きっかけは。
そう。
とてもシンプルで。
ただ、日常の繰り返しをしていただけ。
そこに、闖入者がやってきた。それだけ。シンプルだ。
生まれたのはいつだったか?
そんなのは・・・覚えがない。
意味がないから。
意識?というものが(誰が決めたんだろう?)あるのならば。
母から、ちょっとした拍子にはぐれてしまった。
何故はぐれたのかはわからない。
本当に、気が付けば。だ。
この状況に慣れるのに、相当な時間が必要だった。
そう・・・あの、光のカタマリが、緑の上に上がってきて。
そして、沈んで、暗くなって。
淡い金色の光に満たされて。
お腹も空くし、どうやれば、母からミルクがもらえるのだろう?
ぼんやりとしながらも、空腹は黙ってはいない。
次の光が来る頃には、歩くのさえ億劫になっていた。
暗闇が続いていたせいか、この光は少し眩しすぎる。ただ、暖かい。
母のお腹に頭を預けて寝ていたのを、思い出させる。
そうだな。
今は寝る時間なのだ・・・・・
「ん?」
長い黒髪をそのまま流し、着ているものも着流し。
色白の彼女の前に、手渡されたのは、一匹の黒ネコ。
「いや、その・・寂しいかと思って。」
茶色い髪の青年未満が、おずおず、と。
「どうしろと?」
「いや・・その・・・。」
「こいつの世話を押し付ける。で、いいんだな?ミッター?」
黒髪の女性は、青年未満に不満の気配を滲ませる。
「あ、いや。押し付ける、というんじゃなくって・・・」しどろもどろ・・・
「ふん。まあいい。で?」
「で?」
「名前は?」
「あ・・そうだね・・黒毛だし・・」
「決めてないのかよ。」
「うん・・」
「しゃーねーな。いいよ。考えとく。」
「うん。僕の代わりに可愛がってあげてよ。」
「お前がやれよ。」
「いや・・・その・・・(寂しいかなって・・)」
「もういい。今日は帰れ。」
「え?」
バタン。と、ドアが閉じられ施錠された音が聞こえた。(もちろん、この「魔女の隠れ家」にそんなものはない。音をたてる事で、「オシマイ。」を演出したのだろう。)
「ま、今日はいいか。」
青年は陽だまりの公園で見つけた可愛い子が、彼女に懐いてくれればいいな、と思いながら・・
「で?」
真っ黒い毛玉は、未だ眠ってでもいるのか、腕の中で丸くうずくまって・・・
「寝てる?」
どういった事をすればいいのか、全くわからない。
そもそも、この小さい獣は何なのか?そこからがスタートとも言える・・・
「まずは・・エサ、か・・何食うんだ?こいつは・・」
黒雪は、久しぶりに途方に暮れながら手持ちの食料の確認をして・・・
「ハク!聞いてくれっ!あの野郎、こんな・・・」
双子の妹に助けを求めていた。
ん・・・・
まどろみは続く。
あ・・・あれ?
さっき、陽だまりの中でゆったりと・・
暖かい光の中で。
でも
今は、その光はない。
でも、なぜだか、暖かい。
前足を使って、顔をこすってみる。
もう一度。
舌で前足をキレイにして、もう一回。
暗い・・・が、ぼやっとした感覚が終わると、ハッキリと周りが見えてくる。
ココは・・・
さっき寝たはずの場所じゃない。
ただ・・
柔らかく、暖かい。
この感触は、初めてかも知れない。
母は、他の兄弟達と一緒に抱いてくれたが・・・
ここには、自分だけ。
「にゃあ。」
どこ?って聞いてみた。
もちろん、返事はない。
と、思っていたら。
「a okitanoka・・・」と、何を言っているのかわからない?音が聞こえた。
「誰?」と、疑問。そしてその声に。
「nya-nya-miumiu urusaizo!」と音がした。
声?なんだろうか?
