1040トリニティ。 困った殿方の対処法。

吹雪く風をしばらく。

突き抜けて、分厚い雲が広がる広大な空へ。

そして、この雲海には幾つもの浮遊している大地がある・・・

「どうだ!オノロワ。絶景だろう!」
分厚い毛皮のローブを脱ぎ(従者のオノロワがその手伝いをしている)、自分の庭のようにこの雲海を自慢している青年貴族、エマネラン・ド・フォルタン。
「はいっ!エマネラン様!」脱がしたローブを丁寧に畳みつつ、元気に声を上げる従者オノロワ。

実は、オノロワはこの雲海に来るのは初めてで、お供を言われた時には小躍りしそうになるのを必死で堪えたものだ。
服は何を着て行こう、とか、どんな場所という情報を同僚達から吹き込まれるのを耳を塞いで、まさにこの雲海に臨んだ。

改めて見ると、薄靄のかかったような景色が、実は雲の中だったとか、雲って実は。ふわふわもこもこしたものじゃない、と知ったとか。
圧巻だったのは、雲の合間に垣間見える、空をゆく大地。
ちょっとした都市ならすっぽり入ってしまいそうな、そんな馬鹿でかい土地や、庭石程度のもの、それも、高低差がスゴイ。
「ふぁぁ・・」おもわず、ため息がこぼれる。

歳相応の従者の反応に、青年貴族は満足したように、最後の一言を。
「我が国の誇る、大型飛空艇に到着するからな。」ふふん。
「え!」瞳をキラキラさせて、「楽しみです!エマネラン様!」

「見えてきたぞ。あれがプロテクトゥール号だ。」
巨大な浮島に係留された、空を征く船。その大きさは、今乗っている船の何倍も大きい。
「うわあぁ・・・」
オノロワは、はしたない、と常々叱っている主の顔・・・口をポカンと開けた表情でそのまま。
「どうした?オノロワ。」
「は!いえ!その!スゴイですっ!」
「だろう?お前のその顔もスゴかったぞ?」
「へ?え。あ。。。」
大口を開けっ放しだったのを今更に思い出し、しかもしっかりと見られていた・・・
「・・・・・」羞恥に声もない。

「ハハハ!気にするな、誰でもそうだろうよ。」上機嫌なエマネランは、着陸準備を忘れていて・・・

「そろそろ、到着します。」の声に。「うぇっ?」「エマネラン様!」こちらはしっかりと安全ベルトを装着していたり。

バシュ!

停船させるための微調整の振動に、思わず転げるエマネラン。
それを。「大丈夫ですか!」と、前に駆け寄り・・・ベルトの長さで、それはできず。
代わりに、転がってきたエマネランを抱きとめる事に。
「むっ!」
「だ、大丈夫ですか?申し訳ありません、私が気をつけていれば。」周りの景色に圧倒されて、すっかり忘れていた。なにせ、主は何度もこの船に乗っているハズなので、よもや。と。

「いや、大丈夫だ、オノロワ。私としたことが、少々、浮かれていたようだ。気にするな。」
耳元で囁かれ、顔に火がついたかの火照るのがわかる・・・

「いえ、そんなことは。お怪我はございませんか?」かろうじて冷静に・・
「問題ない。では、ローズハウスに行くとしよう。帰りにはもう少しゆっくり見物すればいいだろう。」
「はいっ!」安全ベルトを外し、発着場に降り立つ。 そして、主をエスコートし、大型飛空艇に。
(うわあ・・・空を飛んでる、んじゃなく、浮いてるんだ・・)

先ほどのアクシデントもあり、いささか心拍数が上がり気味・・・


草原に降り立ち、護衛の兵達を引き連れ。
巨木に向かう。
「エマネラン様、この木は?」
「ああ、上に監視哨がある。竜の侵入がないか、常に見張っている。」
「なるほど!事前に対応するためですね!さすがです!」
「まあな。」(もちろん、自分の提案でもなければ手柄でもないので・・が、無関係でもないので、濁しておく。)
顔の前で手を組み、キラキラした瞳で見てくる、まだ幼さの残る従者の方をちらっと見ながら。
(急いだほうがいいかもな・・・)なんて。


二人と、お付の兵士達がローズハウスの本舎に向かって歩いて行く・・・・・



飛空艇のデッキにて。
「う~、寒いねぇ・・」
ピンク色の耳をペタンと閉じ、少しでも寒さを抑えようとしているのだろうが・・・せっかくカウル(頭巾付きのローブ)を着てるんだから、ソレかぶれよ。とは、誰も(今更)突っ込まない。
コレがいつもの「彼」だということは、このホンの一日程度の冒険で分かってしまったから。
漆黒の銃使いに至っては、寒さなど気にもならないとばかりに微動だにしない。

