「なあ?スゥ?」
「なによレティ。」
二人の女性は黒衣森にあるバノック鍛錬所を訪れて、今の状況に至る。
まず訪れた理由としてはこうだ。
カフェにて、二人はいつもながらカウンターで女主人ミューヌも交えながらワインを飲んでいた。それも真昼間から。
「最近ヒマだな?スゥ、何かないのか?」とグレイの髪の女性。
「何も無いのは平和、ってことじゃないですか。いい事ですよ。」と、女主人。そこに
「はいそうですね。主人のおっしゃる通りだと自分も同意します。」最近エレゼンの少女に変わって入った給仕の少女。
「まったくよ。」鬼哭隊隊長。
鬼哭隊は街の警備が主な任務。平和であるに越した事はない。
ところが。
最近では「人災(ハザード)」やら、「迷惑来訪者(ナイトノッカー)」など、二つ名を拝命している「天魔の魔女(ウィッチケイオス)」こと、
レティシアはなんだかつまらなそうにワインの杯を空けている。
かつての大戦で功績をあげ(本人はショックで記憶が曖昧になっているが)コロセウムという場所でのお披露目でも優勝(その時大怪我をおってしばらく療養していた)。
これだけ大暴れしていたのだから、いまの平和が退屈なのもわからなくはない。
しかも、娘夫婦は孫を連れて実家から離れてウルダハに行ってしまった。
娘以上に懐いていた孫ともしばらくは会っていない。
退屈、というか、何か刺激は欲しい。
「んじゃあ、練兵場にでも行く?」と親友のスウェシーナ。
鬼哭隊や神勇隊の新兵のための新設された屯所。
隊長である彼女も定期的に訪れて、その成果を確認しなければならない。
時にトラブルも起こるため、隊員や冒険者を募りその処理も任せている。
その場合、パールで結果報告もあるのだが。
今日はそういった報告も無いゆえ、まさしくのんびりとして午後を過ぎたあたりでワインなんかをたしなんでいたのだが。
今日は定期的な訪問ではなく、抜き打ちで、それも「魔女」を引き連れての事となれば、隊員達もひきしまるだろう、と。そういう事での提案だ。
「いいわよ。」と安請け合いする彼女に。「じゃあ。」
「ミュー、お勘定。」「はい、ありがとうございます。お気をつけて。」
そして練兵場に足を運ぶや否や。
「た、隊長!実は・・・」
話しではなにやら精霊の暴走が確認されたらしく、炎の精霊が森を焼こうとする勢いで活発に動き回っているらしい。
幸いいまだ火災にはなっていないが、暴走を確認した冒険者が慌てて報告に来たのだとか。それもついさっき。
「なんだとっ!まずは、わたしに報告が優先だろうが!」怒鳴る隊長。
「申し訳ありません、事態の収拾を図るために冒険者達に呼びかけをしておりまして・・。」
「言い訳なんぞききたくない!どうなっている!」
「今、1組のパーティが調査に向かっております。終了次第、報告しようかと。」
「まったく!お前らの錬度の低さはなっていない!しばらく本隊には帰れないとおもえっ!」
「まあまあ、スゥ、そこまで怒らなくても。」
「レティ、だめよ、甘やかしたら。こいつ等、本当に街を護る気概というものが足らなさ過ぎる。」
「申し訳ありません、隊長。」
「まあいい。場所は?」
「はい。」マップを渡してくる。
「レティ、付き合ってくれる?」
退屈をもてあましていた魔女は「もちろん。」と親友に。
そうして件の場所へと駆け足気味に。
「なあ、スゥ。」
「なによレティ。」
「さっきのはいつもの事?」
「んー、厳しくするのはいつもだけど。」
「いや、ちょっとあの、アルメルだっけ?あの子が気の毒なくらいヘコんでたからね。」
「あいつらは、わたしが見ていないと手を抜く事が多いから、あのくらいでいいの。」
「ふうん、鬼哭隊だけあって、鬼も鳴くってね。」
