静かな森の街。グリダニア。
木々に囲まれたこの街は、朝が遅く、夜が早い。
つまるところ、陽が木々に隠れてしまうからなのだが。
住人も当然ながら、この日々が常識となっている。
かてて加えて、牧歌的なこの街はノンビリしている。
「ふぁああああああ・・・。」
大きなアクビをして、伸びをした少女は昼寝をしていた公園から街中へと繰り出す。
茶色い尻尾が大きく、上下に。ぴこぴこ。
寝起きの彼女のクセだが、本人は気づいていない。
「キーさん、連絡ないなあ・・。」
冴えない上司の事を思うと、頭が痛い。
先日、とある事件でやらかしてしまい、命の危機まで感じた、というか、正直死にそうになった。あんなミスはもうしたくないが、葬儀屋に助けまで出してもらい、事なきを得た。
少なからず礼はパールではなく、ちゃんとすべきだろう。
フュ・グリューン、ことショコラはそう結論づけた。
というわけで、なけなしのお金で屋台で酒を奢ることにしたのだが・・。
「連絡ないなあ・・。」
ふと。
実家に思いを馳せる。もう2年も前に飛び出し、今は安宿の間借りだが。
あの家に案内してやれば、絶対ビックリするだろうな、と思い、想像を膨らませる。
家一軒はあろうかという、エントランスホール。
自分で開ける前に、執事が開けてくれる。
「おかえりなさいませ、お嬢様。」と数人のメイド。執事が部屋までエスコートしてくれる。
「あはは!」
思い出すだけで笑えてくる。あの家に連れて行けば、きっと腰を抜かすだろう。
だが、まあ、あんな家がイヤで飛び出したのだ。
今の安宿生活も悪くない。
「キーさああん?」
再三のパールでの呼び出し。ここでその声、というか伝心だけでもあれば、先の想像にもリアリティみたいなものが足せて笑えるのに。
「呼んだか?」
意外なことに。
「え?」
声はすぐ隣から聞こえてきた。
耳がピンと跳ね上がり、尻尾も同じく跳ね上がる。
褐色の肌、青い眼の少女は正直その場でひっくりかえりそうになった。
銀髪の青年。キーファー。
彼の立場は、建前上「神勇隊士」だが、弓なんか持ったことなど、それどころか拳のケンカ一つしたことあるのかどうか。
とにもかくにも、冴えない男だが、一つのマネジメントを任されている、上司には変わりない。
見た目はすっきりした感じだが、まったく目立たない。
だが・・。
この「目立たない」のが最重要なのだ。
派手なエージェントなど、全くもって無意味だし、かえって邪魔だ。この冴えない、ところがいいのである。
翻って、自分はといえば、茶色一色である。眼こそ青いが、それほど目に付くというほどでもあるまい。どちらかといえば目立つかもしれないが、真価はそこではなく、驚異的な記憶力と、逃げ足を買われている。
「キーさん、キモ。」
いきなり真横に現れた上司に、いきなりな台詞をたたきつける。
「オマエな・・。キーさんはやめろって、何度言えば覚えられるんだ?」
「すでにわっちの中では、キーさん、になってますから~。多分むり?」
「あーあー、そうかいそうかい。そのキーさんにお礼がしたいと呼び出しておいて、どうするつもりだ?」
「屋台で一杯、奢ります。」
「そいつはありがたいが・・・。一杯かよ。」
「わっちの行けるお店が屋台くらいしかないのは、知ってるでしょ?」
「ああ、まあな。」
「それとも、大豪邸で晩餐会とか、したいですかねー?」
「あ?オマエ寝ぼけてるのか?」
「まあ、そういうプランも考えておかないとー。」
「まあ、いいや、安いペイの中から、オマエの今回の救出ってことでフネラーレに出させてもらうぜ。」
「えええ!!!!」
「まあ、今回はオマエ、ペイ無しだな。」
「はえええええええええええ????!!!!!」
「命の値段だ、安いだろ?」
「宿代くらい、残してくださいよ・・・-。」
「まあ、そんくらいはな。で、どこに行く?」
「この辻を越えたところに、週末しか出さない露店がありましてねえー。」
「ほうほう。」
「すぐに売り切れるものばっかりなんです。」
「さすがだな。」
「そして、そろそろ開店時間ですー。」
「お。いいね。」
「でも、一杯しか奢りませんからね。」
上司をにらむ。
「まあ、そうにらむな。これでも命の恩人なんだぞ?」
さらに尻尾も伸び上がってくる。
「葬儀屋にお礼はいいですけど・・、キーさんから抜かれるのはなんだかハラ立ちますねー。」
「どうして?」
「絶対マージン抜いてるでしょ?わっちのペイから。」
「え?」
バレた?
「いやいやいや・・・。」
「ほう・・。まあ、今回は本当に死に掛けたから、チャラでいいけどー。」
屋台にはもうすでに数人が並んでいる。
「じゃあ、いきますか。」
ショコラはあっけらかんとして走り出した。