1047トリニティ。 蒼天騎士・・・

ギャリンッ!
漆黒の鋼刃が鈍色の厚い刃を受け流す。
「よく躱す、女っ!」
「・・・の影を、貴方に。」
振り上げる大剣と共に、全身から仄暗い靄のようなものが立ち上がり・・・
「もう、終わらせてあげる。」
暗黒騎士の漆黒の瞳が紅玉を映したように煌々と光る・・・


そして。




少し刻は遡る。

燭台に照らされた部屋は、主の性格を表しているのか整然としていて、主の声は落ち着いていた。
「オルシュファン卿、どうかしたのか?」
重厚な扉の向こうに居た騎士は椅子から腰を上げたようだ。
三人は部屋に入ると、血気に逸る騎士は礼すらわすれて、
「ああ。アイメリク卿。実は・・・こちらのご婦人方と同じく、我がフォルタン家に客人として招いた御仁が手違いにより、異端審問にかけられると聞いてだ。」
「む?先ほどの書類か。確かに通したが。そちらの客人とまでは聞いてなかったぞ?」
「誰が持って来た?」
「落ち着け。まず、そちらのご婦人方の紹介からすればどうだ? 私はアイメリク。この皇都イシュガルド神殿騎士団の総長を務める者だ。」右手を左肩に添え、一礼を。
「失礼いたしました、アイメリク卿。私はアイリーン、と申します。」
ぺこり、とお辞儀をして相棒を見る。
「ああ、ごめん。うちは、エレディタ。生まれはココやあらへん、リムサ・ロミンサや。せやさかい、ちょっとお世話になっててな。」
頭をひょい、と下げると「もう二人も外からの客、になるんかいな?」
悪びれず、視線を相手に向けたまま。

「オルシュファン卿。この方々は、大橋での戦の功労者ではないのか?」
「ああ、そうだ。縁あって、だが。もう二方は戦ができるようなタマじゃないが、大事な客人であることに変わりない。で、誰が?グリノーか?」
「オルシュファン卿・・・敬称くらいつけてやれ、あんなのでも一応は蒼天騎士だ。」
「なるほど。でそれを素通しにしたのか?」
「ああ。連名にゼフィラン卿のサインがあった。なんでも、雲霧街に不審者が出没するので警備を強化する、とか。」
「蒼天騎士の出番か?それは。」
「・・・かねてからあった亡霊騎士の噂、がね。目撃者も居たらしいからな。」
「暗黒騎士か。実際にその技を会得した者もいるのだから、いるんだろう?今更何を。」
「問題はそこでは無いんだろう。要するに不審者を捕まえたかった、というところか。」
「なんでだ?」
「そこの冒険者と呼ばれる方々が大橋で活躍したものだから、まして客人として囲ったというのがカンに障ったんだろうな。なるほど、それで手の込んだ真似を・・・」
「わかっててサインをしたのか?」
「いや、囚えた者の名前しか書いてなかったのと、やはりゼフィラン卿のサインが大きいな。」
「あのカタブツ卿がサインか?」
「そういうな、神殿騎士団での先達でもあり、次期総長となるはずだった方だぞ。」
「ふん。まあいい。具体的にはどうすれば抑えられる?」
「決闘裁判しかなかろうな。」
「やはりか。実は伯からもそう伺っている。この親書も預かっているからな。」
「わかった、それなら取り急ぎ準備をしよう。 ところで、だ。誰が代理に出るのだ?必要なんだろう?嫌疑は二人だから、一人だけ選ばないとな。」
「それは・」
「うちがやった・」
二人に最後まで言わせず、
「私が。」
黒衣の騎士。
「ほう、君が?アイリーン、と言ったか。(もしや、このご婦人が件の暗黒騎士の亡霊、かな?)」
「はい。私も暗黒騎士の端くれとして、是非に戦神に問うてみとうございます。」
「よく言った。ただし、決闘はとどめ撃ちこそ禁じてはいるが、実戦と変わらない。事故による死も無いとはいえないが?」
「上等、です。 それと・・。何故、一人なんです?」
「ああ。嫌疑の者二人共を代理に替えたら、誰を問うのかわからないからな。まして、全く知らない者を騙して参加させ、逃げる、などと不埒な事ができないようにする担保でもある。」
「なるほどなあ、うちが出たかったわあ・・・リンちゃん、替わらへん?」
「いえ、エリ。貴女はやり過ぎるでしょう?」
「ほうか?うちは加減くらいするで?」
銀髪の騎士が呆れ顔で、
「そんな余裕で大丈夫か?仮にも相手は蒼天騎士。それもグリノーは武だけで選ばれたような奴だ。しかもこちらは、アルフィノ氏か、タタル女史との組み合わせだぞ?」
「そういえば。エリ、どっちだろ?」
「ん~・・・アルフィノは・・・正直、実力はよくわからへん。タタル女史は間違いなく戦力外やな。」
「じゃあ、アルフィノ君とのコンビか。」
「多分、やで。あの子は術式とか詳しそうやし。案外、強いかも?」
「そっか。じゃあ、私が向こうを瞬殺すればいいだけか。」
「リンちゃん?」
「ん?」

