正眼に構えた「妖刀」
本来、抜刀術とは「後の先」を目指し、その究極として「相手に剣を抜かせずに勝つ」
言うなれば、「抜かば斬る」の剣気を相手にわからせ、その場を「静」に保ってこそ。
(私は・・・未だ至らない、よね。)
だからとて、抜刀してからの奥義は十を数える。
ただし、太刀に依るものがほとんど。今、構えているのは「妖刀」とはいえ、脇差。
軽く、取り回しもいい。その分、速さが重視されていて、技の「重さ」を出す奥義には向いていない。
(それでも・・)
今、目の前の敵である彼女はその脇差と、さらにもう一刀。毒刃を独特の逆手構えで持つ。
「どうした?姉ちゃん?こいよぉ?」
挑発してくる・・・
3,4つ年下である彼女は、童顔を歪ませて。
「行くよ?」
ザッと、駆ける音。本来ならば、無音だろう。が、苔むした足場、更には草も茂っている。隠密を旨とする忍びらしくない・・・
(ヘンだ!)
危険信号が頭の中で悲鳴を上げる!
とっさに避けようとするが、思うように体が動かない。そして、それが分かっていた相手は、余裕の表情でこう言った。
「あのね?殴る前にさ、殴りますよって。言わないだろぅ?そんなバカ、居れば面白いんだけどね。ははっ!
もしかして、斬られるっておもっちゃったあ?ザンネン、オレはそんなバカじゃないよー?」
踏み込んでからの、後方に宙返り。不意を突いてのワザと空振りの後で。
(やばい・・・毒の・・せい?・・・・一撃で・・仕留めなければ・・・)その思考すら、鈍い。
奥義はいくつかの特性がある。一撃で効果の高いもの、技を連携させての効果の上回し。
黒雪は鈍い思考の中で、何がいいのか考えるが、掴むヒントがすぐに消え去っていく。
「宵闇・・」
「お?ちゃんとお話できるようになったんだねー?じゃあ、お話しようょ。」
「・・・」
「オマエがどんな風に泣き叫ぶのか、聞かせて?」
抜刀していた両刀をもう一度、鞘に収めた彼女は何気ない仕草で手を振る。
「あっ!」黒雪は突然の痛みに思わず・・
両肩に苦無が刺さる。三本投げ放たれた内の一本は、魔女の顔の近くに。
(やれやれ、だね・・これは。)レティシアは苦無を見ながら、彼女のスキルに舌を巻く。勿論、1対1なら負けないくらいの自負はあるけどね、と内心。
「足らない、なぁ?あぁ。足らない。もっと鳴いてよ。満足させてよ。出し尽くした悲鳴の後にさぁ。綺麗に捌いてあげるから、ね?」
狂気を帯びた瞳で、ねっとりとした視線を黒雪に向ける。
「五臓六腑を撒き散らす様な野暮な事はしない・・・丁寧に抜き取ってやるよおおおぉ!」
(レティシア、だ。黒衣。)(ああ、レディ。どうかしたのかい?)(ティーパーティを楽しみたいのなら、気の利いたジョークを。)
(ああ、なるほど。キミの手持ちでは観客を退屈させてしまうと?)(ムカつく言い方だけど・・まあいいわ。道化じゃあ、貴方には敵いっこないもの。)
(それはどうも。それではご希望は?)(落としどころを間違えそうな彼女達に、それとなくアドバイス、かな?)(キミらしいね。では、ご期待に添えるよう頑張るよ。)(そりゃどうも。)
「ご主人様?」赤い給仕服の少女。
「ああ。気にしないでおくれ。それと、ご主人様はカンベンだ。」帽子で顔を隠す紳士。
意識が混濁していく中で、黒雪は夢物語のような、そんな感覚で。
右腕に染み込む毒は、そろそろ収まったようだが麻痺に似た感触は拭えない。抜き放った村正を正眼の位置に留めておくだけでかなりの精神力が要る・・・
脇腹にも少し毒刃を受けたためか・・その影響は、馬鹿にはできない。
すっと。目を瞑り・・
「参る。」
「あはぁ!バカがいる!」
風を纏った刃が、黒装束の女性に斬りかかり。
「バーカ!」
見えていたはずの姿は、霞のように溶けて消え。
が。
!?
