「なあ?ウルスリ?」
「はい。マスター。」
ミュウ ミュウ と、ウミネコの鳴き声が届く、午後の緩やかな日差しの最中。
冒険者の溜まり場、そして「迷惑」な客がやってくる溜まり場。
コゲ茶に近いブロンドの髪を短めに、そして、無精ヒゲがトレードマークの酒場「溺れた海豚亭」のマスターは、傍らにいるエレゼンの女性に半眼のまま呟いた。
どうせ、どうなるものでもない、と。
分かってはいるが・・・
その・・・
パートナーとしての彼女は、とても魅力的で、申し分ない。
が、反面恐ろしく冷酷な台詞を堂々と叩き込んでくる。
そのパートナー、ウルスリはと言えば・・・・
なんだか・・・昨年も見た(冒険者達が喜んで着ていた)真っ赤なドレス(しかも、ミニスカートだ)
(なにも・・こんな職場でまでアピールすることはないだろう・・・)
頭を抱えると、毒舌+「お嫌いですか?じゃあ・・」
などと言われてしまい・・・
つい「いや、似合ってるよ!そういや、そろそろヴァレンティオン・デー、だったな。」
とか。
いや、頭痛に繋がるネタは実はまだある。
「席をお貸し願いたいのです。」
という依頼が。
やって来たのは老紳士。
だが、この老紳士を知らないのは、新参者か、有象無象か。
アドルフォ、と名乗る老紳士は、時刻だけ伝えると去っていった。
体よく挨拶と「空き部屋」の確認を隣のパートナーに小声で伝え「かしこまりました。ご用意させていただきます。」
普段の営業スマイルとはいかず、引きつった笑みで送り出すと・・
「あー、疲れるな。ウルスリ?」
「そうですか?わたしの衣装が気になって、仕方がないようにも見えます。」
赤いミニのワンピースドレスで、脚を見せびらかせながら表情は済ましている。
「あー・・・まあ、その、あれだ。似合ってるよ。それは間違いない。が、な。」
バデロンは苦虫を噛み潰した表情で、事の重大、というか・・厄介事は常に自分に来るかもしれない。
そんな日常を「常の通り」と乗り切って来たわけだが・・
今回はとんでもなく「お墨付き」だ。
なんといっても、さっきの老紳士。
彼は「黒猫」の懐刀。
ということは、今回用意されているのは「会談」だろう。
警備はともかく、こんな冒険者や海賊溢れる酒場の一角でするべき話題じゃないだろう。
それを敢えてする、というのならば・・・
「何かんがえてんだろうな・・?」
マイグラスにラムを一杯。
「俺にも頂こうかな?バデロン。」
褐色の肌のエレゼンの青年。
「あー。カルヴァランの旦那。もしかして、今の見てたのか?」
「いや。」
「ああ、ならいいや。」ほれ、とグラスを渡す。
「それで?」
「・・・人が悪いな、副長。」
「今は棟梁、だ。マスター?」
「ああ。少しばかり情報、というかね。あるにはあるが・・・コレばっかりは、タダとは言えないしな。いくら棟梁相手といえども、だ。」
「ふうん。」
ラムを飲み干して、カルヴァランは「続きを。」と、空いたグラスを突き出す。
「だから、言っただろう?さっきのおっさんを見てればなおさらだ。」
グラスにラムを注ぎながら。
「もちろん、見てたさ。なんせ、さっき俺のところに挨拶に来てたからな。」
・・・
一瞬の沈黙。
「なんだって?」
「言った通りさ。なので挨拶に来た、というわけだ。問題あるか?」
「いや・・・その・・あれだ。どこまでがタダ(の情報)なんだ?」
「そうだな。ここの警護を任された、か。」
黒髪のエレゼンはナッツを口に入れながら、ラムを一口。
「いい話だ。じゃあ・・おい、ウルスリ、アレもってこい。」
「はい。マスター。」厨房に下がる彼女。
「どうしたんだ?」
「いや、旦那。本当は俺のメシ用のとっておきがあったんだが、それを振舞おうじゃないか。」
「期待に添える話しができればいいな。」
「ああ。」
鈍いパールの輝き
「おお、クォ殿ですかな?」
「はい。砂蠍衆におかれましては、ご高名のテレジ・アデレジ殿ですね。」
「うむ。このような火急の用事を申し付けたこと、申し訳ない。」
「いえ、こちらこそ過分のご配慮、痛み入ります。」
「それでは、今回の件については、貴殿のご意見の通り、王党派の見せ場として落着させると?」
「そうですね。共和派の方々には、溜飲を下げる「場」を設ける事ができるよう、ささやかながら、尽力させていただきます。」
「それはありがたい。」
「ええ。つきましては、我が庭とも言える場にて、歓談などさせていただきたく、もてなしを準備してございます。警備も万全ですゆえ、お気兼ねなくお越しください。」
「ほう、それは楽しませて頂こう。」
「ええ。どうぞ。」
「アドルフォ!」
黒髪、黒い肌、金色の瞳の青年の呼びかけに。
「はい。こちらに。」
老執事が立っている。
「あいつら、本気みたいだな。ふン。笑わせる。情勢というものがまるで分かっていない。ああ、言い過ぎた、か。お子様相手に、俺が本気になるまでもないか。」
「クォ様?」
「ああ。百鬼夜行の件はついたんだろう?俺が出向いて、世間話の一つでもしておけば問題ないだろうよ。」
「はい。」
(問題は・・砂蠍衆の動きと、王党派だな。筆頭のラウバーンとやらは、義理堅く、ガチガチらしいからな。逆に言えばいい手駒になりそう、かな?)