見上げる程の高さに、顔?がある。
その唇から出てくる音は、不思議と不快じゃない。
なので、しばらく耳を澄ませてみる。
「anona watashi wa imakara omae no kainusi dayo wakatta?」
よくわからない。ただの音の羅列だけど。
わかるのは、自分の方が下の立場に置かれた、という威圧だ。
母につけてもらった名は、「ノワール」だけど・・・この名に誓い、己の尊厳を賭けた戦いも辞さない。
これは、種の本能なのだろう、全身の毛が逆立つ。
だが。
この遥かに大きな、そして、黒い毛並みを持つ相手は、戦う意思などなく、オレを放り出すと、どこかに行ってしまった。
何たること。
このままでは・・・・お腹が・・・空いている。
戦う意思もくじけてしまう。
「フーッ!」
戦意を奮い立たせ、尻尾もピンと伸ばしてみせる。
「ったく。ミッターめ。お前がここで寝泊りすりゃ、そんで済むだろうに。」
言いながら。
お腹を空かせているであろう、子猫のためにミルクを温め、もしかしたら、と、昨夜の残りの鶏肉の蒸し物をほぐし、皿に用意してやる。
「名前、ね・・。」
こんな黄昏どきに、黒い毛並みのネコ?クアール?の子を連れ込んでくるなんて・・
おそらくはネコだろうが・・・。
ミコッテに対する愛称でもある「ネコ」は、この種が元ネタだそうだが、野生種はほとんど見かけることはない。
逆に言えば、よくも見つけたな、と賞賛するしかない・・・
「そうだな・・」
黒髪の女性は、名を「黒雪」と称している。
そして、黒ネコ、か。
「黄昏も終わったし。そろそろ夜、ね。」
一案。
「あー。そうだ。ヨル。これにしよう。」自己満足に浸り、自分の食事の準備はほったらかしで、新しい同居者に食事を持っていく。
なんだか・・・鼻がムズムズ・・する・・・いい匂い、だ。
器に入れられた、暖かいミルクと、なんだかわからない肉は美味しかった。
うん。
これをいつも食べれるのなら。
悪くはない。
あとは・・・寝床・・。
この、少しばかり高低差のある空間は、とても気になる。
しっかりと、まずは食べ・・・
「おー、意外と食べるね。この子。」
邪魔すると怒りそうなので、しばらく様子を見ながら・・・
自分の分はあのショコラとかいう情報屋にお願いしよう、とパールを取り出し・・・
膝の上で、子猫を優しくなでる。
・・・満腹。
このまま寝れば、すごく気持ちいいだろう。
今まで食べたことのない味も知ってしまった。
なんだっけ・・?あのヒト?と言われるヤツが何か言ってたな・・・
まあ、いいや。
「にゃ・・」
意識が満腹感と、暖かくて、やわらかいもので包まれていく・・・・・
「おおう?黒雪さんが出前ですとー?」
「悪いな・・・」
茶色のミコッテ、ショコラが包みを渡す。
「珍しいですよー?」いつになくハイテンション。
「いいじゃないか。野暮用で、ね。」
「え?もしかして、わっちが来たらマズかったんじゃ?」
「そうじゃないっ!」
「で?何なんですか?」
「お前に言えば、ロクな事にならねえ。」
「あ、やっぱり?てことは、やっぱり!ですよ?ね?」
「刀のサビになりたいか?」
「とんでもございませーんにゃ!それでは、またですにゃー!」
茶色のミコッテが走り去ってから、額を手で覆いながら。
「困る・・・な。コレ。」
「oi! yoru! okiro!」
いきなりの音に耳を立てるものの、身体は寝そべったまま。
なんだよ・・・明るい時間のごはん・・?
それなら、急がないと。
身だしなみとして、毛づくろいをしていると
「YORU!」
と、大声で喚かれた。
なんのことだろう?
ヨル?って聞こえた。
もしかして、俺の名前?
おれは・・ノワールだっての・・・って。
んー。。。
音としては、似てる、よな・・
俺がノワールって音を出しても・・・「にゃあある」がいいところだしなあ。
このヒトってのには通じないだろう。
じゃあ、似たような、この名前でよし、とするべきなんだろう。
おいしいご飯もくれて、寝床もあるなら、そのくらいは仕方ない。
「にゃ!」
とりあえずは、このままの関係でいこうとするか。
「ノワール」改め、「ヨル」となる彼は、不思議な家での居候を始めることにした。
「ああ、俺はヨルだぜ?」
ちまたのネコ相手に、威風堂々と尻尾を立てて自信満々の彼が。
帰れば、暖かいミルクと食事、そして主の枕元で丸まって寝れる特権があるのだ。
自慢するしかないじゃないか。