場末、というのは案外どの街でもあるもので、いわゆる下町の
どちらかといえば(失礼)貧民街でこそ流行る、みたいなイメージではある。
が、この街では少し様子が違うようだ。
下層とはいえ、一般市民や冒険者達がうろつく中にも、貴族らしい勿体つけた装束や、鎧を付けた者まで時として現れる。
そんな「忘れられた騎士亭」にて、黒髪の女性はため息と共に、ワインを一杯。
ここでは、厳格な教義のため「飲酒」には制限があるらしい。
ワイン程度ならともかく、ラムに至っては「ソレなんですか?」とバーテンダーに言われてしまった。
全く。今頃3国ではなにかしらの祭りでもやっているだろう・・・・。
「!!!」
そろそろ、新作の水着とか出ているんじゃなかろうか?
焦りつつ、情報屋に連絡を。
(おイ?ショコラ?)
しばし・・・
(あい?)
少しの時間が空いていたのは、恐らく食事に舌鼓を打っていたのだろう。
まあ、それはいい。
(なんか、イベントでナ?)
(ああ!水着ですか!)
(話、早いジャなイ?)
(大丈夫だよ、わっちにかかれば。フネラーレのサイズを押さえといたし。)
(・・・・よく、やってくれタ。)
(でもさ~?)
(なンだ?)
(フネラーレ、帰ってくる頃には「水着」のシーズンからハズれてるんじゃなーい?)
(!?・・・・・・・・)確かに・・・何時終わるともわからないミッション・・だし・・
(・・・・礼だケは、言っておく・・・)
パールを仕舞いこむと、テーブルに突っ伏してワイングラスを恨みがましく眺める。
「くソっ!」
長い艶のある黒髪を普段は、そのままに流している彼女だが、今回は髪留めを使いアップにまとめ、頬にマーキング「ファルファッラ(蝶)」までして、らしくもなく変装をしている。
さすがに左眼の「呪眼」までは変装のしようもないので、普段通り前髪で隠しつつ・・
衣装に関しても、この街で仕入れた(単に寒いが理由ではない・・はずだ。)毛皮のコート。
いつもの黒い衣装から離れるために、明るめの衣装を求めたところ、クアールの毛皮のコートを薦められたが、
さすがに「隠密」には適さない、ということで地味なグレーのコートで妥協を。
ただ、リムサ・ロミンサの成金婦人が着ているのとさして変わらない、というのが本当の理由とも言えるけれど。
エレゼンが貴族以下、市民の大半を占めるこの街では、ヒューランの自分はいかにも目立つ、とは思ったが、案外「冒険者達」の流入で、そこまで奇異な目で見られることない。
「さてさて?」
本題はココからだ。
困った原因は、情報屋と一緒にやってくるボンクラ、こと「キーファー」の行方の所在と、この城塞都市国家「イシュガルド」。
この二つに影響を及ぼしかねない「二人」の監視と、場合によっては・・・・・。
茶色いミコッテの情報によれば、そろそろこの街に到着するだろう。
そして、その二人は「とんでもなく」面倒な二人、だという・・・
容姿については連絡があったし、今更確認なんてするまでもなく「目立つ」とも。
一人は、ピンク色の髪のミコッテの青年。
もう一人は、全身黒尽くめ、金色の眼のアウラの青年。
ピンクの髪の青年は、白魔道士。そして「軽薄で女性と見るや、声を掛けるクセ」があるという。
なんともな相手だが、そのテのあしらいには慣れている。なんとなれば、実力で排除してもいい。
もう一人が問題だ。
黒尽くめ。機工士だという。銃の扱いに長け、魔導器を補助にするという。実際に見たわけでもないが、「銃」というものに、トラウマがあるのも確かだ。
さらに、黒尽くめ、とあれば。
どうやっても、過去に対戦したことのある青年の顔が思い出される。
(やれやれ・・・)
憂鬱な気分と共に、この酒場の宿を借り、酒場に張りこんでは「連中」がやってくるのを待つしかない。
勝手に動いて、ヘンになる前に。
接触は、まだ控えた方がいいだろう。
変装しているとはいえ、この程度で騙し通せるとは思っていない。
遠目に眺めて、今後の動向を伺う。
基本方針はソコだ。
わあ!