「クォ様。そろそろ、お時間です。」
執事の声に
「ああ。わかったよ。」
普段着は脱ぎ捨て、「それ」用のジャケットに袖を通す。
「では、行くとしようか。」
「はい。」
ホルスターの中に、鉄の塊を確認する。
裾が長めの黒いジャケットスーツに身を包んだミコッテの青年が歩いていき、さりげなく客に扮した海賊達が入れ替わりで「通路」を作っていき。
「どうぞ。こちらに。」
蒼いジャケットのエレゼンの青年がドアを。
「ああ。」軽く挨拶を
エレゼンの青年は、無言でドアの前で立っている。
しばらくすると、護衛の兵士に導かれて、ララフェルの紳士がやってくる。
「どうぞ、こちらでございます。」一礼をするものの、相手は「またせやがって」と毒づいて。
「失礼を。」
(これは・・・クォが一本とったな。)正直な感想だが、おくびにも出さず。
思った以上に警備の必要性などなく、むしろ必要以上に人員を割いて警備をしてきた客人が少し以上に哀れでもあり。
カルヴァランはとりあえず仕事が無事に済んだことを恋人に伝えて、酒場のメインホールに。
「よお。無事に済んでなによりだな。」
「ああ。」
バデロンと杯を交わし。
「景気よさそうじゃないか?」
不意に少女の?女性?の声。
「あ・・。レティシアさん・・・今回は、カンベンですよ?」カルヴァランは苦笑い。
「あはは、そりゃそうだろ!そこまで無粋はしないってばっ!」
「まあ、いいじゃねえか。とりあえず、ラムだ。」
ヒゲのマスター。
「ああ。」グレイの髪を揺らせながら、空いたグラスを突き出す魔女。
「そうだな。リッラも呼ぶか。」グラスを開ける棟梁。
「え?今?本気?ちょ・・ちょっと待っテ?魔女まデ?ウソ・・?」
慌てて着替えを出して、髪も櫛を通し出し、あからさまに「密会」モードなフネラーレに。
「あの。フネラーレ?」と、給仕姿のエレゼン、ベリキート。
「今!超急いでるンだかラ!」
「では・・・その・・・衣装のチョイスを間違ってはいませんか?」
冷静なツッコミ。
「え?」
取り出したのは、ミコッテ作「ドレス」
露出も多く、着替えるのにかなりの時間と、手間。
そして、彼女自身が恥ずかしがって着たがらなかったハズだが・・・かのコロセウムの会場では、
彼がいなかった事もあり、お披露目はほとんど、というか、全くすることなく御蔵入りだった・・・
「フネラーレ?」
ベッキィの言葉は冷たく。
「はイ。」
「普段着でよろしいのでは?」
「だよネ?」
「当然です。殿方をお待たせするのは、嗜みではありますが。過分に過ぎますと失礼でございます。」
「うう・・。」
海賊あがりの彼女には、そういう社交儀礼なんてものはサッパリなので、言いなりに。
「よ!フネラーレ!」魔女はご機嫌だ。
「あー、すまん。こんな感じなんだ。」百鬼夜行の棟梁もアキラメ感が出ていて・・
「なンだよ!僕を呼びつけテおいて!その態度ッ!」黒髪の女性は憤懣やるかたなし。
「まあまあ、嬢ちゃん。飲みたい時っていうかね。いろいろあるんだぜ。俺も人のこと言えねえし。
とりあえずは、カルヴァランの旦那に一杯、乾杯してやってくれ。」バデロンはグラスを差し出し・・
「あァ。乾杯!この野郎!」一息にグラスを空けるフネラーレ。
「マスター?」
「なんだ?ウルスリ?」
「いえ・・・今回の件でのメリットは?」
「ああ・・そうだな。それなりのお代を頂戴した、ってところか。」
「構わないですけど・・・。」
「何か言いたそうだな?」
「モモディさんに?」
「あそこが一番高く売れるだろ?」
「危険なのでは?」
「だからだよ。ウルスリ。ジャックポットを狙うなら、一番ヒリヒリした局面で、一等ヤバい状況を楽しむんだ。それが賭博師の、賭博師たる所以さ。」
「バカ?」
「・・・・。」
「バカ、バーカ。バカバカバカアホバカバカバカ。」
「・・・・・・・・・そこまで・・・」
「でもそれで・・私が救われたんだから。愛しのバカ。で許す。」
「ああ。」
全く。この酒場には、迷惑な連中がひっきりなしにやってくるけど・・一番迷惑なのは、あの人ね。
ウルスリは頭を抱える前に、とりあえず新しいラムのボトルを開ける。