なんだか。
今の日常が大好きだ。
普段通りの生活。
母は、あまりに破天荒すぎて・・・
いや。ソコではないだろう。
「マユ、じゃあ行ってくるよ。」
愛する夫が、寝ている子供達にキスをして、部屋から出ていく。
買い置きのパンで朝食を済ませた夫は、剣術ギルドで後裔のために指南役を任され、生活は安定して。
ただ。
少しだけ。
不満、と言えば贅沢なんだ。それは。
わかっている。
彼に出会う前。
この街で。
あたしは。
「冒険者」としての一歩を確かに刻んだ。
その成果として、今の生活がある。羨ましくも映るだろう生活。
でも。
振り返ると。
むちゃくちゃ。
そう。本当に。笑いが堪えられない。
そこに。
「ママ?」
娘が声をかけてくる。
「ターシャ?まだ寝てても大丈夫よ?」
「アクィラの寝相がムカつく。」
「しょうがないわね。まだ子供って、あんただって子供、よ?」
ミルクを温める準備を。
「ねえ?」娘が
「どうかした?パパはもう出たわよ。」
「そうじゃなくって。」薄いグレイの映える髪を手でかきあげて。
「アルダネスの特待生って、あんまり優遇されてない。」
「は?何言ってるんだか。」あたしは、ため息をつきたくなるのをこらえ、この自信満々な娘は「魔女」たる母にソックリだと思いながらも。
「どの辺が?」と聞く。
「魔女の娘、血統(ウィッチ・ブラッド)って。茶化してくるから、ムカついて、2,3人ブチのめしたら、教師達がやってきて、アタマ下げてくれって。
あたし、悪いことしてないよね?」
・・・・・・・・・・・
ああ。もう。 母さん・・・確かに「血」は譲れないのね・・・。
あたしは半ば、諦めて。
「不当な暴力に立ち向かう、それはいいことよ?でもね。感情でやっちゃうのはダメだよ?ターシャ。」
これだけはなんとか言えた・・・でも。
「ママ。この前、ボケ達を滅多打ちにしたじゃない?」
「ああ・・・、ああいう手合いには、コチラが上って教えてあげるっていうか・・」反省はしている。はず・・のよ・・・うん。
「あたしも、ママや、ばーばみたいになりたいから!」
「わかった。でも、約束して。その「チカラ」は、ただ「血統」だからじゃないわ。想いの集まり。だから、無闇に使うんじゃなく、大事な人のために。ね?」
自分に課した課題を、まだ幼い娘に言ってしまった・・・
あたし・・・。本当にバカだなー・・・ウルラに言えば、また叱られそう・・・。
「うん。ママ。」娘は、天真爛漫な笑顔で応え、自分も頷く。
(はい?あれ?マリー?どうしたの?)
(さっき、エフェメラさんから連絡があって。)
(あら、パールでのやり取りって珍しいわね。)
(そうなの。で、なにが?って聞いてみれば。)
(もう、勿体つけないでよ!)
(ごめん、義姉さん。エフェメラさんが今夜、オイシイお店を紹介してって。)
うわ(・・・なんとなく、だけど・・もしかして、社長さんとこ絡み?)
(たぶん・・・エリスさんも、というか。そちらがメインなよーな?)
(コッファーじゃダメなの?)
(流石にこのメンツでコッファーに行けば、まさしくコフィン(棺桶)になっちゃうって!)
苦笑いが伝わってくる。
(あー。どうしよっか。こちらだと、エフィちゃんと、エリスさんがターシャの生贄になるからなあ・・ドコがいいかな?)
(ですよねー・・・)
(ターシャをウルラに押し付ける、としても・・・かなり無理だなあ・・)
(でしょうね・・)
エフェメラの表情が目に浮かぶ。
(じゃあ、こうしよう。コレなら問題ない!)
(いいプラン、あります?)
(うん。親父の店に行こう!これなら大丈夫。エフィちゃんは行ったことあったかどうだか忘れちゃったけど、味は問題ない!)
(・・・義姉さん?確かお昼しかされてないんじゃ?)
(孫連れて行くんだ。文句い出すようなら、母さんの鉄拳制裁が下るわよ!)
うん。
(・・・それはそれで、スゴイ展開ですね。)
(今のうちに母さんに連絡しとくから。マリーもセレーノと一緒に。)
(あ、その?)
(うちの旦那は・・来れないだろうし。ファーネと一緒にかな?)
(ええと?)
(大丈夫、こちらで用意しとくから。連絡だけお願いね。)
(ありがとうです!)
(はいな。)
よし。
パールをしまい込み、昼食の準備をしながら、子供達を追い出す準備も進める。
「おら!お前たち!ちゃんと学校に行け!」
お弁当を渡しながら見送る。
(母さん?)
(マユ?どうしたの?)
(たまには?子供達の面倒みてよ。あたしもマリー達と親父の店に夕食を食べに行くから。)
(あー、りょーかい。サンドロにはちゃんと言っとくから。ウルラ君は?)
(仕事で追いつかないと思う。ファーネさんと一緒にどこかで食べてもらう。)
(いいんじゃない?歓迎するわよ。)
(ありがとう。)
パールをしまう。
「んじゃ・・」
ウルラのために昨日の夕御飯をベースに作り直したランチをぶら下げて。
うーん、あたしもちゃんと主婦になったんだよねー
笑顔がこぼれる。
通り道にエフィちゃんの露店もあるから、このプランも話さないと。
「えへ。」
今日は楽しい一日になりそうだ。
そう、数え切れない、この街を彩るモザイクの欠片のような。
でも、一度見つけてしまえば、記憶に残る。
そんな、鮮やかなひと欠片が。
きっと。
「うん!幸せ!」
この幸せは・・・神様がくれたのだろうか?そうだと嬉しい。でも。
「あたしだって、少しくらいは頑張ったから・・そのご褒美だよね。」
ブルーグレイの髪を風に揺らせながら、愛する人のもとに手料理を届けに。
この時間が幸せのヒトカケラで、積み上げれば、もっとすごいものに。そう信じて。