白魔道士の青年、エレン・ローウェルは感嘆と共に、雪の残る、いや今も降っている街の入り口を見て、後ろを振り返る。
そこには、仏頂面どころか、仮面めいた表情のアウラの青年。
白いローブの彼とは、うってかわって。
真っ黒な、タイトな皮鎧に上着を引っ掛けている。
「ねえねえ!スゴイよね!リムサじゃ、さっきまで海で遊んでたんだよ!?」
その声に。
「リムサなら、いつでも泳げるだろう?そんなことよりも、拠点が欲しい。心当たりは・・ナイだろうな。」ため息と共に。
「こっちに宿があるらしい。」
「え!?知ってるの?スゴイよっ!」とはしゃぐ彼を抑えこみ、「いいから静かにしたらどうだ?」
片手で、彼の顔を押さえつける黒い青年。
(・・・・・・・)パールに伝心はない。
情報屋からの話では、そろそろ「動き」もありそうなのだが・・。
まあ、焦るものでもない。
もう一方のパールには。
(目的地に到着。)
(・・・。)
こちらも返事がない。おそらくは、忙殺されているのだろう。
仕方がない。自分が抜けた分を頑張って・・・・
そこで、意識を引き戻される。
「あのさ。」気楽な青年の声。
「どうした?」応える間に、周囲を見渡す。
「うん、なんか市があるんだよ。ソッチからいこうよ!」
「・・・お前な。」
「イヤ?」
「ふぅ・・・」まあ、いいだろう。情報収拾に関しては、現地で得るほうがいいに決まっている。
「よかろう。」
白いローブの青年について行く。
結局のところ。
二人が、というか、漆黒のアウラが得た情報は、目を見張るようなものではなく。
「大量の冒険者(何人で大量かは、判断材料に欠ける)がやってきた。」
「新たな技術(機工)を得た(その技術はすでに手持ちであり、使い方を模索している)程度。」
まったく。呆れたものだ。
閉鎖された空間は、ただ腐り落ちる。
その事を、ここの領民は今頃になって気付かされている。
漆黒の青年、アリアは話に聞く酒場で「現場の」冒険者に接触を試みる。
そんな時。
「やあ。お嬢さん。」
(な。なに・・・!?)
フネラーレはとっさに身構えるが・・・・。
少し時間を遡り・・
「お嬢ちゃん、こっちにも酒を頼むぜ!」下卑た声が酒場に。
「あ、はい!」と、給仕娘がエールのジョッキと、ワインを持っていく。
が、卓の手前でジョッキのエールをこぼしてしまい、あろう事か冒険者の服を汚してしまう。
ただ。
「ねぇ?」白いローブの青年。
「さっきのは、足を引っ掛けたそっちが悪くないの?」
ピンク色の尻尾を振りながら、青年はあっけらかんと、酒に酔った冒険者達に。
そして、「やあ。お嬢さん。こんな下衆相手をするなら、コッチを優先してほしいな。」
朗らかな笑顔。
騒然となる冒険者達、いや、ならず者かもしれない。
彼らの反応は・・・・
「おいおい?」「ミコッテのガキが何か用ですか?」「お母ちゃんのオッパイでも吸ってきな!」「コレだから、現場知らずは。まいったね。」
それぞれのジョブらしい文句を晒しながら、テーブルを立つ。
そして、白魔道士の青年は。
「あれ?なんかオカシイこと言った?あ、お嬢さん。大丈夫?ここは逃げた方がいいよ。」
その言葉と共に、蒼い防御術式が展開、さらに。
「おいたはダメだよ?」
酒場に入り込んでいた、砂、石の欠片。
それらが寄り集まって、ならず者達を襲う。
たちまち酒場が狂騒に。
(チッ)黒い青年は、現状の把握を。
まず、なんといっても。