物騒な会話を続ける二人を見ながら総長と騎士は。
「大丈夫なのか?彼女たちは。」
「大丈夫、だ。俺がイイと認めたんだからな。」
「グリノー卿は決まりだとすれば、もう一人はポールクラン・・卿か。」
「問題児の見本市になりそうだな・・・アイメリク卿。」
「お前も参加するか?銀剣。」
「イイな。」
「冗談だ。さてと、裁判所に上申しに行かねば。彼女達には準備を済ませてもらって来てくれ。」
「ああ。」


隣の部屋に、
「ルキア、いるか?」
「はい、アイメリク様。」
「決闘裁判を執り行う。その旨、ゼーメル家に伝えてもらえるか?私は「場」の準備もある。」
「分かりました。」
「囚えられた二人にも説明をして差し上げろ。おそらく、エレゼンの若者が出るみたいだが、確認をな。」
「はい。」
「彼らに、戦神ハルオーネの加護と寵愛があらんことを。」
「アイメリク様?」
「どっちが悪いか、というか難癖を付けてきた問題児に少しばかり反省、いや猛省をしてもらわんとな。」
「アイメリク様。」
「審判の私が偏ってはいかんが。つい、な。」
「はい。それでは。」


石牢は冷たく、敷物ひとつない。
そして、狭い。
「え~とでっすね・・・牢に男女一緒に入れるのは、どうか?とか思わないでっす?」
羽根つきの紅いベレー帽をいじくりながら、トコトコと歩きまわっている。
座ったり、壁にもたれかかると冷たいので、なんとなくそうしている。
「タタル、無闇に動いても疲れるだけだよ。それに、すぐどこかに移送するつもりだったんだろう。」
こちらは諦めて、石の床に腰を降ろし、両膝を腕で抱え込んで寒さに耐えている。
う~~、と唸り声のような声で返してきている。
そこに・・・

「二人共、牢から出ろ。」二人の衛視が捕縛用の鎖を持って、鉄格子を開ける。
「これより、決闘裁判が執り行われることになった。どちらか一人、告発者との決闘をしてもらう。」
凛とした女性の声。
「な、なんだって?どういうことだ?」
「ふぇ?」
「私は、神殿騎士団騎士ルキア。異端審問裁判を良しとせず、上告があった。フォルタン伯爵からね。」
鎖に腕をされるがまま、ポカンとした表情の二人に
「もう一人は、貴方の仲間よ。アイリーン、という女性ね。とりあえず、移動しながら聞いてちょうだい。」
「・・・はい。」
正直、アルフィノには彼女がそんな危地に立ってくれるとは思わなかった・・・まだ、それほど良く知った仲でもないのだから。
が、かの「拳聖」が相棒として連れているのだし・・・わからない。
隣の悩みを気にすることなく
「アルフィノ様、頑張ってくださいっす!」と、じゃらじゃら音を立てて応援をしてくる。
「あ、そう・・そうだね。私がやるしか無いか。」
現実に戻ると、正直ぞっとしない。
相手と決闘だって?魔物退治や、アシエン達のような妖異ならいざしらず、人間と身命を懸けて戦う、というのか。
「大丈夫でっす!きっと!あの二人と、オルシュファン様なら、きっと考えあっての事でっす!」
「そうだね。うん。」
術式には・・・覚えがある。シャーレアン魔法大学では兄妹そろって高等術式を修め、神童とも言われたのだ。そう。
「私なら、大丈夫だ・・・・」
半ば、自分に言い聞かせるように。

