潮騒が、その名のとおり「騒がしい」とは思ったことはない。
何故なら、慣れ親しんだものだから。
揺り篭に付きものの、子守唄と言えば余人に納得してもらえるだろうか。
ともかく、そよ風と共に潮騒を楽しみながら、黒髪の女性はティーカップを口に付け・・
正面のエレゼンの男性と向き合っていた。
「で、リッラ?」褐色の肌の青年船乗り・・いや、「百鬼夜行」の棟梁、カルヴァランは恋人の少し冷めた視線を受け止めながら、冷めた香茶に手を付けることもできず・・
「なに?」彼女の声は、潮騒に消されることもなく、軽やかで、涼やかだ。
これは、大変にマズイ。若き棟梁は経験則で、彼女がとても怒ってる、それも怒り心頭なのを把握していて、分かっているが故に今現在、対処法を思いつけないでいる。
「その・・少々、誤解があるようだが・・・」
カップから口を離して、ソーサーに戻す所作も含めて、どこか人形を思わせる容姿の恋人をもう一度見る。
「リッラ?」
うっすらと彼女は目を閉じる。が、ウインクでもするように片方だけを先に閉じ・・
金色の左目だけが微かに睨みつけているのを感じる。
前髪を斜めに切りそろえているので、その前髪に隠されているはずの妖しい光が彼女の怒りを表しているのだろう。
「いや、本当にすまない。これは私掠船としての政府からの、いや。まあ、わかるだろう?」
私掠船としての業務は、公的な「海賊行為」であって、他国の貿易船を襲っていい代わりに、自国の船の安全を保証すること、又は、野良の海賊船の掃討。そこに。
「自国の船を強襲する「お芝居」をすること。」
つまり、乗ってる船を海賊に襲われる、というシチュエーションを富裕層がアトラクションとして楽しむ、というものだ。
もちろん、危害などはもってのほかで、かといって臨場感がないのもスリルに欠ける。
要するに、クルージングを楽しむ富裕層にイベントとしての「海賊による略奪」を楽しんでもらうのだとか。
もちろん、参加費としての金額は大したものではないが「貴金属を持参のうえ、略奪される」事を了承する、といった書面にサインがいるわけだが。
そして、実際に徴収した貴金属が私掠船の報酬になる。
こういう業務までもが入り込んできたのだ。
正直、どこかオカシイとは思えなくもないが・・・
カルヴァランは、今までの経歴からも考えて、叩き上げの船乗りであるし、海賊を自負している。
そして、目の前の女性もそうだ。
殺るか、殺られるか?
その境界線を骨身に染みている二人としては、エンターテイメントとしてのこの仕事は正直、反発するし、同意しかねる。
その話も、昨晩、彼女が訪れた際に夜中まで議論したものだ。
が。
実際問題として、現状では「稼ぎ」が危ういのも承知している。
カルヴァランは、あっさりとその「話」に乗った「薔薇」の連中の話を聞かされるたびに、苦虫を一匹づつ口の中に放り込むハメになり・・・
理由、その一。
今や、対帝国に向けての3国さらには、イシュガルドまで巻き込んだ時流ゆえ、ウルダハや、外大陸の船を襲う価値が減っている。むしろ、非難される立場にならざるを得ない。
理由、そのニ。
船員、含めその家族を養わせるためには、当然だが利益が必要だが、「理由、その一」によって制限がかけられている。政府公認であるがゆえ、野良の海賊と同じにはできない。
理由、その三。
なんだか、めんどくせえ。
コレが本音だ。
紳士としてもリムサ・ロミンサではそれなりに通っている彼にしてみれば、いささか「適当」な考えとも言えるかも知れないし、
そんな俗にまみれた仕事をこなすことをしなければ・・いや、選択肢が増えない現状を鑑みれば、苦虫が一匹だろうが、百匹だろうが変わらないのかも。
戸にもかくにも、だ。
正式に政府から仕事が回ってきた。
これは、私掠船免状を持つ自分にとっては、約束手形以上の価値を持つ。
つまり、受けなければ「免状」を返せ。
全く、クチいっぱいに苦虫を詰め込まれた気分だ。
目の前の恋人の表情を見れば、なおさらのこと。
「なあ。リッラ。少しは機嫌を直してくれないか?」
令状を見せる。
かと言って、彼女の表情は変わらず人形のようにだんまりを決め込んでいる。
ため息をつきつつ。
忍耐強く、説得を試みる。
「まず、大元のところは知っているだろう?」
令状が彼女の癇癪で破かれる前に回収したとも言える。
「・・・。」無言、ではない。聞き取れないほどの小声で文句を並べ立てている・・・
そもそもが、ウルダハの富豪がザナラーンにデカイ遊興施設をおっ建てたのが根本だ。
今までは、誰もが開拓や、資源の取り合いで資産を増やしていたというのに、あっさり経済活動に文字通り「一石」を投じたのだ。
つまりは、「サービスの提供」
これには、元値がかからない。
初期の出資だけで、満額の数倍もの利益を生む。
仕掛けたヤツはよほどのヤツなんだろうと思っていたら、案外そうでもないらしく、利潤の追求だけに心底突き抜けたのではなく、冒険者達のガス抜きのため、だとか。
半信半疑だったが、その評価は間違いは無かったらしい。
ただ、一部の利権を求める輩が多く出回った、との話も聞いている。
つまるところ、その施設を作って、そういう輩のあぶり出しも狙っていた、というところか。
