緩い風。
ゆるゆると。
木々を、梢を騒がせながらも、決して騒がしいわけではなく。
どういう理由か、郷愁を滲ませるこの風。
ゆらゆらと。
香油を練りこんだ、灯火が湯船を揺らす。
なんとなく。
こんな夜更けに、湯船に浸るのは久しぶりかも知れない。
でも、決まってそういう時には・・・
敢えて言うまい。
ただ。
唇から溢れるのは、ささやかな雨音にも似た、さえずり。
Yho--ho--
海賊の唄。
目を瞑り、懐かしい調べがつい・・・ セッカ
そして。
今は、海賊ではない。
そう。ただのスタッバー。暗殺者。
振り払うように、湯船から起き上がる。
濡れた黒髪を雑にかきあげながら、タオルで体を拭きあげながら、名を呼ぶ。
「ベッキィ?あがったヨ。」
新緑と、深緑の都、グリダニア。
その、新緑たる部分ではなく、深い方。
そちら側に属する女性は、拭きあげた身体に下着を付けたままの格好でリビングまで堂々とやってくる。
まあ、言ってしまえば家主に等しい彼女がどんな格好であれ、誰も問題を言う筋合いでもないし、言われたところで、
気にしない彼女はテーブルに着き、勝手まばらのカップ郡を見やる。
「フネラーレ?」
銀髪のエレゼンの女性は、フネラーレと名乗る女性よりも幾つか年上であろう、雰囲気と気品を持って、給仕服に身を包んでいる。
「ンだよ?」
葬儀屋、と呼ばれた黒髪の女性は、黙っていれば人形のような面持ちなのだが、いかんせん言葉遣いと、
この冷めすぎた視線で損をしているのだが、一向にお構いなしだ。
「せめて、リビングでは服をお召に、といつも言っていますでしょう?」
「テ前の給仕服の下の鎖鎧に比べりゃァ、このくらいどうってもないダろ?」いつもの台詞ではある。
リビングと、二間の「家」
これが、彼女達の住まい。
度々、訪問というか、なんというか。情報屋(自称)のミコッテや、お使いの優男が来たり。
ついこの前までは、ミコッテの犯罪者まがい(自分達は犯罪者だと自覚がないだけで)とか。
色々と、賑わしかったのだけど。
ようやっと、静かになってみればリビングテーブルのカップは二つ。
自分と、目の前の給仕(彼女も決して自分に使えているわけでもない)分の二つだけ。
それも、磁器製のお気入りのカップではなく、金属製。 お気に入りは、自分の部屋の飾りになっている。それはそれでいいのだが・・・
カップの中身をすすりながら。
「なァ?このお茶?っていうンだっけか?」
「はい。」
「なンで、こんなに苦いンダ?砂糖とか入れネえの?」
「はい。これがたしなみ、というらしいです。」
「ふうン。」金属製のカップは温まっており、ミコッテは舌が熱に弱い、という都市伝説が本当なら、こんなカップは売れないだろう、なんてつまらない事を考えながら。
「ああ、ベッキィ?」
「はい?」
「お前もフロ入れヨ。」
「はい。」
水も、枯れ木も豊富なグリダニアならではの贅沢。
一度沸かせてしまえば、後は冷めるだけでもったいない。
船暮らしの長かったフネラーレは、一息つくと、自分でお茶のお代わりを注ぎ、少しばかり感慨にふける。
少しばかり前に、馴染み、といえばそうかもしれないが、それは相手がそう思っているだけかもしれない婚儀にも招待され、
丁重にお断りし、さりとて無視もいけないかと、文を寄越し(某ミコッテがそれに乗じて潜入捜査、主に、料理・・・)
この久しぶりの静寂にも似た、余暇を楽しんでいるのである。
ただ、問題は、といえば。
あの給仕。
粗相ばかりで、家の食器の半分以上を壊しまくり、結果リビングにあるのは「割れない」金属製の食器なのだ。
しょうじきなトコロ、どうすればあれだけ食器を、いや、壊れても仕方がないかもしれない、という意味では、
叩きつけなければ壊れないモノすら壊してしまう給仕が存在してもいいのか?とか、もう今更ながらに思ってしまうわけで。
それって、平和だな。
フネラーレ、こと、リッラは濡れた髪を軽く振りながら、苦いお茶を口に含み、少しだけ。ほんの少しだけ、笑みを。
こういう時に、甘い物がほしくなる・・・
ばたん!
