990外伝2 ニャ!

ミコッテの幼子は。
柔らかい毛布に包まれ、寝台でまどろんでいる。

ぴたん。と尻尾を壁際の寝台から少しはみ出させ、床にあたるかどうか、なところで往復させて、あたれば起きよう。
そんな感じであたらないように二度寝という惰眠をむさぼるのがさも当然、とばかりに。

しかしながら、事はそう簡単ではない。

なぜなら。

寝ぼけているから、加減などできないからだ。
ましてや、そんな娘の行動を把握している母にとっては。

「ニャっ!」
突然の刺激に、目が覚めるどころか、尻尾も耳も総毛立たせて。
リル・ライアーは最悪な目覚めを迎える。

起き出して、キッチンで朝食の準備をしている母。
「ねえ・・?」
濃いオレンジ色の髪を短めに整えた母を見上げながら。
「コレは、ひどいとおもうにゃあ・・」

「んにゃ?」答えた母は、いたってにこやかに。全く、なんのことやら?と言わんばかりの表情。

リルは・・・
このやり取りも、いつからか日常といえば、日常化していて「よのなかのいう、あきらめってこういうことなのにゃ。」耳をペタリと寝かせて朝食の準備がしてあるダイニングに向かう。


少し前。

「ね?」オレンジ色の髪の中から出ている耳を、ふるふるさせながら。
鬼哭隊に復帰したシャンは、夫のネルケに相談を。
「どうしたんだい?」応える夫。
一見、頼りなさげな青年。だが、鬼哭隊隊長のスウェシーナの一人息子。
実際、頼りないことこの上ないことが多々あるのだが、ここ一番では信じられないくらいの力を発揮する。同い年で、(隊では)1年先輩の自分ですら、感心してしまうくらい。

「ああ。リルの事か。」なんとなく、妻の様子で思い至る。
(あー。やっぱり、な。)

多種族が住まうこのハイデリン。
しかし、多種族とはいえ排他的な、もしくは敵対的でもないかぎり、ほぼ友好関係を保っている。それは、同時に多種族間の恋愛にも発展するものだ。

ましてや、最近では多種族どころか、同性であってもお互いに通じあっていれば、婚姻に至るカップルもある。
そして、自分はヒューランで、妻はミコッテ。通常なら婚姻は成立しても、子宝には恵まれない。が。
とある、秘薬を用いて、その壁を突破できることを「魔女」から聞いた妻は。
ある日、「・・・その。」と、おずおずと、魔法の秘薬の小瓶を差しだし、「にゃ?」と・・

結果、子宝に恵まれ、娘が産まれ。その可愛がりようといったら言葉にできないくらいだ。
ただ、そういった「溺愛」のせいだろうか。
娘は少し、いや、かなり「いい加減」な性格が見え隠れしてきて。
そのあたりは、あまり多くを突っ込めない自分もいるから・・・

「いつまで寝てんだ!」と、母に寝室のドアを蹴破られること、数回。
「まぬけ。」と、初恋の少女に罵られること数えきれず。
ネルケは、そう遠くない過去と今の娘の「しつけ」について、今更自分が何をかを言わんや。

確かに、娘はかわいい。オレンジ色の髪の妻と、自分の茶色い髪。その二つを足して、割ったような、しま模様のグラデーションは、彼女の愛らしさに拍車をかけている。
しかし、可愛らしさと、今後の人生は別問題だ。
「で?」
「あの子の寝坊にも、困った話なのにゃ。だから、レティさんに聞いてみたんだニャ。」

ああ。禁断の領域に・・・。
ネルケは個人的には。尊敬こそすれ、貶める要素は微塵もない。
ただ・・・・・彼女は、何事につけ「やりすぎるのだ。」そう。何事につけ、だ。


半泣きの娘に「どうしたんだい?」と問いかけ、それが妻の耳に入らないことを祈りつつ・・・
(もちろん、そっちの方向に彼女の耳はピコピコと動いていたが・・)
「ひどいのー。ベッドのかたわらにあったサボテンダー(ミニ)のはちうえが、ベッドのよこにあったのにゃ!」
(ああ・・リルの寝相に併せて鉢植えをその場所に・・・)ネルケはコメカミを押さえ・・
「あのね。リル。これは父さんからの言葉だよ。いいかい?」
「うん。」
「母さんの気持ちは、別にひどい事をしようとしたんじゃないんだよ。」
「どうして?」トゲが刺さったのだろう、尻尾をなでながら問いかける娘に。
「どういう言い方がいいかな。リルには、ちゃんとした淑女になって欲しいんだ。それは僕も同じ。どういう道に進むかは、リル自身が決めればいい。
でも・・今はまだむずかしいお話だね。でも「その時」になったとき、ちゃんとした決断・・むずかしいか。「自分のため」になるために、少し怒りっぽい事を言ったり、したり。
リルのためなんだ。だから、そんなに怒ったりしちゃダメだよ。」
「・・・・・・・・・う~ん!」
「こうして、家族そろって朝ご飯を食べれるんだ。何も問題ないよ。」
「・・うにゃ。」
この後、二人は鬼哭隊に出勤し、娘はアリティア系の教育機関に預けられる。

1年が経ち・・・・
「校長せんせい!」
ミコッテの少女。
「どうしたの?リルちゃん。」
赤髪のヒューランの女性。
「あの・・・あたい・・・」
「うん?」
「みんなのお役にたてる、そういうのが、りそうなのにゃ!」
目を瞑り、思いの丈を精一杯伝える。