(よくやる。)内心、舌を巻く。
そして。
ここからが本題だ。
要するに、その上っ面だけを見て、「じゃあ、こっちも。」な薄っぺら政策をこっちに丸投げしてきた、というわけだ・・。
今回の一件は。
確かにウルダハには、政治的、商業的、と、派閥がある。
特に、共和派と王党派は、傍から見ていても危ない立ち位置が見て取れる。
どちらかが折れればいいのだろうが、合議制を敷いていて、尚且つ「王統」がある以上、一介の豪商の一言は、「王」の「一言」で消されかねない。
もちろん合議制であるがゆえ、票のひとつなのだが。
「だからって、こっちにまで余計な役を廻してくるなよ・・提督殿。」
カルヴァランは正直、目の前の半眼どこらか、居眠りでもしたかのような恋人を見つめながら・・
ため息くらいしか、できることがないと思ったが、カップの茶を飲み干すくらいはいいよな、とか。
潮風の渡る、ビスマルクの屋外テーブル。
「なあ、ラスティ。」黒髪を。毛先だけワインレッドに染めたララフェルの男性。
「どうかしたのかい?ルジェ。」銀髪のミコッテの青年は、昼下がりの潮風にワイングラスを傾ける。
「僕たちも、そこそこに名の通った冒険者なわけだ。」
「ああ。そうだね。なんとかね。」
「ですよね~。」と黒髪のミコッテの女性。
少し倦怠感をまとわせて、肘をついて、その手に顎を任せて、アンバランスながらも、ほよほよ、と頷いているのか、否定しているのか。
「ハイハイ。そこまで。もうちょっと私たちでいい仕事を探しましょ。」焦げ茶色の髪のミコッテは、赤いフチの眼鏡を中指で正しながら。
「フェリは、真面目すぎるんだ。」ララフェルの意見。
「そうでもないと思うがね?」ミコッテの青年。
「正直は美徳・・」黒髪のミコッテの女性。
「ああ・・とりあえず、仕事。探しません?」
だよね。
が、4人の共通の見解ながらも、好みを優先したり、効率を優先したりと、冒険者は何かと気ままだ。
「じゃあ、言いだしっぺ。ルジェの意見を尊重しようじゃないか。」ラスティが尻尾を揺らしながら。
「そう来るか。」オレンジのゴーグル越しには彼の表情を見極めるのがムズカシイ。
「いいじゃない?蛮神討伐とかあるんでしょ。ソッチ行こうよ。」とは、エグニール。白魔道士の割にはとても好戦的な事を言っている。
「えー、エグ、そっちなの?」とフェリセッタ。知的なイメージだが、実は竜騎士の称号をもらってもいる。
「まあ、どっちでも・・」とは、誰のセリフだったか。
「なあ?」
黒髪の女性からの改めての問いに。
「どうしたんだ?」
応える棟梁。
「あいつら、おもしろくね?」
「はぁ?」
「ほら、って、まともに振り返ったらダメでしょ。」大声になりそうな声を、絞り出す。
「あのな。お前、俺に何をさせたいんだ?」
「例のイベント?あいつら使って引っ掻き回したら、面白くなりそうじゃない?」
「・・・・・一般市民を巻き込んでするものじゃないだろう?」
「へ?一般市民を襲うイベントに一般市民をコッチに巻き込んで、何か悪いの?」
「・・・・・お前な。」
「はい、決定。」席を立つ女性。
「ねエ。君たチ。」
フネラーレはテーブルに居座る4人に声をかける。
「はい?」「え?誰?」「その?」「なんです?」
4人の答えを無視しながら。
「いい儲け話があるンだ。乗ラないかイ?」
!?
軽く説明を始める恋人を呆れ顔で眺めながら、本日101匹目の苦虫を口の中に放り込まれ・・いや、もう、満腹になるレベル、か。
とにかく、茶で飲み下そうと思ったが、カップはもう空だった。おかわりをする気も失せ、成り行きに任せようと・・・カルヴァランは、ため息と共に冒険者達に名乗り出る・・
とりあえずは、「クルージングと海賊」プランはなんとか、成功するのかもしれない・・・
「まーったく。僕がいなイと、ほント、何にもデきないンだかラ。」
フネラーレは、帰り道を急ぎながら。
「本当の仕事」を完遂すべく。
ワインポート。
その町を行く、ララフェルの商人。
冷めた目で見つめる。
(仕事のできル、いい取引ノ達者な人。でモ。)
コフィンメイカーを構えて、狙撃態勢に。
(やっちゃイけない事、しちゃ、ダメだヨ。)
ひゅん。
桟橋に来ていた彼は、そのまま強弓からの矢の勢いのまま、海に落ちる。
(最後のベッドは用意してあるから。)
棺桶製造者をしまう。
(あァ、僕。ボンクラ。カタはつけタ。)
(はい。回収はそちらの班に任せますので。)
(ショコラに、美味しいデザート用意さセといテ。)
(・・わかりました。ふう・・)
(今、ため息ついたナ!)
(いえ・・今、ショコラが捕まらないんですって!)
(・・・)
(ベッキィにでも頼みます?)少し緊張のニュアンスがパールから。
(イイ。今からもどルから。それまデになンとかしろヨ?)
(むちゃくちゃだあ・・)銀髪の青年は、とりあえず伝心を切り、情報屋の女性を探しにいったのだろう。
「ふぅ。」
いい世界、ね。あったらいいな。
黒髪の暗殺者は、なんとなく移動術式をするのにも億劫で、しばらく硬いレンガ敷の床に腰を落として、潮騒を聞きながら・・・・
少し、揺り篭にも似た心地を楽しもうとして。
「ガラじゃない、かナ。」
術式を展開して、青い光に包まれていく・・・・