「ねえ!フネラーレ!!」
聞き覚えのある、少し甘ったるい声で、茶色のミコッテが転がるようにリビングに。
とっさにダガーを取り出したフネラーレは、いつもらしくない自分に少し焦りながら「エ?ショコラ?」
と、我ながら情けない声と共にダガーを、とんっ。とテーブルに突きたて。
「お前、確か明日ッテ、言ってなかっタ?」
実はうろ覚えだが・・・・
「今日だよ?わっちが間違えるワケないじゃなーい?」
そう、彼女は見たもの、聞いたものを完璧に覚える特性を活かして、情報屋をしているのである。
その彼女がそういうのであれば、間違いなかろう。
でも、フネラーレが焦ったのは、ソコではなく。
(最初のノックに僕が気がつかなかった・・?)
この「家」は、一部以外には非公開どころか、国家機密レベルなのだ。
知らないものは、決してわからないし、知っていても「符丁」がないと出入りできないのだが・・
このミコッテに関しては、先の特性で勝手に出入りしてきて、もはやメンバー(主に、食料係)。
とはいえ・・・リビングまで素通しなんて。
ただ、そんな彼女だが、戦闘技能は全くのゼロなので、警戒に値はしない。
「デ?」先を促す。先の動揺を悟られないようにするため、でもある。
「うん。それがね・・」
言い終えないうちに。
「お嬢様!おかえりなさいませ!!!」
と、下着どころか、素っ裸のエレゼンの給仕?の女性。
銀髪に漆黒にも近い肌の彼女は、濡れた髪も、体も気にせず、ドアから半分以上も身を乗り出し。
「あニしてんだ?こラ?」
フネラーレはテーブルに突き立てたままのダガーを、ひょいっとばかりにドアに投げつける。
給仕?の女性は慌てず、ドアを盾にして中に引き下がる。
全く。
この主従関係も妙なもので、ミコッテの少女?は自分より少し年下で、給仕は上。
そこまでは、いい。
まあ、ありきたり、かもしれない。上流階級であれば。
こんな。暗部で、こういうやり取りって・・・僕の休暇はコレが最終日だってのに。
「・・・デ?」
もう一度。
気力を振り絞って。
「うん。フネラーレ、コレ絶対好き。」と、パン生地だろうか?それを揚げた?ような?香ばしい香りと、海藻を思わせる香り。
金属製のカップを置き、詰め寄るとさらに磯の香りが香ばしい揚げ加減とマッチしている。
海育ちのフネラーレとしては、確かに抗いがたい誘惑に囚われて・・
さらに、最近流行りの東方風?な香りの揚げた生地に混ざる、コンビネーション。
出かかる水分をなんとか誤魔化しながら「美味しそうジャない?」と、興味津津なのを押さえつつ・・
「オカキ、って言うんだって。東方仕上げらしいよ。」
「へェ。」
ダメだ・・耐えれない気がしてきた。
日も暮れて、夕飯時すら忘れてまどろみの中、わだつみに飲まれるがような時間を堪能していたのも、つかの間の戯れだったのか。
「な?ショコラ?コレって、日持ちすルんだロ?」
「多分、ね。」
「ンだよ・・。」
夕飯の支度はベッキィ任せ・・・あ。
リビングの少し奥まったところにキッチンがある。
そして・・
黒く消し炭になった食材と(おそらくはシチュー?)と、鍛冶屋に預けたくなるような、鍋の損害。
確かに、あの女に飯の支度を任せて、風呂に入った自分も悪い・・・
が。これは・・・想定外だった。
本来なら、風呂から上がった時点で交替して、料理の仕上げは自分でするから。
そこに。
「お嬢様。お待たせを。」
給仕服に身を包み、バッチリな彼女は・・・
(鎖鎧、どんだけ時間かかるかを、測りそこねた・・)
フネラーレは、更に失態を重ねたのは自分であったのを、理解し、かつ円満にすべきだと思い、提案を。
「今日はサ。ショコラの新規開拓店に行こうゼ?」
「うぇ?」
「お嬢様。いつもの御慧眼、よろしくお願いします。」
