うーん・・
なんだか不安が心の奥底に燻っていて。
いつ、鎌首をもたげて心を食い潰しにかかってくるのか。
無意識に頭に手を・・・・。
やろうとして、気がついてやめる。
強い自制心と、ルーやみんなは言ってくれるかもしれない。
でも。
自分はやはり弱いのだ。
もうカチューシャは無い。
兄からのプレゼント。
子供の頃に母からねだったカチューシャならまだある。
だが、
だが、だ。
遠く北の海に投げ捨ててしまったカチューシャは、思い入れも一際だ。
なにせ、ロクな稼ぎも無い兄が、買ってくれた品。
何か辛いことがあれば、それに触れて兄が一緒に居てくれる、そう思ってきた。
過去形なのだ。
もうあのカチューシャは無い。
例え同じものを手に入れても。
不安が鎌首をもたげてくる。
助けてくれるものは無い。いや、仲間が居る。でも。
この心の隙間は自分で埋めるしかない。そして、その決意をしたはずだ。
「ね?」
あ・・。
心配そうな顔のこげ茶色の髪の青年。
「いやあ、なかなかスリルがあるね。ところでこの先だけど。」
ファーネは肩をすくめながら。
「そうねえ・・。ルー、この先って?」質問を。
不安を押しやり、一通り聞いたプランでもいいのか?
返事を聞いて、少しでも不安を無くしたい。
ルガディンの青年は、がはは!と笑っている。先に時間稼ぎの大役を果たした彼。
彼のようになれればいいのに。
「えっとね、このまま次のキャンプまで走るのにゃ。」
白魔道士のミコッテの少女は自信満々に応える。
「それって、ナインアイビーだよな?」とグリュック。
「そうにゃ。」親指を立てる。そして目線でマルスに合図する。
確かに二人の作戦は後ろで聞いていたが。
マルグリット・コリーナは持ち上がってくる不安に潰されそうな気持ちをひたすらに押さえ込める。
カチューシャを投げ捨て、もっと自分を強く、そう決めたのだ。決めたはずなのだ。
しかし。
「大丈夫かい?顔色がかなりすぐれない。あまり無茶はしないでくれよ?」
こげ茶色の髪の青年が小声で。
「・・うん。」
搾り出すような声。
目を瞑り、「でもそれって大丈夫なの?」
なんとか声にできた。
ミコッテの白魔道士に悟られてしまっただろうか?別の不安が鎌首を上げてくる。
「大丈夫さ。ルーは今までヘタを打ったことが無い。・・・」
リーダーのベルの声に少し不安が薄れていく。よく通るこの青年の声はメンバーに不安を覚えさせない。
でも。
うつむいている自分に気が付かれてしまったのか、こげ茶色の髪の青年ファーネは小声で「先の囮での誘導、上手だったよ。」と。
そうだろうか?・・・
うん。とだけ答え。
緊張が走る。
殺気、とでもいうのか。
それは果たして飛来した矢を放った者か、それを軽く切り飛ばした者か。
グリュックとルーのいつもの軽口の後。
ぽとり。
冗談のようにすぐ横の青年の足元に矢が一本、というか、切り捨てられ二本になって。
それは魔剣の炎で燻り、炭と化していく。
「あの・・どうかしました?」我ながら間抜けな質問かもしれない。でも・・
一瞬の攻防があったのは十分以上に判る。カチューシャに、いや、カチューシャがあった場所に手が触れる。
これは・・駄目!このままじゃ。
横を見る。
短めのローブを粋に着こなしていたミコッテの手に赤黒い魔剣。
いつの間に抜刀したのだろう?
鞘どころか、いや、杖しか?どうなっているのか?
しかし、顔つきの変ったミコッテの女性の手には間違いなく魔剣が握られている。
そのミコッテの剣士?は。
「行きますよ。しばらくは私が防ぎます。」
え?
そういう段取りなのだ。聞いていたはずなのに。
ルーが「お願いにゃっ!」と段取り通り素早く走り出す。
次いでベルが無言で追走する。
あ?私は・・。横に居るはずの青年を見もしないで、適当に手を出し、ひっかかりを確認したとたんに走り出した。
後ろを振り向かず、「えっと!怪我しないでくださいねっ!」
と、見えない敵に一人立ち向かうミコッテに、精一杯の声をかけながら走り出す。
遅れてグリュックがあえて距離を取りながら追いかけてくるのを自覚しながら。
なぜか視界が滲んできた。
どこを掴んでいるのか判らない青年ファーネが
「おいおい、なんで泣いてるの?」と。
メンバーや、手伝いでptにはいってくれたミコッテを想って、の事もある・・・。
たぶん。でも。そんな余裕が無い自分がすごく悔しかった。
惨めに思えた。
お兄ちゃん・・。
消えてしまいたい衝動と。
護らなければならない、この左手からの感触。
秤にかけたらどっちなの?私は。
「護ってあげるわ!」
声に出し。
青年は。「頼むよ。フロイライン。」
振り返ると。
夜明け前の薄明かりの中、確かににっこりとした、
とても素敵な笑顔が見えた。