「で。」
「は?」
「お前、おはよう、って単語知ってるか?」
「ああ、おはよう。」
「年長者に対する配慮がカケラも無いのは、育ちのせいか?」
「え?」
「だから、だよ。いいか?クソガキ。挨拶ってのは人間関係の第一歩だ。基本だ。
まず起きれば目の前の年長者に言うべき台詞はなんだ?家庭教師は教えてくれなかったか?」
「ああ、グーテンモルゲン。」
「ち、まあいいか。」
グレイの髪を束ねた少女?と、こげ茶色の髪の青年。
奇妙な二人組みは、奇妙なことに寝台を共にしたわけじゃない。
「お、起きたか!パンと焼きたてのハムのステーキか、オムレツか、白身魚のソテーか、キノコのグラタンか・・・」
ビスマルク。海洋国家、リムサ・ロミンサの調理師ギルド経営のレストラン。
そして。
この奇妙な二人組みは、まさにそのキッチンで空いたスペースで寝ていたのだ。
もちろん、狭いスペースなので体を横たえる、などとはいかずに座り込み肩を寄せ合う形で。
知らないものが見れば、仲のいいカップルが忍び込んで睦まじい所を見せている、と映るだろうが。
「あー、大将。悪いけどパンとミルクだけでいい。迷惑かけまくりだし。お代はまた今度。」
グレイの髪の少女?女性。
「はあ。じゃあ、そういうわけで。」こげ茶色の髪の青年は曖昧な、まだ寝ぼけているのだろうか。
本来なら、こんな無礼極まる所業は赦されないであろう場所にて。
「遠慮はいらないんだぜ?レティシア様。」
「冗談。あたしにも立場もあれば、プライドってものもあるのよ?」
「おお、怖わ。だが、な。おれっちも頼られてると、嬉しくなっちまうんだ。」
「そう。ありがとう。」頭を垂れる魔女。
「おいおい、ヤメてくれ。サンドロが来たらぶっ殺される!」と笑うルガディン。
フ。
「って、お前も頭下げろ、っつーの。」青年の頭をわしづかみにして。
「まあまあ。いいじゃねえか。」シェフはやさしく。
「教育がなってないわ。フリューゲル家って、こんなの?」
場が凍りつく。
「あ、あの・・。」シェフが凍りつく。
場の空気が凍りつく。これほど解りやすいのは、恐らくキッチンだろうか?
ナイフで魚を捌いていた男がありえないミスで指に切り傷を作り。
野菜をあれこれと運び込んでいた下っ端が落とした野菜に気づかず、かつ先輩から叱責も受けない。
煮込んでいた鍋が煮こぼれを始めても誰も手をつけず。
パン(鍋)を振っていた男は中身がコゲても見えていないのか火にかけたままだ。
「あ、あの。レティシア様?」シェフはもはや料理以前の問題だ。
「あー。ごめん。厄介ごとだったのよね。ごめんごめん。」
当の女性はいたく気軽にV・I・P(国家間要人)の頭を叩きまくっている。
ルガディンのシェフ。リングサスは失神しそうだった。
各国から食材を仕入れ、その味で各国の要人達や、
冒険者達(彼らの持ち込みも珍味として)うならせてきた調理師は、魔女の行動一つでうならされてしまった。
(こ・・。この・・ひとは・・。)
フリューゲル家。
もちろんV・I・Pであり、なんどか食事を出したことがある。
もちろん当主や、前当主だが。
そして、目の前の魔女に頭を叩かれまくっている青年は、確かに当主の面影が・・。
「あのレティシア様。その。そちら様のお名前、お伺いしても?」
大きい体を限りなく小さくしたルガディン。
「え?だれだっけ?お前。」限りなくあっさりと。
「あー。あっはっはっは。さすがはお噂通りですね。天魔の魔女。俺の名前は、」
「ヴァッペン・フリューゲル、だろ?」
青年の目が細まり、さらに場の空気の温度が下がっていく。
「あの?」と青年。「ファーネ、と訂正していただけませんか?」目は笑っていない。
「あん?なーに言ってるの?見れば判るでしょ?ヴァッペン。あたしは兄弟揃って見たことあるんだぜ?」
「・・・。」
「あーにだまってるんだよ?」
「俺は、いや、僕はファーネです!名誉のためにも。何でしたら、決闘も辞さないですよ。」
青年は本気も本気、興奮している。キッチンのメンバーは今日のメニューが壊滅的な打撃受けているが、気にもならずに硬直したままだ。
「あら、坊や。言うようになったのね。」魔女は、くいっと首を外に向ける。
「ああ、大将!悪い!お代はこの坊やにね。」
「どういうおつもりですか?」
明け方のリムサ・ロミンサ。その桟橋の人目の付かない場所で。
こげ茶色の髪の青年、ファーネ?ヴァッペン?
