269書き物。黒髪の少女。クアットロ(4)

夜の暗闇の中、篝火が焚かれる。

そして、その熱気以上に、荒くれ達の歓声が起こっている。

船上で火を焚く行為自体、自殺行為だが「決闘」のためだ。


この異常な空気は、アスタリシア号の甲板。タールで塗り固められ、黒い足場はすべりにくい。

「うん。いける、だろ。」少女は決意を固め、寝着の裾を破り腰に帯のように巻きつける。下半身が丸出しだが、今はソコではない。

「いいぜ。」黒髪を後ろに流す。

そして、先に手に入れた手術用の刃物は帯の中に潜り込ませてある。
(さすがに色気が利く訳ないよナ。)
とはいえ、大きな弓を扱うのには裾の長い寝着では邪魔になる。


「開始!!」との声に。

船長は、片手に剣を構えているが、踏み込んでくるわけでもない。
しばらく様子を見るつもりか、こちらの攻撃を(一度しかないと思ってるハズ)と考える。

それなりの大きさの船ではあるが、さすがにこの「決闘」の場だと、短めの弓でもないと、取り扱いというか、そもそも向いていない。
少女の弓は、あくまでも他船への攻撃用。

(まあ、とりあえず。)
弓弦を鳴らして、調子を探る。矢をつがえ、大弓を引き絞る。

場に緊張が走る。この矢が中れば、少女の勝ち。しかし外せばもうどうしようもない。
一発勝負。しかも明りに乏しい。

(だと、連中は思ってンだろうなぁ。)
ほくそ笑む。この表情も相手に心理的に猜疑心をかけるためだ。

弦を幾度か、引き絞ったり、緩めたり、エイミングをしながら狙いをつける。

そして。
(こっちには切り札、ってのがあってな。この眼。業腹だが。)
篝火に闇が裂かれる中。

船長の顔がはっきり見える。どういうわけか、暗いはずが気にならない。
さらに。狙いたい場所があれば、視界に中てやすいように印がつく。

船長はこの効果を知らない。これもいい条件だ。

「行くぜ。船長どの。」少女は引き絞った弓の弦を鳴らす。

「・・・・・。」船長は無言で剣を構える。至近距離で飛んでくる矢。
それを切り払うなり、避けるなりするには見てからでは串刺し確定だ。
ましてや、少女は大振りの鏃を選んでいた。大弓から撃ち出される凶器は、直撃すればタダでは済まない。

どちらにしても、この視界と暗さではある程度のあたりをつけて、対処するしかない。
が。これさえ避けてしまえば、少女に勝ち目は無い。
(後は、タイミング、だな。)船長は歴戦のカンで飛んでくるであろう、凶器の軌道を読む。
その点では少女の武器は大きすぎる。スローイングダガーなど、小さい武器だと読みにくいが、あれほど大きな武器だ。

緊張が増す。


ビィーン!

音を立て、大きな弓が溜め込まれた力を解放する。
少女の左目はまだはめ込まれたばかりだ。視力もあるとはいえ、慣れていない視覚では狙いなどつけようもあるまい。
となれば、撃ち込みは右目側。つまり自身も右に避ければいい。

果たして。

必殺の矢弾は、かすめることなく通り過ぎたのだろう。船長はそのまま踏み込む。
見れば、撃ち終えた後の弓は少女の構えた左手を反動で動かしている。
(ふ。体に見合った武器を使えばいいのにな。十数年前に、同じく船長室にやってきた少女は実に効率的だった。)
剣を振るう。

ガツっ

少女はかろうじて、大弓で受け止めたが、悪あがきだ。

が。
「バカめ。」少女の声。

右手にはつがえたはずの矢。
「傷一つで勝ちなンだろ?」

「空撃ちか!」
「そーだよ!」ダガーというか、小さめの槍のような矢で斬りかかる。リーチもそれなりに長い。
「やるじゃないか。」
「ああ、そうかい。」初撃。船長には傷を与えられなかった。
「だが、この場ではまず勝ち目はないぞ?」と振るわれた矢を切り払う。
「さァてな。」「帯」から取り出す刃物。
「ぬ!」


カラン。

タールの塗られた甲板に、金属の落ちる音。


船長の手からは、血が滲んでいる。


少女の手には刃物が。

こぼれ落ちていた。

突き出された刃物に対し、船長の剣がそれに勝った。少女の手を離れたそれは、落ちる際に手の甲に傷を負わせた。

「勝負あり。勝者。船長。」審判係を勤めていた副長が声高に。

船長の剣は少女の肩口にたしかに食い込んでいた。


「ち・・。」
「ふむ。」
「いいや。一矢報いたンだ。後は好きにしてくれ。」


「そうか。では・・・。」

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