そこで、歩みが止まる。
正面にドアがあり、中に入れられる。
「ここで待っているように。」女騎士は衛視を下がらせ、自分一人で面倒を見るつもりらしい。

部屋には燭台が一つだけ、それとドアの向こう側は、格子になっていた。
背後のドアに鍵の掛かる音と、おそらくは閂の通される音。

「で、少年、そちらが参加でいいのか?」

「はい。そして、少年・・・子供扱いはやめていただきたい。」
「そうか、失礼した。装備はそのままだが、仕方があるまい?」
「ええ。お気遣いなく。」
「そうか。格子が開けば、そのまま前に。そのまま闘技場に続いている。」
「はい。(しかし、術式も杖が無ければ使えないだろう?困ったな・・・)」
「相棒に期待するのだな。そちらは完全装備も許されているし。」
「甘えてばかりはいられませんが。」
「そうだな。相手は同じく完全武装の蒼天騎士二人だから・・・。」
「!」
「相棒殿の機転に期待するしかないだろう?」
「ですね・・・・・と。」
格子が鈍い音と共に開いていく。
「では、戦神ハルオーネの祝福を。」
「がんばるでっす!」
二人の声を背に、廊下を歩く。
(ん?そういえば、祝福を、だって?彼女は私の勝利を望んでいる?・・・?しかし。ハルオーネ様に始まって、アイリーン殿、エレディタ殿、タタル、ルキア殿、
か。女難の相には程遠いね。)
問題は・・・素手で術式が組めるかどうかだ。
一度、構成を編んで見る。
細かい刺繍にも似た、術式の構成が編まれていく。そして、声に出して魔力を注げば発動するはずだ。
「我が盾!」自身の周りに展開した構成に魔力が注がれ・・・る事なく、霧散していく・・・
分かってはいたことだ。魔力を注ぐには、触媒となるモノが必要だと。
バケツからグラスに水を注ぐのが至難の技で、一旦水差しに入れて。つまり、その水差しが発動体である杖であったり、触媒なのだが。
もう一度。
失敗。
やはり、付け焼き刃ではどうしようもないらしい。
せめて、足を引っ張らないようにしなければ。
闘技場を必死に逃げ回る、か。とてもじゃないが、女性陣に見せれたシロモノじゃない。
何かないと・・・

どん。

「あいた・・」
頭に何かがぶつかったよう。
どうにも下を向いて歩いていたらしく、ぶつけたのか。

「アルフィノ君?大丈夫?」
女性の声に慌てて
「え!?あ。アイリーン殿、どうして・・」
「どうして、って、この先が闘技場でしょ?さっきから呼んでたけどブツブツ言ってるだけで気が付かなかったみたいだし。」
そう言うと、頭に載せていた手をどける。
「あ。ええ。実は・・・」
「あ、はい。これ。」差し出した手には・・・
「コレは!」
「うん、君のだよ。伯爵邸に戻る時間があったからね。持って来ちゃった。タタルさんだったらどうしようと思ったけど。やっぱ、君か。」
「や、それは、男子たるもの。・・・ありがたい。正直、逃げまわるだけならいっそ、囮になって一人を仕留めてもらうまでは倒れずに、なんて考えていたところです。」
「そうね、できればそうしたいんだけど。前評判じゃ、向こうさんの方が圧倒的らしいわ。というわけで、必要な術式をかけたら、後はひたすら耐えぬいてね。」
「ですよね?」
「ええ。できるだけ早く仕留めるから。その間、こっちに来ないように頑張って。」
「わかりました。しかし・・・。」
「どうかした?」
「いえ。ヘルムはかぶらないんですか?」
「ん~、髪が長いからね。あんまり好きじゃないの。」
「そういう問題ですか。」
「じゃあ、行きましょうか。」
「ええ。」

長い黒髪を一つにまとめ、漆黒の甲冑に身を包んだ彼女は、その真黒の大剣を振るえば恐らくは誰の目にも記憶に残るだろう。
暗黒騎士、と。

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