「あのさ。お前。交渉する相手見てウソこけよ。なあ?」
魔女は責めるわけでもなく、ただただ真摯に見つめてくる。
その目に見つめられ。
「いえ・・。」としか言えない青年。
「あのさ。」 一区切り。
「あたしの娘夫婦達が楽しむ旅行に割り込んでコレだ。あたしだって文句やケチくらいつけたっていいだろ?」
「はい。確かに誠実さには欠けていました。配慮も。そして、私の名はヴァッペン・フリューゲル。
これに相違ありません。そして、ファーネでもあります。」
「は?」
青年の告白に。疑問符が浮かぶ。
「私たちは・・。容姿が似ていた為、幼いころからお互いを偽る遊びをしていたのです。
遊びたい時には「ヴァッペン」、習い事があるときは「ファーネ」と。
お互いの都合で、習いたい、例えば音楽であったり、商業であったり。」
青年は何かに対する慙愧の念を顔に浮かべる。
「私は弟です。兄は初めから予定されていたかのような生活でした。私は翻って、何もさせてもらえませんでした。
二人の答えは「不公平に対する手段」でした。子供のタワゴトから始まったこの遊びは、結果こういう事に。今回の件は、我々の後始末、でしょう。
ですが、これに納得しなかった兄は、本来始末されるはずであった私を「ファーネ」として、
生かすことにし、自分をデキの悪い弟「ヴァッペン」として。死ぬ気だったのです。」
「お前らアホか。」魔女のひと言に。
「ええ。本当に。ですが。」
「ああ?」それこそ、もう。くびり殺しそうな眼光。
「本家、というのですかね。父の愛妾、シャルロッテが策謀で、私達二人を殺し、母を追い落とし、正妻の座に収まる、という陰謀を聞きました。」
「それ、本当なのか?」
「はい。まず間違いなく。執事が、母の信頼している人なので。
私達は身分を入れ替えながら逃亡を図るというのも、彼のおかげですし。
できうるならば、母と3人で安らかに暮らしたかったのですが。その愛妾が強攻策として「家」にまで手を出しまして。」
「ああ、呪眼ね。やっぱ。」
「そこで「遺言書」が出てきて、さらに混迷の度合いを。」
「そんなの知らないし、知りたくないわ。3日て期限はそれね?」
「はい。ただ、もちろんですが、その「日」に本人がいなければ。
なので、最終的には私を「ファーネ」として、実家に、というのが、今回の依頼の真相なんです。」
「あっそ。好きにすれば?」
「やはり、駄目、ですか。」
「はい?」
魔女は目をパチクリとし。
「受けたんだよ?あたし。」
「え?でも・・。」
「行きたければ好きにすれば?あたしは勝手についていくんだし。駄目といわれてもねえ。天魔の魔女、そうねえ、今回は「迷惑来訪者」かしら。」
「は?」
「ナイトノッカーがお邪魔する、そう言っておきなさい。」