少年は。
裕福な家庭に生れ育ち。
何不自由なく過ごしてきた。
どうして?
簡単な理由。
答え。
「育ちがいいからだよ。」
こんな答えを同い年の学友に自慢してきた。
でも。
同じ台詞を他人から浴びせられたら、これほど屈辱的な言葉もあったもんではない。
初めて。か。
地面の香りを嗅いだのは。
土の匂いとは、こういうものだ。そう実感できた。
右手には木でできた剣。
左手は・・・。
口元に。
倒れた、いや、倒された時にひどく頬を打ったらしく、痛みが尋常ではない。
「くろ・・・雪!」
立ち上がるが、足元が・・・ふらふら・・と・・・
少年は、叔母を名乗る少女にもう一度。木剣を向ける。
「来い。」黒髪。肌もあらわな衣服。冴える眼光の。
全力で立ち向かい、渾身の一撃を。少年は。
それを軽くいなし、木剣の腹で頬をぶつ少女。
「立て。」とだけ・・・・
今日。初めての「稽古」に、ミッタークは。
「明日!」
土の匂いに、鉄の香りが混じる中、そう口にし。去っていく少女に訴える。
「来い。」
その声を聞きながら、意識が・・・
「ミッター?」
意識が・・・
「・・・ク・・・ねえちゃん・・・?」
白い髪は長く、結い上げられて。目元には涙すら浮かんでいる。
その目元のホクロがとても似合っていて、美人だなあ、と。
先ほど?打ち負かされてしまった少女と、それ以外は瓜二つなのに。
頬に冷たいタオルをあてがいながら、白髪の少女は「もう、姉さんったら。」とこぼしている。
「うん。大丈夫。ハク姉ちゃん。」
なんとかそれだけ言うと、ミッタークは心地いい時間を過ごす。
「家」と呼ばれる場所。
その「家」に自分が来て、理解するまでに1年以上・・・必要、というか、理解はできないのかも。
ただ、「自分の居場所」が必要で、そのためにこの二人がいる。
黒い雪と、白い雪。
後に知った事だが、彼女達は東方の生まれで、二人をして「乱れ雪」と。
暗殺者。
今でこそ・・・。
自分もその道に入ってしまった。
理由は・・シンプルだ。
育ててくれたのは、彼女達だから。
でも、知ってしまった事実もある。
父を殺害したのは、他でもない。
彼女。
「許さない・・・・。」
ある日。
その事を知らされた時。
「・・・ごめん。」とだけ。
白髪の彼女は。
「姉さんは。・・・私のために。わかって、とは言わない。」そう言い、布に包まれたものを。
これは・・・
「これ・・?」
「そう。子狐丸。私の分身。それで私を斬って。」
「ハク姉ちゃん!」
「・・・・・」
「ああ!そこのお姉ちゃん!そう!あんた!ええと、白い子って知ってる?」
ん?
「あ?」返事もそこそこに、八百屋の女性をあしらう。
「いやねえ、そっくりだったものだからさー。」と言われ
言われてみれば、双子なのだから当然だが・・・買い物担当は妹に任せっきりか。
「そうか。で?」
「あのねえ、その。アナタ。こう言うと失礼なんだけど・・あの子にね。いい人が・・・」
「は?」
「いやね、姉妹じゃないかなあ、なんて思ってたんだけど・・。片方にだけいい話を振るってのもねえ。よければ、どうかしらー?なんて?」
「・・・ああ。言っておく。」
「よろしくねー、黒雪さーん!」
ん?
首をかしげ、歩いていく。
「よくできました。おばさん。これは報酬です。」革袋を渡し、銀髪の青年が去っていく。
振り返った時に。
目の前に矢が刺さる。
果実を射抜いた矢には、「振り返るな」とだけ記されたメモが。
「だルい仕事だナ、ボンクラ?」
「上等じゃないですか?」
「そうカ?」
「ええ。今回の件では、ひいふうみい・・・両手で数えない切れない方達の幸せが詰まっています。」
「デ?」
「それだけの件ですし。オファーとして十分じゃないですか。」
こんこん、ノックの後。
「にゃあ!今回は景気のいい仕事だったって!?キーさん、奢り?」
茶色いミコッテが転がり込んでくる。
「僕は・・リンゴ一個、仕留めたダケ。」と、黒髪の美女はそっけなく。
「こっちは大収穫ですからね。ショコラ。もうひと月くらい先ですが、食べ放題の恩恵に。」
「まじっすか?キーさん、それ、まじっすか?」
「日程は・・・まだなんとも。ですけど。」
「キーさん、ださーい!」
「お前ラ、黙ってロ。」
「その・・。姉さん。」一通の書簡。
「なんだ?白。」
姉妹は二人だけで。
「これを。そして・・・ミッターク。彼には全てを話しました。これ以上、私の心の中で留めておくには・・・。」
「ああ。そうだな。私が悪かった。」
書簡には目もくれず。
妹を抱きしめる。
「姉さん・・。」
「アイツもそろそろ使い物になってきたからな。」
「・・・。」
「そんなとこだろうって、思ってたよ。」
「気づいて?」
「ああ。お前は幸せになれ。」
「姉さん!」
「悪いが、この身の上だ。正面きって祝ってやれるのは、この場だけだし。」
はい・・・。
涙と共に・・・。ごめんなさい・・・裏切る私を・・・。許しを請うことは今しか・・でも許されない・・・
ミッタークの願いを・・・受け止めてしまったから。最初で最後の依頼をします。
「・・・俺は・・・仇を取りたい。」
この願いを・・・。
「ハク姉ちゃんって、何着ても似合うなあ・・・」
少年は、婚儀で礼讃を・・・
「私には似合わないって?」
「え?そんな事!」