そうだ、アイツ・・目を瞑っていた・・・
残影、と呼ばれる回避に特化したこの技は「見えていて」こその効果だ。初めから見ていないのだから・・
(しくった!)
振り向いた先には、同じ型の構えがすでに出来上がり、慢心していたせいで避ける事も敵わない。
暴風にも似た、風を纏った剣気が襲う。
「あぁっ!」
宵凪は地面を転がりながら、失策の反省と、それに対処すべく薬瓶を。
「まだ、だ。まだオレは・・」
「・・・。」
黒雪。彼女からは、全くの殺意や、感情が失せているのに、何故だか気迫だけが高まっていくのが見て取れた。
いや、むしろそれを見てしまったがゆえに、身動きが・・・「明鏡止水・・・」剣の極み、とも言われるもの。
水が止まるように、鏡のように心が明らかに映し出され、己の有り様を示す。
「妖刀」と呼ばれ、忌み嫌われた刀を、最上段に構えた剣士は。
ゆっくりと。
鞘にその刃を戻す。
「これで終わらせよう?な?宵闇。」
黒髪の剣士は、怯えた従妹を抱きしめる。
「うん・・・お姉ちゃん・・」
乱れた黒髪をそのままに・・・泣きじゃくる・・・・
「でも・・・。」
「うん?」
「罪は・・・罪。罰が・・・要るよね・・?」涙で溢れた瞳に迷いはない。
宵闇は、鬼の庖丁を喉にあて「さようなら。」と、一言の後に、力を込める。
「宵闇っ!」
そろそろ・・・夜明けの時間だ。
全ての夢の醒める時間・・・・・・・・・・・・・・・
「ねえ?レティ?これさ?どうしたら?」
「あ?あたしに言う?ソレ。」
「責任者、っていうなれば、あんたが一番じゃないの?」
「なんでだよー?」
「あんだけ大事巻き起こしておいて、よく言う。」
「当事者だけで、後は問題なかったんだし。いいじゃん?」
「ったく・・・事後処理はこっちの仕事なの。タイヘンなお仕事ですよ?」
「あら?そうなの?こっちもそれなりに頑張ったし、おあいこってことで。」
「・・・ケーキセット、オゴリね。」
「太るぞ?」
「うるさいわねー!」
魔女と鬼哭隊隊長とのじゃれあいは・・
「クラ。じゃあ、僕達の役目は終わったね。」
「はい。お茶の準備を致しますので、少しお待ちください。」
「ああ。」(悪名、ね。悪くない評価だよ、レティシア。)
「ミッター・・」精魂尽きたような黒髪の女性。
「ああ。黒。」茶色の髪の青年。
「なんだか、さあ?」
恋人の質問に「どうかした?」
「これで・・・よかった、んだよね?」確認を。
「そう・・そうだね。」うなづく。
事の顛末は・・・
こうだ。
連続殺人鬼、宵闇と名乗る女性は、自決と呼ばれる・・(東方風に言えば)死に様を。
この自殺でもって、一件落着とし、彼女の所有していた武器は押収され、これ以上の被害が及ぶ事のないように破棄されることが決められた。
尚、今回の捕物で「黒雪」なる女性が関わったことは、内々にて処理されている。
勿論、関係各者で言えば彼女は「死人」であるゆえ、ほぼ全てに於いて「なかったこと」になっている。
「あの・・如月さん?」
「んー?どうした?宵闇。」
顔を上げると。
蒼天の空が、眩しく見える。
もう一度。
そう。
もう一度、この空を見上げる事ができる。
この祝福を・・貴女に。「黒雪・・」