「ほんま、陰気臭いやっちゃなあ。なぁ?りんちゃん。」はすっぱな口調でケンカでも売ってるようにも聞こえる・・・当人にすれば、本日大売り出しなのかもしれないが。
そして、それが「連日」と言い換えてもイイんじゃないかな? なんて。話を振られた大剣を背負った女性。
「エリ、(ちょっと聞こえるって・・・)」少し控えた声で言うも。
「あの調子や、言われ慣れとんやろ。」
「う・そうかもだけど・・・実は気にしてたり、寂しかったりするんじゃないかな?」
「りんちゃん?今、さりげに、うちよりヒドイ事言うたで?」拳聖がクスリと笑う。
「え?そうかな?」
「まあ、ええわ。そろそろ雲海に・・・っと、夕暮れかあ。」
「ホント!綺麗・・・。」
雲の合間に浮かぶ大地、その合間からオレンジ色に輝きながら沈んでいく太陽。
「この調子やと、着いたら晩飯やなあ。」「そうね。」
「え?ご飯?ごっは~~ん!!」「ヤメろ。煩い。」

4人を乗せた飛空艇は、宵闇迫るランディングに到着する・・・。



少し時間を遡り・・・

「ンで?」
漆黒の黒髪をアップにまとめた色白の女性が、目の前の貴族の青年に。

「いや、君は冒険者なのだろう?どうだ?俺に付いて来て武勲を上げないか?」
尊大な口調で語りかける。

そして、その青年の後ろでお手上げ、とばかりに盛大なため息を身振り手振り付きでやっている女隊長。

場所はローズハウス本舎前。


順番としては。

到着するやいなや、「やあ、親愛なるラニエット!今日も笑顔がステキだよ!」
青年の声を無視して、「オノロワ殿、本日はいかなる用件か?書状なら受け取ったが?」
「あ、いえ。そのう・・・」正直、何をしに来たのか聞かされいない。
「ハハハいやだなあ、ラニエット。君の顔を見に、いや、治安が保たれているか心配で。」
「エマネラン卿、私も騎士の端くれだ。せめて敬称ぐらいつけたらどうだ?」
「あ、ラニエット様、申し訳ありません!主は、少し浮ついているみたいで・・・その、お顔が見れて嬉しいのかと・・」困り顔の従者。
「ふん。いいだろう、オノロワ殿。 さて、エマネラン「卿」、その浮ついている理由は分かった。そして、それほどの余裕があるのなら、少し偵察でも行ってくれないか?」
「何?困っているのか?」青年は余裕の表情で。
「困っている、といえば、そうだな。ここ最近、バヌバヌ族という種族とモメていてな。」
「ほほう。」
「ここから東に、ヴール・シアンシラン、という階段状になった泉がある。その奥が連中の住処なのだが、最近頻繁に泉を出て、こちら側を伺いに来ているらしい。それでだ。」
「なるほど。そいつらを倒せばいいのだな。任せておけ。」
「・・・・・・」こめかみを押さえつつ・・「偵察、と言った。誰が威力偵察と言った?」
「なんだ、違うのか?」
「コレ以上、連中とモメて問題を増やしたくない。できるだけ穏便に解決がしたいところだ。」
「おお!なるほど、さすがは賢明なラニエット・・卿!」
「(バカしてんのか?コイツ)」ボソリと本音が・・・
ラニエットは額に青筋が浮き出ていないか、確認するために手鏡を覗き込みたいトコロだが、さすがに本人を前に・・・さらに、
「化粧が気になるのか?」などと言われたら、怒鳴リ出すことを止めるのは、もはや不可能と言わざるを得ない。仕方がないので、黙りを「肯定」と言う事に受け取ってもらって・・・・

そこに、たまたま通りかかったのが、黒髪の女性。
彼女はラニエットに用事があって来たのだが。
「ああ、そこの君!君は冒険者なのかい?そうだろう。よし、いいぞ!」
彼女に近づいていって、握手を求めるエマネラン。
「俺はエマネラン。フォルタン家に名を連ねる者にして優秀な剣士でもある。」

「ンで?」小首を傾げるフネラーレ。
「いや、君は冒険者なのだろう?どうだ?俺に付いて来て武勲を上げないか?」
「僕に声ヲかけルなんて、目ノ付け所がイイね。で?お代は如何ほどデ?」
尊大な青年に、遠慮のない要求。もちろん手のひらを差し出して、もう片方の手は指でコインマークなんか作ってたり。