「うぇ??」
「早く行こうゼ?」
「フネラーレ?まずは、ご自身の身だしなみからしっかりしていただかなければ。」
「・・・。」
確かに・・
艶やかな黒髪に、白磁にも似た肌、「黙って立っていれば」人形のような容姿が下着姿で走り回っていれば、いろんな意味で大問題だろう。
せめて真っ黒にしていてもらわなければ。
彼女の趣味でもあるし。黒色。
「うン・・・」
自室にもどり、普段着に袖を通し、ブーツの紐を締め上げて。
「東方風がいいなあ・・・」
なんとなく。
納得がいかない気もするが、ある意味日常でもあるし。
ドアを開ける。
「じゃあ、川魚を丸焼きって、どう?」
茶色のミコッテは、コレぞ!とばかりに勧めてくる。
「ありがち、っテ、いうか。ミコッテ狙いだロ?その店。」
口を尖らせ。
「お嬢様。その程度でしたら、ワタクシが・・・」
「お前のハ」「ベッキィ?」
「魚の焼死体、って言うンだヨ!」「フネラーレに一票・・・」
そこに・・・
「あら?フネラーレ・・・それに・・。」
レザーのベストに身を包んだミコッテの女性。髪の色はやや派手に染め上げて、今は暗くとも街明かりに映える紫色。
「シックス、か。なンだ?」
「あら?やだね?通りがかり、と言いたかったけどね。例の遊技場のさ。メドが付いたから挨拶がてらに行ってこいって。言付かったんだよ。シドに。」
「わお!シックスさん、ありがと!わっち、超楽しみ!」
「お嬢様。クォ様もお慶びになるでしょう。(シド・・)」
「気が向いたラ、行ってやるヨ。」
「ああ。フネラーレ。楽しみにしてるよ。」
(食えねえナ。あいつは。)
後ろ姿を見送りつつ・・
なんだかんだで、数件屋台巡りをして。
(ン?)
(フネラーレ。気づきましたか?)
(お前こソ。)
周りの空気が異質だ。
(仕掛けます・・・。)
(待テ。おかしイ。)
(何が・・・?)
(お前、ショコラの盾に回レ!)
(・・!)
ギャリン。
銀光が跳ねる。
「まずイ!走レ!僕が一旦押さえルっ!」
「フネラーレ!」
「逃げよう!ベッキィ!」
「お嬢様!」
「早くしロっ!」
もう一度。
銀光。
二人が消えていくのを気配だけで認識しながら。
「ふうン。」
二本のダガーを敢えて見せびらかして。
葬儀屋は。
どこまでフェイクが通じるか・・・。
内心、穏やかじゃない。
この技術・・海賊流じゃない・・・・
逆に言えば、ハッタリ上等なのだ。それが海賊流。
ギリギリで退けたものの、ダガーはすでに刃こぼれしているだろう。さっきの剣筋とでもいうのか。
それを凌いだだけでも十分すぎる。ならば。
「これデも喰らいナ。」
敢えて、口に出して破損したダガーを明後日の方に投げる。
無言の一撃が襲いかかるが、なんとか・・・いや、肩口を浅くではあるが斬られる感触。
チ。思わず舌打ちしたくなる。
せめて、いつもの狙撃なら。が、無いものねだりはしょうがない。
あんな強弓を背負って屋台巡りなんて、冒険者くらいだろう。
ダガーは後1本。
そこで・・
殺気めいた空気が薄れていく。
なんだったんだ?あいつ・・
少なくとも、魔物や蛮族ではないような・・・肩口を押さえる。
血が滲んでいるが、厚手の布鎧のおかげでかすめた程度で済んだようだが。
躱した、と思ってコレだと、普通の鎧だとまともに受ければ、致命傷もありえそうだな。
しかも・・海賊流の短剣の扱いに似ている・・・
まさか、ね?
尾行が無いのを確認しながら「家」に。
「アー、つかれタ。」
肩の傷は薬品で直してあるので、バレはすまい。
「おかえり!フネラーレ!ありがとー!!」無邪気に飛び込んでくるミコッテを抱き返し
「フネラーレ?」と給仕「ああ。場所ハ問題ない、サ。」
本当に、休日だったのか?
リッラは、疲れたままリビングに。