955セブンス。プランニング。その7

「ふう。今日の鍛錬はここまで。各自、明日に控えてゆっくり休め。試合の申請をしている者は、道場で自己鍛錬するもよし、俺を相手に模擬戦でもいいぞ。」
「はい!師範代!」
ぐるりと剣術士ギルドの道場を見渡し、汗を拭う。
短いがくせっ毛のある金髪をかきあげ(今日は挑戦者ナシ、かな。)帰れば妻が手料理で出迎えてくれるだろう。
ウルラは模擬戦用の木剣を仕舞おうとしたところに。

「じゃあ、お相手お願いします!」と凛とした女性の声。
振り返れば、軽装の鎧に細身の剣を携えたエレゼンの女性。髪は赤く、少し幼い顔立ち。
「なんだ、君か。剣聖。」
周りがどよめく。
「その・・不躾なのは承知ですが・・その・・」
「ああ。聞いてるよ。婚儀をするんだってな。めでたい話じゃないか。そして、どうして今?」
「いえ。その・・」言いよどむ
「覚悟?かい?」
「いえ!そうじゃなくって!・・不安がないわけではありません。でも・・幸せで、この先もきっと。」
「じゃあ、いいじゃないか?」
「そう・・じゃなくって・・・この・・不安かもしれない、その何かを思いついてしまう自分がイヤなんです。
思う存分、剣を振り切って、汗と一緒に不安めいたものを流したいんです!」
「わかった。そこの木剣を。サイズは色々あるから、好きなのをつかうといい。」
「ありがとうございます。」

周囲の道場生達が、この展開に湧き上がる。
なにせ、師範代こと「血塗れ騎士」ウルラと、名前すらよく知らない「剣聖」の女性との模擬戦とはいえ、打ち合いが観れるのだ。興奮しないわけがない。

「では、ウルラ・コリーナ、剣聖殿のお相手仕る。」
「はい。ミーラン・ロートス、いざ参ります。」

幅広の剣と、やや大きめの盾のウルラに対し、やや細めの剣と、小振りの剣の剣聖。
「二刀流ですか。」「見よう見まね、ですが。」
木製とはいえ、あたりどころが悪ければ、それなりにダメージを受けるし、ヘタをすれば致命的な打撃になりかねない。
一人が「俺、治療師呼んでくる!」と走っていった。

初手は、ウルラ。まず、踏み込んで軽い牽制を兼ねた突きを。
問題なく避けるミーラン。
(さすが、か。)その二振り目の短剣を使うことすらしない。
そして、ミーランが、引いたウルラ相手に押し込むように短剣を突き出す。
(そう来るか!)そして盾でしのいで、反撃に出ようと思った矢先、危険だと感じ、一歩引く。
目の前を細剣が通り過ぎていった。
ミーランの表情は特に変わらない。(さすが、剣聖)

互の剣を盾で受け、剣で捌き、あるいは躱し、時に打撃を受け、与える。

「さすがですね。ウルラさん。」少し疲れてきたのか、息が荒い。
「ミーこそ。剣聖の名を継ぐだけあってね。俺じゃ物足らないだろう。」こちらも荒い息。
「とんでもない。」笑みを浮かべる剣聖。
「それにしても、あの寝相がサイアクだったお嬢さんがね。」こちらも笑みを。

「言わないで!」と剣を振り上げる剣聖に、盾を放り投げ、姿勢を低くして突っ込むウルラ。
一瞬、羞恥に我を忘れて、相手の策にハマってしまったのを悟ったが、遅すぎた。
雷光の様に突っ込んできた青年に押し倒され、首元に木剣が当てられる。

「詰み、だな。剣聖どの。」
「完敗、です。」
立ち上がり、倒れたままの剣聖に手を貸す。
やんややんや、と歓声が。「さすが師範代!」「剣聖さまー!」などなど。

「ここでの剣技は、実践がウリでね。もちろん、最前線で戦っている君とは比べるべくもないが、こういうやり取りで、格上の相手に勝つ手段も身に付ける、ということさ。
実際、剣技だけなら、君の方が上だった。これは間違いなく認めるよ。」
「はい・・・」
「要は、その技術をどう扱うか?だよ。その辺を踏まえて、よく考えて見てくれ。そうすれば、俺なんて、足元にも及ばないはずだ。」
「え?そんな・・・」
「次代の剣聖を産むのは君だ。ミーラン。その教えをちゃんと遺せるように、な。」
「ありがとうございます、ウルラ師範代。」
「うん。そうだな。うちによってけよ。なんなら、彼氏も連れて。」
パールを取り出し。
(あ、マユ?今買い物か?)(うん。なに?)(今からミーラン連れて帰るから、食事を少し増やしてくれ)(え!?)(もしかしたら彼氏もくるかもしれんしな。)
(ええええええ!)(いいじゃないか、久しぶりだろう?自慢のカリーを用意しといてくれ)(ちょっとおお!勝手すぎ!)



さぱ~ん・・・ざぱ~ん・・・ミャー   ミャ

潮騒と、ウミネコのバックグラウンドが鳴る中。

「もふにゃあ!」ね・・黒髪のミコッテの社長は人差し指でとんとん、とデスクを叩き
「いいんだけどね・・」ちらり、と隣にいる筆頭秘書を見る。
視線を感じ、書類の選考をしていたミコッテが見つめ返してくる。
「せんちゃん。」
「はい。仕事中はできるだけそいう呼び方をしないでください、と何度言いましたか?」
「・・・・・あのさあ。」
「はい?」
「これ、やっぱ、モフモフ屋じゃ・・ダメ?」少し耳がペタリとなってる・・・気がする。
「なぜでしょう?そんなに私の提案が気に入りませんか?」ピンと立った耳。
「いや、その・・そういうワケじゃないんだけどさ。こう、インパクトって大事かなーっと。」
「確かにインパクトはありますね。いいでしょう。決定権は社長にあります。先程の書類を書き直した上で、改めて承認印をお願いします。」
ビリビリっと、さっき押されたばかりの承認済の書類を引きちぎって、ゴミ箱に。
「あ・・・」書き直すために、またかなりの時間が必要だ。先の書類があれば、そこに訂正と、加筆、さらに新たに捺印すれば済んだのに・・・
「どうぞ。」と真っ白の紙が渡される・・・「はい。」うなだれる社長。耳と尻尾も。

今日もアリティア産業は平和である。

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