一種異様な雰囲気の甲板上。
黒髪の少女は、迫り来る相手の裏をかくべく。
隠していた武器を取り出す。
私掠船アスタリシア号。
甲板上で繰り広げられているのは、決闘。
明け方をしばらく先に控えた、宵闇の中。
黒い髪を腰まで伸ばした少女と、船長の一騎打ち。
迫ってくる刃をかいくぐり、傷一つ、つければいい。
だが、そんなに簡単な事ではないことは十分承知していたが。
カラン。
なんという事も無い音で、勝負は終わってしまった。
「ち。」
手から力が抜けたのが分かる。その後から痛みがやって来る。
こぼれ落ちた武器は、船長の手の甲に傷をつけたが、その前に自身に傷を負わされた。
(これまで、かよ・・。)
「ふむ。」船長は手の甲を見ながら頷く。
目の前の少女は、圧倒的な不利からここまで持ち込んだ。
それも、決闘という舞台に引きずり出して。
(余興のつもりだったが、まさかここまでとはな。)内心、舌を巻く。
「いいや。一矢報いたンだ。後は好きにしてくれ。」
(ごめん。親父。セッカ。みんな。僕はココまでしかできなかったよ・・。)
引き抜かれた剣から血が流れ出し、それを気にする風でもなく、少女は相手を見据える。
「そうか。ではまず着ているものを全部脱げ。おい!手枷をもってこい。」
「・・・・。」少女は唇をかみ締める。
「どうした?手伝いがいるか?」
「ふん。」
隠していたもう一本の刃物を取り出すと、襟に切り目をつけ。
一気に引き裂く。
緩いカーブを描く、白い身体があらわになる。
ついでに下着にも刃を入れる。
白い磁器にも似た、一糸纏わぬ姿に周りが声を上げる。
「そンで?」
少女の顔には羞恥はない。
カラン。刃物を前に放り捨てる。
「手枷をしろ。」
後ろでに手枷が嵌められる。その後、いくつかの指示を出している。
「・・・。」黙って従う。後ろからは下卑た笑い声も聞こえたが、気にしない。
控えめな胸を張りながら。
それでも睨む目に力を込める。
「ついて来い。」船長が歩き出す。それに従う。
(あーァ。やっぱあれか。オススメってやつね。)内心、穏やかではないが、冗談めいた考えでもしていなければ、やってられない。
ぺたぺた、と素足で歩く廊下は、なんともいえない感触だ。
そして。
扉が開かれる。
船長室。
「入れ。」「・・・。」
あいかわらずの豪華な部屋。
ゆっくり、足を踏み入れる。
船長は、そのままデスクに向かう。後ろの扉はバタン!という音と共に閉められ、そこには副長が立っていた。
「なンだ。てっきりそのまま寝台行きかと思ってたんだけど?」
「その前にしなければならん事がある。」
「へぇ?」華奢だが、やわらかみのある身体を見せびらかすように。
「まず、代価の清算だ。」
「あン?」
「お前が提示した物。それを清算する、と言った。わかるか?」船長は無表情だ。
「なんとなく、だけどな・・。」
「まず、第一に俺を決闘まで引きずり出した、一番の価値あるもの。その眼の魔力だ。
先の決闘で、何かしらの効果があっただろう?」
「いいだろ、何でも言うさ。僕だって海賊の娘だ。悪あがきはしない。
この眼は、まず視力がいい。とてもな。暗闇なンざ関係ない。あと、望めば視界を好きに出来る。」
「ほう?」
「近くだろうが、遠くだろうが、好きな距離に出来る。オマケに狙いをつければソコに印みたいなものがつけられる。」
「ふむ。」
「例えば、おっさ・船長のヒゲに食べかすが着いているが、ソレもお見通し、ってやつだね。」
手をやる。さすってみればパンの細かいくずが。少女までは10歩ほど。見えるわけが無い。
「何故あの決闘で弓を使わなかった?その眼があれば容易かったんじゃないか?」
「そうなんだけどさ。まだ使い方がイマイチでね。当初のプランで行った、ってワケ。」
「ふむ。次にお前の身体だ。」
(来たか・・・。)
「あァ。」
「俺のものになれ。」
(やっぱりか・・。セッカ・・・。ごめん。)
「弓兵がちょうど入用でな。」
「は?」
「乗船を許す。俺の部下としてこの船で働け。眼はくれてやる。その分働け。
それと、復讐その他は買い上げた。命令違反は許さん。おい。副長。枷をはずしてやれ。」
「ちょっと!」
ガチャ。という音と共に、枷が外される。
「荷物はそこにおいてある。部屋は副長に案内させる。そこを使え。
それと船内では決闘以外の私闘は吊るし首だ。他に質問は?」
「寝込みを襲われたら?」
「相手が好みならそのまま組敷かれろ。そうじゃないなら、海に放り込むなり、斬り捨てるなり、好きにしろ。それだけか?」
「まあ・・。そうだけンど。その・・・。この格好で部屋まで?」
あらためて自身が全裸であることに気がつかされる。
「荷物はそこにある。好きにしろ。」
「・・・・。」
男二人の前で、下着から身につける、というのもなんとも恥ずかしい。
が、裸身を晒して部屋まで案内されるのもいかがなものか。
(荷物の中に着替えがあるかどうか・・。)
ふぁさ。
布がかけられる。
後ろを見れば、副長がいる。
「あ、あんた?」
「カルヴァラン、だ。副長、と呼べ。」
蒼い上着に身を包んだエレゼンの男性。
「あ、ありがと。その。副長。」
(セッカ・・。)
「荷物を持ったら、すぐについて来い。」
「あ、はい。」
「では、カピタン。」と敬礼をして、部屋から出て行く。
「ちょっと待ってっての!」
さっきは緊張してたから気にもというか。ヘタに布なんかかけてもらったから、その中の身体がスースーする。
クルーとすれ違うたびに顔が赤らむのが分かる。
「ここだ。」
普通の扉。開けられると、誰かがつい最近まで使っていたようだが。
「相部屋か?」
「そうかもな。お前が殺した医者の部屋だ。」
「・・・。ケガしたらなおしてくれねーかな?」
「しないようにしろ、鍵はこれだ。あと弓はそこにおいてある。食事は日の出と、夕日。
食堂はその辺を適当に探せ。その他は言わんでもわかるだろう?」
「ああ。」
「今日の朝日と共に、皆に紹介する。しばらく休んでいろ。」
バタン。
扉が閉められる。
寝台に向かう。布をシーツ代わりに、横になる。
「親父・・。セッカ。みんな・・・。ごめん。生き残っちまった。」
涙があふれる。
(お嬢。生きてください。では。)
「あの、あほう・・・・。好きだって言う前にくたばりやがって・・・。」
最後に見た優男の副長の顔。
切羽詰っているのに、笑っていやがった・・。
じくじくと肩の傷と眼が痛む。
しかし、疲れのためにゆっくりと意識が落ちていく・・。
枕を濡らして眠る少女は、歳相応の表情で、決闘の時とは別人のよう。