881セブンス。黒い剣士のたまには・・・

あーあ。つまんないな・・・
裏庭にある軒先から少し先の小川に素足を浸しながら
黒髪の女性は今日の予定が「食事だけ」という事実に直面している。
そろそろ陽も中天に差し掛かるだろう。
要するに昼食時なのだが。
この時間、大体ではあるが、弟子でもあり、恋人でもある青年がいるのだ。
が、彼は「しばらく仕事で帰ってこれない。」と言って、この二日ほど留守にしている。

彼は「家」と呼ばれる「裏稼業」に足を突っ込み、その元となった自分と恋に落ちた。
ただ、その「家」自体はグリダニアと呼ばれる国の暗部ゆえに、表面に出ることはまず無い。
そして、ついこの前まで自分がその「家」のメンバーであって、そしてある「事情」によって「死んだ」事になっている。
今、この瞬間、暗殺されようとも文句の出処すら怪しい。
まあ、カンタンに言えば、ノンキに水遊びをしたり、食事の準備や、恋人との逢瀬を楽しめる境遇ではない、ということか。
「うーん。釣りでもしようかなあ・・」川面にたまに跳ねる魚を見ながら。
いっそ、手づかみもアリかもしれない。
東方の着物を着た女性は、いったんどうか?と自問した後、手ぬぐいで足を拭う。
「よし!」
しばらく会えない彼にはパールで連絡を。
(ねえ、ミッター?)
(黒ねえちゃん?)
(いつ頃終わりそうなの?)焦れったさと、恋しさを織り交ぜた念話。
(ごめん。少し長引きそう。厄介な仕事でね。イクサル族を監視しろって。7日もだよ。)
(あの銀髪、今度見かけたらぶっ殺してやる。)
(もうもう!そういうのナシってば!それに、人を殺める仕事は回ってきてないから、ぼくは問題無いよ。会えない日が続くのはつらいけど。)
(そんなの・・・こっちも!もういい。)少しスネて念話を切り上げる。まだ向こうからの返事もあっただろうが・・

「・・・・」なんだかモヤモヤした気分だ。何かしたいが、何もする気が起きない。
この「魔女の家」は黒衣森の中にあって、知っている人間は限られている。
「そうだ!」
瞳に少しのキラメキが。
買い物でもしてこよう!
ただそのためには幾ばくかの問題がある。

まず第一に、自分は「死んで」いる存在なのだ。街中を大手を振って歩くには少し問題がある。もし通報されれば捕縛、
今度こそ確実に葬られる、ないしは抵抗し、大量殺人をしてしまうかもしれない。

第二に、少々、いや、かなりか?目立ちすぎて見つかりやすい。東方風の顔立ちに、長い黒髪。そして着流し、と呼ばれる東方風の服だ。
それもかなり控えめな物ではない。胸元が大きく開き、下着など付ける事の無い習慣だったため、屈めばかなり危うい事になる。

第三に、単純な事ながら路銀が怪しい。まったく無いわけでもないし、いざとなれば自給自足や、差し入れがくるし、
恋人の稼ぎを(授業料)として手に入れる事も可能ではある。ただし、元々贅沢をしてるわけでもないので、
街中での買い物にどの程度の予算が必要なのか、ちょっとわからない。この辺は、異国出身なのと、しばらくの隠遁生活の影響も大きいかもしれない。

「うーん。どうしよーかなー・・」ここは。
とりあえず、パールで双子の妹に連絡して、その辺の事情を聞いてみるのが一番だろう。
商家に嫁いだ妹なら、そのへんは詳しいと思う。
(ハク?)
(なに?姉さん。ゴメン!ちょっと今忙しいの!急ぎ?)
(あ・・いや、元気かなあ、なんて。)
(うん、元気 あ!はい!少しお待ちください! あ、ごめん。ありがと!)
どうやら来客があるようだ。本当に忙しそうなので・・・
(いや、邪魔して悪かった、またな。)
(うん、ごめん、またお米もっていくから!あ、いらっしゃいませー!)

困ったものだ。
あとは・・前回にも服をもらった魔女くらいか。頼りすぎるのも業腹だが、実際のところこの家はかの魔女の持ち物なのだ。
「偽装」で死んだ後の隠れ家として使ってる以上、今更遠慮もへったくれもない。実際、たまに差し入れなどもくれるのだ。
パールを取り出す。
(あの・・)
(あん?ああ、黒雪か。どうかした?)
(その・・・実は・・・街中で買い物がしたいかな、って。)
(ち、そんくらい自分でやんな。ガキかよ。)
(だって、この服目立つから・・)
(マジでガキかよ・・・こっちも今取り込み中でね。今から前にぶっ壊した帝国製品を叩き壊しに行くところ。)
(なにそれ?)
(アラミゴが隠し持ってた旧時代の遺産。ソイツをもう一回叩き壊しに行く。連中、ちまちまと修理しては悪さしやがる。)
(なんでそんな?)
(あー、もう!あたしはアラミゴ生まれだからさ!そんなの放置できないっての!もういいかい?お嬢ちゃん!)
(あ、あの・・)
(服?ああ。わかった。その辺に知り合いいるから、持って行かせる。4半刻もかからない。じゃあな!)
(はい、ご武運を!)
まったく、とんでもない話を軽々と・・
しばし待つこと。

こんこん。ノッカーが叩かれる。普段ならばこの時点でトラップが作動するのだが、あらかじめ聞いていたので解除してある。
「あの・・すみません。実はご主人様から伺いまして・・・開けてもよろしいですか?」
幼い女性の声。
「あ、開けるわ。少し待って。」ドアの覗き窓から確認する。
自分より年下、おそらくは恋人と同年代かもしれない。
真っ赤なドレス、真っ白なエプロンの給仕服。髪は白髪と黒髪が半々、といった感じ。幼い風貌だが・・
「大変失礼します。クラリオン、と申します。」扉越しに丁寧なお辞儀を
「どうぞ。」どうやら、刺客の類でもなさそうだし・・・

しばらく後、彼女の持ち込んだ服に嬉々として袖を通す黒雪だった。

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