この、とんでもない騒ぎを巻き起こす青年を抑えこまなくては。
「おい?いい加減にしろ。」
「え?だって、この娘が可哀想じゃない?」
「ドコにでもある光景だ。珍しくもない。」
「目の前なんだよ?」
「・・・(チ!)」
漆黒の青年は、斬りかかってくる冒険者に銃を突きつけ。
ばん。
なんの躊躇いもなく、引き金を。
頭を半ば吹き飛ばされた冒険者?は、脳漿を振りまきながら転げまわる。
「仕方ない。」黒いガンスリンガーは、見下すように死体を。
その行動に、恐れ慄いたのか、場の空気が凍る。そう、外気のように。
「おいおい。頼むぜー。騒ぎは勘弁だ。」マスターは、ここ最近増えてきた暴力沙汰に、辟易もしながらも「お上」になんとか、取り繋いできた。
だが、さすがに「頭が吹き飛んだ死体」を提示されると、言い訳どころではない。
確かに、貧民街の「雲霧街」と、「下層」を繋ぐこの酒場としては・・
「あんちゃん達、わりいが、教皇庁の審問に行ってもらうぜ?」
酒場のマスター。
「え?なんか悪いことした?」
「面白そうだ。」
違う意見だけれど・・・
二人の青年は、それほど気にした方では無いらしい。
その隙をついてか。
殺された連中の仲間が、二人に襲いかかる!!
「この野郎!」「おらあ!」
だけど。
「ああ。一つ。言い忘れた。襲いかかるときは、黙っておくべき、だ。」
銃を襲いかかってきた男の眉間に。
パン。
至近距離から放たれた銃弾は、相手の頭部を・・・
漆黒のアウラの青年は。
「やれやれ。」と、相棒?を見やる。
白い彼は。
杖ではなく、漆黒の短刀を逆手に構えて。
面白いほど相手の剣戟をあしらいながら。
「ねえ?コレってかわせる?」
体勢の崩れた相手に、必殺の一撃を。
これには、さすがに。
どうしよう?
とは、思った。
けど。
ひゅん。
一撃を放つ。
「え?」ミコッテの青年の声。
何処からとも無く飛来した短剣が、彼の必殺の刃を退ける。
そして、そのまま。
フネラーレは逃げる算段を付け、悲鳴を上げる客に混ざりこむ。
一人だけ「現場」を逃げれば。
目立つ。
なので、最前列の。一列後ろから「なにしてるンだー!」と、声を上げる。
独特なイントネーションゆえ、その一言だけ。
あとは、成り行きまかせ。
「もう。困ったね。本当。」
白いローブ、ピンクの髪の青年。
「お前のせい、だな。」
漆黒のアウラの青年。
なんとか、騒ぎは収まったものの・・。
どう報告したものか。
「ああ。アドルフォ?」
「申し訳ありません。やはりクォ様の手が必要な案件が・・。」
「気にするな。こちらも、かなり手を焼いている。まったく、困ったものだ。」
「いえ。なんとかしてみせます。セラータも居ることですので・・。」
「ああ。俺も現場は楽しく感じるようになった。」
「申し訳もございません。」
「アドルフォ。必要な物があれば言え。届けさせる。」
「そのような・・・。ありがたきお言葉。この胸に。」
「簡単に死ぬな。それだけだ。」
「はい。我が君。」
さて。
この、暴走する青年。そして。
あの短剣。
葬儀屋、か。
噂以上にやるではないか。
とりあえずは、宿の確保。
手慣れたものではある。
けれど。
「女性二人で部屋を取っている、というのはないかな?」
「いえ・・・その・・・」
「身内なんだ。」金貨を握らせる。
「ああ。そうでしたか。それなら・・・」
神聖、か。
笑える。
容易いにも程がある。
アリアは、微笑みながら。
心底。
笑っていた。