910セブンス。ある「家」でのお話

「ご主人様、どうぞ。」
かちゃり、とテーブルにカップを。
ヒューランの少女は銀髪を少し染めているが、見た目の奇妙さはソコではなく。
給仕服と呼ばれる、カフェや上流階級の館などで務める者が制服として主に着用している。
エプロンドレスや、メイド服と呼ばれていたりするのだが、大抵の場合において、紺色や、黒がベースで、白いエプロンが基本。
ところが、ソバカスの残るこの少女の「メイド服」は深紅といっていい。
少し、どころか余りにも派手なこの娘は、一人の男性に仕えていて・・
その主人であるところの男性は、常に黒いスーツと、外出の際にはマントと、とんがり帽子を。
「クラ。だから、ご主人様はやめろって・・」
ソファで昼寝でもするように横になって、読みかけの本を顔に乗せたまま。
「お気になさらず。こをひぃをお淹れしました。冷める前にどうぞ。」
最近になって出回ってきた「豆を煎って」その豆を挽いて入れる飲み物だ。
かなり苦味もあるが、香りがいいので好事家の間で色々と評判が分かれてもいるらしい。
「クラ。いい香りだね。どこの豆だい?」
本をどかし、ソファに座りなおす主人。細い体に黒髪、白い面貌は女性みたいな印象だが、整いすぎた顔ゆえで、男性なのは間違いない。
「はい。南方との貿易に成功したというアリティア産業が仕入れたと。初回限定で少し割引して売り出していましていまして。まあ「味見」のためでしょうか。」
「そうか。さすがだね。」
クラリオンは褒められたのが嬉しくって、にこにこと説明を。
「うん。いい香りだね。焙煎も悪くない。そして・・淹れ方も・・上手だ。」
カップを空にした黒衣は「おかわり、いいかな?」彼にしては珍しい事だ。
「はい!ご主人様!」パタパタと早足早にキッチンに向かう少女を眺めながら。
(また、珍妙な来客があったようだな・・外つ国からか・・まあ、森を脅かすわけでもなさそうだしな。様子をみてから、かな。)
黒衣森の化身とも言える「彼」は、静かに本を読み出す。
もう、何百年も前の古めかしい本。
「巴術、そして召喚術式、ね。」近頃、蛮神の召喚が相次ぐ、とも聞こえている。
そして、蛮神を倒した者たちが新たな力の象徴として、蛮神の欠片を使役しているとも。
この書籍には、かつての蛮神達全てが載っている。
ただし、古文書めいたこんな書籍を読めるのは、ヤ・ミトラかゲロルトくらいだろう。もちろん、古代に消滅したはずのこの書籍を彼らが読んでいるとは思えないが。
「ノフィカも少々、詰めが甘いなあ・・。」
ま、女性に甘いのは彼女の影響でもあるけどね。
パタン。
古めかしい本を疊み、パチンと指を鳴らすと、書籍は「古の図書館」へと返却され。
そろそろ、こをひぃができるころかな。

「ご主人様!お待たせいたしました。」少女がカップをテーブルに。そこに彼女のお手製なのだろう、ケーキが付いている。
おそらく、少し時間をかけたのは、このケーキを上手に盛り付ける手間だったのだろう。
「ありがとう。午後のデザートと一緒とは気が利いてるね。」
「いえ・・・その。お褒めに預かり、ありがとうございます。」少し頬を赤らめ・・
「では、いただくとしよう。」

「じゃあ、僕はこの後少し用事ができた。」食器の片付けをする少女に。
「はい。お帰りは・・?」
「少しわからないね。どうにも来客らしくてさ。歓談するにしても、相手の都合もあるだろう?」
「はい。かしこまりました。」
「クラ、今夜の食事は気にしなくていい。それと、何時になるかわからないから、先に休んでいるといい。」
「いえ!そんな!」
「いいから。僕の用事は予定が立たないからね。明日まで徹夜なんかされたら、明日の朝食の味付けに影響があっても困る。クラの料理は絶品だからね。」
「・・・恐縮です、ご主人様。」
「じゃあ、留守を頼む。もし何かあればパールで強く念じてくれよ?」
「はい。いってらっしゃいませ。」


「東方・・・か。また珍妙な来客が増えて困るな。さて、尊顔くらいは拝見しておかなければな。」黒衣は影を移り飛んでいく・・・


「ん?」ミコッテの女性、如月は妙な気配を感じ・・
「・・・」苦無を投げる。
「いきなりなご挨拶だね。俺は魔魅夜。そちらは?」影から黒衣の男?が。
「・・・如月、だにゃーん。東方から渡って来たにゃん。」
「そうか。面白い技を使うんだね。」
「アンタも相当スゴイわ!」苦無をさらに投げつける。今度は3本。さらに人型の紙片を数枚ばらまく。気配がいきなり増えて。
「ほう?」黒衣が興味深そうに。
「どういった要件かしら?」
「いや、珍客がこの森に訪れたのでね。せめてご尊顔だけでも、と思ってね。」
「ヘンな好奇心は身を滅ぼすけど?」
「いや、大丈夫さ。俺は女性には危害を加えることはしないよ。」
「・・・。」
「怪しいヤツ!」苦無をさらに投擲する。
「やれやれ、困った子だな。」違う影から帽子を脱ぎながら姿を現す黒衣。
「!?」
「この森を荒らす気がないなら、問題はないのだけどね。」
「・・・知人に会いに来た。それだけ。」
「そうか。ああ!あの剣士の女の子かい?」
「知ってるの!?」
「うん。居場所も知ってるよ。案内してもいいが、ヘンに警戒されてもなんだしね。これを。」
巻物を放る。
「これ・・は?」警戒しながら・・・
「地図だよ。あの子の家には普通じゃたどり着けないからね。「地図に載っていない家」だからさ。」笑顔で。
「・・・。」
「まあ、そう邪険にしないでくれたまへ。」
「どういう関係?」
「そうだね。説明するのは少し時間がかかる、かな。理解してもらうのにはさらに時間が要る、かもね。」
「ウヤムヤにして、逃げるか?」
「俺が?どうして?」
「・・・。」
「まあ、説明のちょっとした補足をしておこう。信じるかどうかはお任せだよ。君はすでに「俺の中」に居るからさ。」
「!?」
「この黒衣森、と言うんだが・・此処は俺という存在そのものでもある。ということさ。なので、俺はここに在る。逃げるもなにも、森ごと動くわけにはいかないだろう?」
「もののけの類か!」
「鎮守の意思、と言ってほしいね。というわけで、剣を収めてくれないかな?」
「・・・その話が本当かどうかは・・・また、改めて聞こう。」シャリン。いつの間にか抜刀していた二刀を鞘に。
「では、彼女によろしく、と伝えてくれたまへ。」黒衣は影に消えていく。

・・・なんだったのか?あの影の塊のような男。
とりあえずは、黒雪、白雪姉妹の元に・・・
如月は半信半疑で地図に従い・・・

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