溺れた海豚亭 を後にしたレオ。船に戻ろうと、桟橋の方へと足を進める。
少し生温い夜の潮風が、彼女の頬を撫ぜる。
「んっ・・・?」
その風に乗って、僅かな違和感を覚えて足を止める。
辺りを見渡しても、月が雲に隠れているせいで、暗闇が広がるだけだった。
しかし、ミコッテ特有の大きな耳はピクッと反応して、違和感の原因を突き止める。
「(ふっ、そういう事か・・・思ったよりも早かったな)」
「そこに居るのは分かっている。出てきなさい。」
レオが声をかけた方から、1人・・・2人・・・と人影が現れる。
現れたのは全部で5人。全員黒いローブに帝国製の仮面を付けている。
前に出てきた3人が無言で剣を抜く。後ろの2人はソーサラーのようだ。
「さて・・・どう料理してあげようかしら。」
レオは不敵な笑みを浮かべて、ペロッと舌なめずり。
暗闇の中に彼女の紅い瞳が妖しく光る。
刺客の5人は、じりじりと距離を詰めながらタイミングをうかがっている。
レオも軽くステップを踏みながらこちらもタイミングをうかがう。
しばしの静寂。
殺気がぶつかり合い張り詰めた糸のような空気が漂う。
その沈黙を破ったのはレオの方だった。
「そっちが来ないなら、こっちから!」
バシュッ!
目にもとまらぬ速さで間合いを詰めて強烈な一撃をお見舞いする。
モンクが使う技、[羅刹衝]だ。
「まずは1人・・・」
手早く1人をダウンさせる。しかし、それに怯むことも無く
刺客は両側から切りかかる。
ヒュン、ガキン!
紙一重のところで斬撃をかわして飛び退く。
体勢を崩したところに畳掛けようと、後方の刺客が術式を構成していくが。
「ふん、遅い!」
ダダァン!
2丁の拳銃に持ち替えたレオの射撃によって術が阻まれる。
さらに、自分に向ってくる剣士2人に向って懐からビンを投げつける。
カシャン!
薄いガラスが割れる音がすると、剣士2人が膝をつき地面にうずくまる。
レオが投げつけたのは[麻痺の劇毒薬]だった。
「さぁ、そろそろ終わりにしようか!」
全員の動きを封じ込めたところでレオは仕上げにかかる。
腰に付けていた分厚い魔導書を取り出し、パラパラとページをめくる。
羽根ペンで素早く構成式を書き込み、魔導書を掲げる。
「灼熱の業火を纏う紅の巨人よ…我が名において命ずる…いでよ!イフリート!!」
召喚術。もちろん、蛮神たるイフリートそのものを呼ぶわけではない。
その力の一部を魔力によって借りるというものである。
むろん、仮にも神の力である。一部とはいえその力は絶大だ。
「ふっ、ΚΟΣΜΙΚΗ ΚΑΤΑΣΤΡΟΦΗ (おわらせるかい?)」
ズカァーン!
桟橋もろとも敵をまとめて吹き飛ばす。激しい水飛沫と爆煙が起こる。
しばらくしてそれが収まり、敵が居ないことを確認すると、
レオは魔導書を閉じ、何事も無かったかのように自分の船へと再び足を進めた…。