「はい・・・」
「自分にとって、良いか、悪いか。さ。シンプルだろう?」
「・・・・」
「隣に歩いてるヤツが、石につまづいて転んでケガをした。」
「・・・はい?」
「それを見たあたしは、何を考えたとおもう?」
「・・その・・ケガの具合がとか?」
「いい返事だ。でもちょっと違う。」
「え?」
「コイツは運がなかった。だからケガをした。あたしはそうはならないように、足元に気を配るようにした。なので、転んでケガはしたことがない。」
「・・・・・。」
「つまらない、と。思っただろ?だけどな。ココじゃ、そういう考えをしなきゃ、イチイチ息をすることすら大変なのさ。」
自嘲気味に部屋を見渡す。
そう。この二人部屋に「二人目」が入ってくるのも久しぶり。三日前にはいたんだ。あいつが。ラーナ。
エレゼンの少女。自分より少し年下で、臆病だけど。
こと、技術に関しては自分よりも余程知識もあり、講釈をよくも垂れながしたものだと、感服すらした。
でも。
過去を思い出す・・・・
帝国にこの身を捧げた時点で、彼女はもう毒されたのだ。
「カレン!これどう?」
彼女は、にこやかに金属製の筒を見せつける。
「あ。ああ?それ、なに?」
正直なコメントだったが、彼女にはそうと取れなかったらしい。
「カレン姉?これはね。って、わかっててトボけてるでしょ?」
眼鏡越しに問いただしてくる。
「いや。待て。ラーナ。」
とにもかくにも。
この少女の提案には納得しかねる。
わたしは、そう。家を建てるために確かに父から必要以上に鍛冶や、それ以上の知識、技術ともに教わってきた。
だけど、それは・・・あくまで、平和な秩序の元、なし得る技術として受け継がれるべき、だ。
そのはず、だった。
「カレン姉?」
「いや・・なんとなく、その筒の正体はわかる。でも・・」
「カレン姉。今はさ。あの老いぼれ共がのたまってた話じゃなくってさ。私たちの時代なんだ。そこんところを考えないと先に進めないよ。」
「・・・」
わたしには、考えもつかない。
あの、強大、かつ冷酷な処断も「やむなし」ではなく「当然」とした、あの考え方は。
悟られまいと、ため息を隠しつつ・・
「技術の先を見つめるのもいいわ。でも。その先には、何があるの?それを考えてる?」
「え!カレン姉。今、自分ができることを最優先にしたらダメなの?帝国は、すごい関心をよせてくれてるんだ。もし、この技術を帝国が認めて下さったら、
わたし達、もっと上に上がれるんだよ?これってスゴイじゃない?」
笑顔で、無邪気で。だから、尚の事。心が痛い。
「ラーナ。」
囚われて、一年が過ぎ、この少女とも親密な関係が築けた。そう思っていた。
しかし・・
「カレン姉・・・わたしとは・・その・・嫌いになった?」
涙をこらえての問いに、わたしは応える術を見つけらないまま・・。
「うん。ごめん。でも。」エレゼンの少女は困った笑顔で。
こらえきれない雫を・・頬を伝う、暖かい雫。
でも、それが段々と熱を冷まし、こぼれ落ちて行く。
「カレン姉がさ、その。一緒にいる時間がね。とても楽しかったんだよ。それは、本当。」
「・・うん。」
かろうじて
返事ができた、と。曖昧な記憶の中、そうであってほしい、そう願ったからかもしれない。例え、幻想であっても。
しばらくして、彼女がこの世を去った、と聞かされた。
大戦の最中、新兵器として持ち込んだ責任として、陣頭に立った、という。
ありえない。
自分よりも背の低い、あのエレゼンの少女が陣頭に立つなど。
ならば、自分がその陣頭に立ち、彼女の偉業を誇るべきだったはずだ。たとえ命果てようとも。
だが、結果は結果として、どす黒い沼の底に蟠る汚泥のように心にのしかかり、締め付ける。
ああ。ラーナ。そうよね。そうなの。わたしが・・
毎晩のように蝕む悪夢。
「おはようございます。自分は、シックス。姓はありません。しばらく、このお部屋にて厄介になります。」
小麦色の肌に銀髪の少女。
ミコッテらしく、こういう挨拶の時には耳も尻尾もシャンとしている。
「うん。聞いてるよ。わたしはカレン、だ。なんなら、好きに呼べばいい。」
「じゃあ。」
(ん?)
「カレン姉。」
「・・・。悪い。それは。それだけは勘弁してくれ。」
「・・・はい。」
「いや・・その・・なんだ。いきなり、その・・これはわたしの性分なんだ。気を悪くしたのなら謝る。」
「いえ!そんな!私も・・その。いろいろありますから・・わかります。」
「ああ。シックス。今後共、よろしくな。」
「はい!」
「はぁ~。あの頃のシックスてば、可愛いとしか言いようがなかったのにねえ?」
両手を組んで、枕がわりにしながら・・
「姐さん?」ララフェルの技師。
「あん?文句あんの?ウェッジ?」
黒髪を少し紫に染めた妙齢のミコッテ。
「いえ・・・あ、その。親方から聞いてます?」
「何を?」
「この遊戯施設の横に「大人の」遊戯施設を建造するプランです。」
「あー・・小耳に挟んだ程度、かな?」
「はい。小耳レベルじゃないです。」
「面倒はゴメンだよ?」
「いやまあ・・資金で不安があったのが、見事解消されたらしいんで。」
「そりゃ、いい話だろ?なんで、そんなしみったれた顔なのか、リムレーン様あたりにでも聞いてみようか?」
「いえ・・その・・・。」
「鍋に突っ込むぞ?」
「カレン姐、それだけはご勘弁・・」
「ま、いいか。」
「はい。」
「で?」
「あ・・続きはですね。親方が某企業と連携が取れたらしく、景気のいいプランなのだとか。」
「あ、それは聞いたな。ただ、どこの某かが聞いてないんだけどね?」
「あああ・・それは・・・具体的に決まってから、って。」
「なあ?ウェッジ?」
「はい。」
「わたしと、お前の仲だよね?」
「・・・・。はい。」
「言えよ。」
「・・・・すみません。本当に教えてもらってないんですよ。」
「そう。じゃあいいよ。(全く、あのヒゲオヤジめ!)」
目の前のララフェルの胸ぐらをつかんで、振り回して、壁に投げつけたくなる衝動をこらえながら。
「じゃあね。」軽く手を挙げ
「はい~」と、深々とお辞儀。
とりあえずは。
そう。
とりあえず。
これでいいのだ。
「ラーナ・・」
少しばかり曇った感情に・・・「あ、カレン姐!」 シックスの声が。
「ああ。さっきのはちゃんと終わったのかい?」
「もちろん!」
なんて、息巻いているが・・わたしに声をかけてくるあたり、自信がない・・いや、わたしの了解が欲しくて仕方ないのだろう。
つい、ほだされて「よし。」なんて。
わたしらしくもない。
でも。
イヤじゃない。
つい。
「シックス。楽しいか?」
「もちろんですよ!」
「そうか。」
いろんな光景が。
瞑ってもいない、まぶたの裏側に。
「そうか。」
もう一度。
ラーナ。お前もこういう風景を望んでいたんじゃないのか?あんな血みどろの戦場なのではなく・・
哀悼を捧げつつ・・擦り寄ってくる、妹分を抱きしめ。
「よかったな。」
「はい!」
カレンは、しばしの間。
この温もりは、黄金に値する価値あるものだと。
そう、思った。
たとえ、壁に大穴を開ける武器を作ろうとも。