「ムチャだロ。」
黒髪を長く伸ばし、白磁の人形のような少女は目の前の光景に唖然とするしかない。
飛空挺。
この空を飛ぶ船を使って、海賊船アスタリシア(かつての乗船)に攻撃、というだけでもたまげたものだが、使う武器がハンパではない。
爆雷。
本来なら、砲で仕留めるのが難しい、小型の船であったり、近接されたときに放り投げる、小型の樽。
中には火薬が詰め込まれており、導火線に点火、ついで相手の船に放り投げる。
あとは爆発して、ダメージを与える。
この武器のミソは、投擲技術にかかっており、あまりに近距離だと巻き添えをくらう、ということだ。
破壊力はもちろん大きさによるが、所詮、人間が投げるのだ。それほどの精度をもたそうとすれば、大きさは限られる。
なので、効率的とはいえないが、破壊力はそれなりだし、近接されたら有効なのは間違いない。ただ、「普通、近接される前に相手を沈めるか、逃げるだろ。」
と、いうのが一般論でもあり、地味な武器なのだが。
が。
なんだこりゃ?
少女の目には両舷に備えられた巨大な樽が、一種のユーモア、もしくはジョークかと思えた。
そして、黒髪の少女が見た光景は、まさしくジョークだった。
ドッカアアアアアアンンン!!!!!
一発目。
夜の闇を咲く様に炎が踊る。
爆風でこちらの船まで煽られる。
ついで・・。2発目。
もう最初の爆音で耳がおかしくなりそうだ。
ドッカアアアアアアアンンン!!!!
「バカか?こいつラ。」
その声を消すように、さらに、3発、4発、と落とされていく。
点火したが最後、放り投げないと自身が木っ端みじんにされてしまうので、落しまくっている。
もはや機能しなくなった両耳を押さえながら、下で起こる爆裂の炎をただ見ているだけだ。
一応、自分の「狙撃」の仕事は終わったのだから。
炎の影にまぎれて、漆黒の船が確かに逃げていくのが見える。
「ふぅ・・。」安堵のため息。
「お疲れ。ご苦労だった。」と隊長から言われたが、耳がおかしくなっているため、「はア。」としか返事ができなかった。
「無茶だろ?」
私掠船アスタリシア号。その甲板、操舵士の横でうめく浅黒い肌のエレゼンの男性。
副長、カルヴァラン。
海戦が世に出て、もう何年も、どころか数百年だろうか?
船同士の戦いにおいて、いわゆる「定石」と言った言葉が通じない攻撃をされたのは初めて、と言っていい。
確かに、帝国には空を飛ぶ機械があるが、あくまでも攻撃してくるのは射手だった。
あんなバカでかい爆雷を飛空挺から落としてくる戦術なんて、まったくもって信じられない。
事前に彼女からメッセージをもらっていなければ、正直この爆炎に焼かれていただろう。
パールからのメッセージじゃない、ということは、パールが取り上げられたのか・・。
少し心配するが、身の危険があるわけでもなさそうだ。
とにかく、この落ちてくる爆雷の風圧を利用して逃げ延びねばならない。
「どうせ、せいぜい10、かそこらだろう。」
操舵士に細かい指示と、マストの帆の高さや、張る角度を指示していく。
すでに5発は回避した。
この武器の欠点、点火すればすぐに使う。
これを考えれば、すぐにまた5発降ってくる。
あとは、砲をもっているかだが、これはアスタリシア号のもっとも得意とする砲撃戦。
よほど奇怪な砲でもない限り、相手を轟沈せしめるだろう。
ただ。
そこに、最愛の彼女が乗っている。できれば逃げ切って、あきらめさせるのが上策だ。
「さて、ここらが腕の見せ所だな。」
エレゼンの青年は、ニヤリとして指示の腕を振るう。