ぽかん、と口を開けたままの青年に代わり、従者オノロワが。
「失礼致しました。私はフォルタン伯爵家が第二継承権者たるエマネラン様に仕える、オノロワと申します。報酬の件でございますね?わかりました。
ただ、手持ちで支払える額には限度があります。先払いの手付だけをとりあえず、でよろしいですか?(ショボかったら、それを理由に返金もしてもらうからな。)」
答えて。
「いいヨ。僕は・・リン、だ。得物は・・・見テのとおり。」背負った弓を指差す。


「なるほど、いいだろう、リン殿。それでは一緒に行くとしよう!オノロワ、準備はいいか?」
「はっ、糧食が少し・・補充を受けてもよろしいですか?ラニエット様。」
「いいよ。」なんか投げやり。

かくして、珍妙な一行が東部ヴール・シアンシランへと向かう。
「なァ?聞いていいカ?」「どうした?レディ。」「そんな格好デ、大丈夫なノ?」

ロングブーツはどう見ても山登りというよりも街向きだし、長いパンタロンで水辺に入れるのだろうか?
ついでに上着といえば、ふくらはぎまで届く長い外套。多少、金属板で補強されているようだが・・・どちらかと言えば装飾用に見える。
「はは、もちろん。これは現地に着くまでのものさ。何、それまでは大した脅威などあるまい。」
「あ、そウ。」弓を(いつの間にか)引き絞った彼女は、ためらいもなく彼に向けて放つ。
「ひっ!」顔を腕で覆い、思わずしゃがみ込む青年。
「な!」
オノロワが声を上げる。「いきなり、なんてことを!」
「しょうがナいでショ?ほラ?」青年の背後、ほんの数メートル近くまで近寄っていた翼をもつネコ。指をさし、ね?と身振りでアピールする。
「・・・わかりました。助かりました、しかし。一声かけるだけで良かったのでは?」
「コイツ、結構速かっタんだよネ。何匹か狩ったケど。坊っちゃんに注意して、振り向いテその瞬間に顔面血まみれトかサ?いやだろウ?」
「感謝します、リン殿。」
「いエいえ。」ニヤリとした笑みを向けられ。左側だけ不自然に伸びた前髪の裏側に何か妖しい光を見た気がした。
黙っていれば、白磁でできた人形のような女性かと思っていたが・・本性は、人形を操る魔性が居るに違いない。できるだけ早く、この女とは別れたほうがいいだろう。

「ふふ。俺としたことが。感謝しよう、冒険者殿。では先を急ごうではないか。」
青年は埃を払うと、兵士の一人に指示を出し、次の休憩で着替える、と。
(こ、こんな、隠すものが少ない場所でお着替えなど・・・エマネラン様、ボクが野人の目から護ります!)
しばらく、彼女の弓と、兵士達で魔物を撃退していく。「俺の出番はまだだな。」「はい!」


珍道中は続く・・・




「おや、こんばんは。どうかしたのかな?親愛なる冒険者殿。」
ラニエットはそろそろ夕食の片付けを指示し、自分が食べる番だった。
「あ。ラニエットはん。どうもや。 実はな、昼過ぎか。うちらと入れ替わりに貴族のボンが来いひんかったか?」
「エレディタ殿。それはどこでお聞きになった?」
「お屋敷に行ったら、雲海に行った、ゆうさかい。様子を見に行ってくれってことや。」
「そうか。彼らは、東部にあるバヌバヌ族の集落に偵察に行ったよ。今頃は、ヴール・シアンシラン・・泉の階段に着いたところだろう。
何、偵察だけと釘を刺しておいたから、無闇な戦闘などするまい。それに、冒険者殿も一人付いて行ったからな。」
「冒険者?」横から顔を出す、アイリーン。
「ああ、リン殿。奇しくも貴女と同じ名前のミッドランダー、長い黒髪を纏めているところまでが似ている。雰囲気は全く別、だけれど。」
「(もしかして。)その御仁は、弓使いではないか?」漆黒の青年が声をかけてくる。
「ああ、そうだ。知り合いか?」
「いや、人違いかも知れないので・・・気にしないでくれ。(何を考えている?フネラーレ)」
「女の子か~・・・カワイイといいね。」
無言の4人。

「あれ?」
いつの間にか、隊長すらも自分を見る目が仲間と同じになっているのに気がついて・・・
「おかしいな・・・?」
エレン・ローウェルは、なんだか皆が混乱の魔法でも掛けられたのかな?とか思ってしまった。

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