813セブンス。秘書というのも楽ではない。かも。

ふう。
この数日の激務からようやっと開放されたと思えば。
この社長は。
イドゥンはため息をつきっぱなしだ。
どこぞの賢者が「ため息は幸福の精霊を殺す」とかのたまっていたが。
はて?自分はいくつ殺しただろう?
ドアをノックする。
返事の前にドアを開け、執務室のデスクに突っ伏している社長を見る。
「あふ・・・。」
まるで、夜の情事の時のような声に・・
(なにしてんだか・・・)
ミコッテの女社長は、机に突っ伏し、あまつさえこんな声まで。
書類の束で後頭部を殴りつける。
「ぎゃあ!」
年頃の女性の出す声ではないが。
気にせす、もう一度。
本当のところ、もう一度くらいは殴り倒したいが。
「社長。この書類に目を。」
殴り倒した書類を目の前に。
アリティア物産。
アリティア産業の子会社とはいえ、貿易や物販、それに輸送まで手がける企業。
商都ウルダハでは、新規の企業としてはかなりの優良企業と言える。
そして、その会社に就職してまだ一年足らずだが、社長秘書と、かなりの出世。
イドゥン・デイジーは、モスグリーンに染めた髪を手ですきながら。
赤い瞳で社長を見据える。
「うん・・・・その・・・イディ?」
「はい。社長。」
「その、頭叩くの、ヤメて?」
エリス・パンテーラ、いや、ローウェルか。涙目で訴える。
「社内で情事の如くアエギ声などをされれば、殴りたくもなります。」
「えー!違うって!ホント!」
長身のエレゼンの女史は沈黙で応える。
「いや、そのさ。あのね?」
「ご苦労は察しいたします。ゆえに、気合を入れて差し上げました。」
「あにゃあ。」つい訛りが・・・
グレーの髪をかきあげ、「この書類・・・・って。え!?」
「どうかされましたか?」
帳簿や書類の処理には定評のある彼女だが、少し困惑、というか・・・

「イディ?いい?辞令よ。」
神妙に。
「はい?」
姿勢を正す。
「本日をもって、イドゥン・デイジーに「ローウェル」の家名を許す。」
「えっ!」
普段、冷静な彼女もこの話にはさすがに動揺を隠せない。
「わかった?」ミコッテの社長は冷静に。
「は・・・はいっ!エリス社長っ!」
「じゃあ、まあ・・・少し待ってね。せねっち・・・いや、セネリオ秘書に話を通すから。」
「はいっ!」

(せねっちー、今回の人事、急だよね~?)
(なんだ?エリス。聞いてなかったのか?)
(うん。さっき書類にあったから。)
(夕べ配達したはずだが?)
(ごめん・・・ちょっと他の書類が多すぎでね。アカツキさんとことも最近取引多くてさ。)
(明日には彼女を社長と会わせる、と通達は?)
(今から~)
(お前な。書類整理が唯一の得意技だろうが。このバカタレ!)
(ひい!ごめんにゃ~!)
(謝らんでいい。仕事をこなせ。以上だ。)


「あのさ、イディ。その・・・明日一番でリムサ・ロミンサに行ってくれるかな?」
「え?」と動揺が・・・
「マルス社長が直々に訓示をするって。まあ、ローウェルの家名を頂戴するときの儀式みたいなもん。」
「・・・はい。了解しました。」
「あ、そんなにカクカクした動きじゃなくって大丈夫だから。」

魔導機械なみの動きをしていたらしい。
「・・・はい。」


退室して・・・
「栄転、か・・・。」
過去には社を上げて、かの戦役にも貢献したと聞く。
死地に趣いて、戦場を駈ける時も来るのかもしれない・・・
だが。
「退屈な人生よりは、よほど気合が入る。」モスグリーンの髪を。
これからが、自分の出番だ、と言い聞かせ、部屋へと。


イドゥン・ローウェルは、不敵に笑う。

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