グリダニアにある、アパルトマン。
その一つで、一人の少女から妻へ、そして母となったブルーグレイの髪の女性は。
「はぁ。」と溜め息一つ。
テーブルに食事を用意して夫を待つ。
もうすでに冷めてしまって、顔を見てから温めなおそうと。
「大戦」の事を知ってしまった。
彼は今、「野暮用」と称して、夕暮れ前からあちこち行っているらしい。
とりあえず食事だけは用意してあるから、とは伝えてある。
しかしながら、なかなか帰ってこないので、もういっそ自分だけ食べてしまおうか、などとも思いながら。
さすさす、とお腹を触る。
「ね。お父さん遅いから、お腹へったよね?」と和やかな顔。
母からの伝心で、夫は戦役に身を投じる事はもう知っている。だが。
知らない振りができるかは、自信が無い。
ここで泣く訳にはいかない。
産まれてくる君は、男の子かな?女の子かな?
お腹をさする。
そっと目を瞑り、子供と遊ぶ自分を想像する。
そうね・・男の子なら、彼みたいにヒネくれてるのかな?
女の子なら・・あたしや、かあさんみたいに、まず手が出るお転婆なのかなあ。
んふふ・・・
「おい、マユ?」
聞きなれた夫の声。
もう。夕暮れも過ぎて朝なの?ほんと。あたしは寝坊なんて・・あ、したことはあるなあ。
「マユ?」
うん、大丈夫。あたしは平気。だって・・・・
「うぇええええ!!!」
目が覚める。
食卓に突っ伏して、うたた寝していたらしい。
「よかった。どうしたのかと思ったよ。」とは夫のウルラ。
そこに。
「おっそーいっ!」と拳を放つが、軽く受け止められ。
「ごめんごめん。ちょっと手違いがあって、足止めされてたんだ。」
クセのある金髪の青年は屈託の無い表情で言う。
「お腹すいた。」
「もう!」
お腹もすいたし、腹立つのもなんだし。
「じゃあ、ちょっと温めなおしてくる。」と、シチューの入った鍋を持ってキッチンに。
「マユは食べなかったの?」「当然でしょ!」とここで反撃。
「チーズはないの?」「食べちゃったわよ。」これで1ポイント反撃成功。
「あちゃあ。やられたな。じゃあ、この買ってきたクッキーはいらないよね?」
この反撃には面食らって「ちょ、それは反則でしょ!」
「はは、大丈夫。マユでもさすがに食べきれないほどあるから。」
「もう!そんなに食いしん坊じゃないですから!」
「お腹の子にも、クッキーの美味しさを伝えなきゃね。」
「ぐ・・・・。そうだけど・・・。」
鍋が温まり、食卓に。
「いやー。マユのシチューはいいね。今日はウルダハ風かい?」
「うんむ。スパイス仕入れるのが大変なんで、父さんに送ってもらった。」
「はは、義父さんなら確かに何でも用意できそうだね。」
「うん。」少し頬が赤らむ。
「マユ?」
「ん?」
「何か言いたそうだけど?」と優しい笑み。
んぐ・・・。
「あのね・・。その。」どう言えばいいのか。
「いいよ。言ってごらん。」
「これは、その。あたしの家庭の事情といいますかね、その。あの。母さんがね。」
「へ?レティシアさん、っと義母さんが?」
「うん。産まれてくる子の名前をね。」
「ああ、なるほど。決めちゃってたり?」
「そうなの。でもまあ、女の子の名前だけどね。」
「それは別に構わないけれど。男の子の場合は?」
「好きにすればいいわ、だって。ホント、好き放題よね。困ったものだわ。」
「いいじゃないか。それで?」
「え?」
「名前、だよ。義母さんの決めた名前。なんていうのかな?」
ん。一息。
「アナスタシア。あたしの祖母、つまり母さんの母さんの名。
母さんがグリダニアにたどり着くその前に、母さんを護って逝ってしまった人。
でも、その志は受け継がれていくべき、だとあたしは思う。」
「そうか。いい名だね。だとすれば、おれは男の子だった時の名前を考えておこう。ところでマユ?」
「はい?」
「おれの名は?」
「ウルラ」
「だよな?これは古アラミゴ語で「フクロウ」って意味だ。」
「へ?そうなの?」
「ああ。マユ。だから・・「アクィラ」 古アラミゴ語で「鷲」を意味する。
おれみたいな夜目の効くフクロウより、大空を舞う王者の名をつけてくれ。」
・・・・・・
「うん。」うなづき・・。
やっぱり・・・行ってしまうんだ・・・。
二人とも、お腹のこの子に名前を託し、死地に向かう。もう止める事はできない。
あたしは・・・笑顔で送り出すしかないよね?
自問自答。
うん。
「じゃあ、そうねえ。母さんとの賭けとかしたら?」ふふっと笑う。
「む!そいつは・・マユ、やっぱりどっちかわからないのか?」
「わからないわよ!あは!だってまだお腹が大きくなって・・、や少し大きくなった気がするけど、分かるわけないでしょ!」
「そうか。だったら実家に戻るといい。義母さんも居ることだし、男のおれだと、何をどうすればいいのかわからないからな。」
「むー!」と睨む。
「別に今日明日、ってわけじゃないけど。お腹の子の事を最優先にするべきだろ?」
「そうだけど・・。」
「この家はちゃんとしておくから。元気な子を産むまで実家にいればいいよ。もちろん、お邪魔しにいくから。」
「邪魔じゃないもん。」
「うん。さ、今日はもうおやすみ。後片付けくらいはしておくから。」
寝室に入り。
ああ、ノフィカ様。この幸福な時間を何時までも。叶わぬと知りながらも祈らずにいられない。
やはり、母の言うとおりに・・・
祈りを捧げ、寝台に。