「ちゃかさないでよ、わたしが鬼みたいじゃない。」
問題の場所に。
「うっわ、なにこれ。冒険者って、まだ駆け出し?」
川のほとりが現場だっただけに、大規模な火災には至っていないが、付近の岩や木々には焦げが。そして、そのあたりで火傷で倒れた冒険者が二人。
「こりゃあスゥも怒るのはしょうがないか。」なんとなく納得。
そして。
火球が現れる。
全部で3つ。
スウェシーナが問いかける。
「精霊達よ、いかなる所業であるか?この黒衣森を傷つけるのは、精霊としての本分ではあるまい!怒りを示すなら、その意志を伝えよ。」
火球達は踊るように舞い、そして。
襲い掛かってきた。
「おいスゥ!あれは狂ってる!最初に見てなにかオカシイと思ったが、誰かの作為的な術で狂わされてる!もう討伐しかない!」
親友を押し倒し、最初の突撃から身を伏せさせて。
「な、なんてこと!それじゃあ、森の精霊を自由に出来る輩が森にいるって事?」
「そうなる、な。不審者が出る、とかいう話もあったじゃないか。ソイツじゃないか?」
「く!」
火球がさらに追い討ちをかけるべく襲ってくるのを転がりながら避ける。
「風切よ!」魔女の術式で火球は軌道をそらされ、少し目減りした。
「本格的にいくぞ、スゥ。今の術式でわかった。結界が張られた。実力を出すにはすごくしょっぱい環境だ。」
「うん、承知。」
「風よっ!」術式を放つ。
「てやあああ!」槍を。使い慣れた槍だが重い。だがその重さを感じさせない槍さばき。
魔力を纏った武具ゆえに、火の精霊達は徐々に小さくなってゆき。
やがて、最後の一体も消滅した。
結界も解け、倒れている冒険者二人に蘇生の術式を。
「う・・。」
意識を取り戻した二人だが。
どこかで見たような・・・。
「あ。この子達!」
かつてコロセウムで見た姉妹。
「ん。助けてくれてありがとな・・・。って?え?魔女?」
長いブロンドの少女、そろそろ女性?ユーニが。
「あれ?お姉ちゃん?」
こちらはブロンドだが茶色い色合いの妹ユーリ。
「お前らでも勝てなかったの?」
「そうなんや。いきなり術式が使えなくなって、なんやこれ?って思ってる間に火球にやられてもうてな。実際なんなんや?今、構成展開したらちゃんと出たで?」
「うちもやねん。斧がいきなり重くなって。大ぶりしかできひんから、お姉ちゃんに二つも火球が飛んでいって、やばい、とおもたんやけど、鎧も重くて。」
ふう。そういえば、この姉妹はザナラーン出身か。精霊結界の事を知らないのもムリは無い。
「あのな、此処はちょっと特殊?かね。精霊達が結界を張るんだ。この結界の中だと、実力を出せない。この事を知らないとこの森での依頼は難しいぞ?」魔女からのアドバイス。
「まったく、こんな基本的なこと、あいつらはどうしてアドバイスしてあげないの!」隊長は憤懣やるかたない。
「まあ、うちらも事前情報ナシで突っ込んだんや、あんまり攻めんといたって。」
「せやな、お姉ちゃん。」
「まあ、帰るか。おい、スゥ?」
「あ、うん。ちょっとエーテルの残滓を感じようと。」
「それなら大丈夫。さっき確認した。」
「もう。さすが、よね。魔女。」
「ちゃんと名前でよべ、バカタレ。」
あはははは。二人は笑いあう。
(なあ、ユーリ、あの二人、やっぱりバケモンやな。)
(うん、お姉ちゃん。)
「よっし、帰るぞ。練兵所にはパールで文句言っておけ、スゥ。」
「そうね、顔見たらまた小言が出そうだわ。」
「お前等も一緒に連れて行ってやる。宿の手配もついでに面倒みてやるか。その代わり、ワインが飲み足らん。付き合え。」魔女からの提案に。
「おおきに。ほなよばれますわ。」
移動術式の淡い光に飲まれ、身体が浮いていく。