267書き物。黒髪の少女。ドゥエ(2)

大きく揺れることが少ない、大きな船。
その威容は誰もが畏怖する、私掠船。

「アスタリシア号」

タールで磨かれた、黒い船体はゆっくりとリムサ・ロミンサへと舵を取る。

その船室の一つ。主に治療などを施す部屋。
決して寝心地がいいとは言いがたい寝台に少女は寝かされいた。
長い黒髪を枕に収めきれず、そのまま撒き散らされるかのように広がって、寝台からもこぼれている。

さらに。
顔から首にかけては、綺麗に拭かれているが寝着は左の襟から胸の辺りまで血まみれだ。そして、左目を覆うように顔に包帯。
繊細な線を幾重にも描いて繋げたような端正な顔も、痛々しい包帯のために見る影も無い。
病的なほどに色白な肌は、出血のためか、痛みのためか、さらに白く。

担当医は、そんな少女の様子を見るべく部屋に入ってきた。
「うーん、カピタン(船長)は、ああは言ったが。大丈夫かね?」独り言。
魔法と手術の両方を施し、今は寝ている少女。
「ふむ。」寝顔を覗き込む。


「だーいじょーぶ、さ。」
がばっと少女の左手が持ち上がって、医者の襟首を掴みあげる。
「な!」
「おっと。大きなお声はご法度にしなー?こうみえても、僕は力はあるほうなんだ。
首絞め落とされたくなけりゃあー、ちょっとおとなしくしててくれ?いいよネ?」
言われてみれば、少女の荷物の中にあった、大きな弓。あれがこの少女の物なら、
見た目どおり、というわけではないだろう。静かにうなづいてみせる。
海賊船勤務、とはいえ医者まで屈強というワケではない。

「聞き分けのいいお医者さんって、僕は好きだなー。で。僕の荷物は?」
「船長室だ。」
「そっかあ。取って来て欲しいんだけどネー。一人だと危ないだろう?僕もついていくよ。いいかナ?」
「勝手にしろ。そのかわりどうなっても知らんからな。」
「そのためのお医者サマじゃねーか。わかってねーなー。」
「く・・。命の恩人に対して言いたい放題いいやがって。」
「なーにいってるの?こっちは何人ぶっ殺されたとおもってんだ?お釣りがくるぜ。」
「まあいい。」
「んじゃ、お船の中で楽しいデートといこーじゃねーか。」
寝台から抜け出す、その際にも油断がない。常に相手の首の急所に注意が動いている。
医者もそれがわかってしまうから、うかつには反撃できそうにもないし逃げれそうにも無い。
「それとだ。お、このへんだな。」棚にある引き出しから手術用の刃物を取り出す。
「なんでわかる?」
「僕も船乗り、なんだぜ?医務室くれえ、船ごとにそうそう変わるもンでもねーだろ?」狭い船内、有効にスペースを活用している。
「んじゃ、しゅっぱーつ。(さて、刃物は3本でたりるかな?)」

ドアを開ける。まず医者が顔を出す。背中には刃物。この少女の力でもグッと一突きでも致命傷が与えられる急所にぴたり。
「大丈夫。だ。」
「ここからどんくれーはなれてンだ?」
「いや、それほど。だ。」
「ふーん。」

しばらく、カンテラに照らされた通路を進む。
その間は無言だ。

そして、目の前に一つのドアが。
「ここだ・・。」
「ほーぅ。最近じゃ船長はしたっぱクルーと一緒に寝てるのか。ってコトは船長室は今じゃ物置、だよな?」
「なっ!」
「僕は船乗り、って言ったよなー?それも海賊船。まあ、こんなところで遊ぶためにも、得物が要るんだよ。」
「おっ・・・!・・・・・・。」
「うるさいよ?」医者の口に手を当て、急所に刃物を突き入れる。
がは・・っ・・手で押さえた口からは血が吹き出す。
「あんたも医者なら、てめえの命も助けてみなヨ。」

医者はその場で放置。おそらくさっきあった階段を上がって、このタコ部屋の上あたりか。

あった。

先ほどの扉とは、明らかに質が違う。「ったく。手間ふやしやがって。」
血に濡れて、べたべたした手で髪を漉く気にもならない。
とりあえず、船長に逢うのだ。それなりの身支度としては・・。
頭の包帯を刃物で切り裂き、素顔を出す。自身で潰した左目は開けない様に。
引きつるような痛みがあるが、とりあえず出血は収まっているようだ。

「さて・・・、。そこなヤツ。船長に逢ってもいいか?」
声をかける。
暗闇で身をひそめていた男は。
「ああ。お待ちだ。案内する。」
「それはどうも。ああ、それと今ケガするとちょっとヤバイぞ?医者が自分の命と闘ってる。スグ下でな。」
「そうか。ならケガしなければいい。早くしろ。」
黒髪を揺らし、肩をすくめる。
「あんたはナンもなしか?」「船長には、案内だけを命令されている。」「そっか。」

ゴン・・コンコン。 ノックの音が響く。この音は符丁だ。これで内容はほぼ伝わる。
「入れ。」

案内の男は、扉を開け、少女を中に通すとそのまま退席した。

「やあ。船長。先ほどは。」
腰を折り、寝着の裾を両手でつまみあげ、挨拶をする。
「海賊船、ペスカトーレ(漁師)号、船長代理フネラーレ。お前を沈めに来てやったぜ。」
「意外と遅かったな。お嬢さん。俺がアスタリシア号船長フィルフルだ。」
船長は席を立つ。
「ああ、なってないな、教育が。下のタコ部屋に連れ込まれそうになってなー。」
「それは、失敬した。」
「んで。どうやって死にたい?」少女の両目に力がこもる。
「まあ、待て。せっかく拾った命だ。そう早くに捨てなくてもいいだろう?それにな。」
「あぁ?」
「自分の顔をちゃんと見たのか?」
少女の頬が上気する。普通なら侮辱。しかも。前髪が・・。これには羞恥心が・・。いきがってはいても、まだ年頃なのだ・・。
「な!」返事すらまともに出来ない中に、手鏡が飛んでくる。
なんなく受け取ると、違和感に気がついた。
「ほう。」船長の顔はニヤついているが、自身の違和感のほうが大きい。
(なんで・・。今。なんで僕、飛んできた鏡をためらい無く受け取れた?左目は自分で潰した。仲間の弔いのため復讐の証とするために。)
片目だと、遠近感がつかめない。弓を得意とする少女にとっては常識だが。
慌てて鏡を覗き込む。
「!!!!!!なんじゃああこりゃああっっ!!!!」
鏡のなかの右目は金色だった。ということは・・・。えぐった左目がこの目に?

「さて。交渉といこうか。お嬢さん。」船長が近づいてくる。

<<前の話 目次 次の話>>

マユリさんの元ページ