「そう。それはいいことね。でも、みんなのやくにたてる、って言うことも色々あるんだよ?」
「・・・うん。でも。母さんや、父さんみたいな。そんなのがいい・・。」
「そう。わかった。」
「ほんと!」
「うん。でも、これだけは約束。かってにやったらダメだからね?いいかな?」
「はいにゃっ!」
校庭を走っていくミコッテの少女。
それを見送りながら、「んー、エリス先輩とか、社長とかもこういう時期があったのね・・(かの筆頭秘書は、ないだろうな・・・)」独り言。

さて・・レイ・ローウェルは幼い彼女の適性を考えながら・・「瞑想窟、かなあ。」

幻術士の養成機関としての側面を持つかの「院」は、ウルダハの呪術士学院と双璧をなす、術式の名門であると同時に、しがらみに縛られる「檻」でもあり。
ここのあたりは、客観的なのか、主観的なのか。
しかしながら、今の自分に許されている権限は、幼子の養育であり、その先には踏み入れない。
いいところ、先方に紹介するのが関の山。
ただし・・名門ゆえ、入学にもそれなりの試練もあるので、両親(いれば、だが。戦争孤児や難民も多く引き取っているので、その代理も勤めている。)の同意も必要だ。

ただ、天真爛漫の彼女の事だ。精霊との意志のやりとりも問題ないだろう。
ただ・・。その場合、冒険者になっていく確率が多い。
死の危険も省みず、廃墟や、洞穴、いにしえの神殿に「楽しいから」「お宝がある。」「つき合いもあるから。」な理由で飛び込んでいくのが目に見えて。
かつての、悲惨な戦場を経験している自分としては、できればオススメしたくない。
「でも・・・」彼女はその「悲惨な戦場」を経験してきた家族の一員なのだし。
おそらく、その程度の言葉では、とどめる事はできないだろう。
むしろ、その家計に産まれたのだから、才能を開花させるべきなのかもしれない。
来年のために、「窟」にパールで打診をしておく。


オレンジ色と、栗色シマシマの尻尾をゆらゆら、とさせながら家に帰る少女。
「にゃんにゃ~んにゃん♪」
鼻歌まじり。
でも。
「おねえちゃん?」
・・・・
「どうして、あたいの後ろにいつもいるのかにゃ?」
・・・・・・・・ 沈黙が長い。
「悪さ、するひとじゃないっぽいのにゃぁ。」
・・・!?
「せっかく、おはなしできるとおもったのににゃ・・」トボトボと帰路につく少女。

「おイ。」
つい。
「にゃ!」
「僕はただの仕事ダ。きにするナ。そのまま、まっスぐ。家ニ帰れ。」
「はいにゃ。」小声だった、つもりだろうが、よく通る愛らしい声。
(まッたく・・)

ため息を。一つ。
黒髪のスタッバーは、木陰にとけ込み、少女の尾行をしていた男の背後に立つ。
「いつから気づいてた?」男は黙っていた唇を開く。
「はァ?」
「お前の雇い主は、あの小娘の親か?と聞いている。」
「あン?聞イてどうすルんだい?」
「手打ち、さ。」
「ふうン?じゃあ、こっちのメリットを聞かせテもらおうか?」
「一家庭の報酬だと、護衛なんてそうそうないだろ?てことは、な?」
「そチらの方がいい報酬、ってカ?」
「そうさ。それに、子供一人に護衛を張り付かせるってそれなりに裕福ってわけだ。お前さんが「失敗しました。」って報告一つで、身代金を山分けしたらいい儲けだと思うぜ?」
「ヘェ。そいつハいい話だナ。」
「だろう?」
「あァ。」
すでに向きあった男は、相手が思った以上に魅惑的な女性だと。
これなら、うまく運べれば・・・
「ただネ。」
少しイントネーションのある彼女は。軽く首を振り。
「話を持っていク相手をまちがえたネ。」
男は一瞬、この人形のような小柄な容姿の女性がどうして?と・・・
しかし、次の瞬間。
彼女の左目が金色に輝いているのに気がつき・・・
「葬儀屋っ!?」
「遅すぎるネ。」
存在自体は知られているのに、その容姿には具体的には知られていない。
「家」の住人たる所以。
しかし、左目だけが金色の少女、どだけ。それも信憑性がないゆえに(誰も確認をしたわけじゃない。
なぜなら、それを見た者はことごとく「棺桶に詰め込まれた」から。)ただの伝説扱いになっていて。
実際に見てしまった男は逃げるだけ。
でも。

「終わり。だヨ。」耳元で、暖かい吐息と共に。
首筋に、冷たい感触と、暖かい何かが流れ出していくのを、人事のように。
「じゃあ、ネ。」
ダガーを横なぎにした女性は声を出させないように相手の口に詰め込んだ左手を抜くと、そのまま去っていく。

「魔女も・・まどろっこしイな。」

少女の護衛を依頼した、通称「天満の魔女」は殺しには、猛反発なのだ。
しかし、今回の依頼はそういう事を失念していたのか、これまでの経緯で「殺人」にまでは及ばない、と踏んでいたのか。
甘い。
自分は、職業暗殺者なのだから、必然の結果になりうるはずなのだけどね。
心中では・・・臍を噛む。
期待・・されてたのかな?でも、もう遅いし、むりだよ・・・魔女。

「アー。ショコラでも呼んで、屋台で夜食に行クかナ。」大きく伸びを。
どうせ、後かたづけは彼女に報告しなければならない。
(ショコラ、ボンクラ呼べヨ。ついでに、ボーナスで屋台で夜食ナ。)
(えー!)


一人家に帰りつく少女。
「んー。今夜は・・・なんとなく、シチューな予感にゃ!」
尻尾をふるわせながら、玄関のドアをノック。
「はいはい。お帰り。」
祖母の声。
きぃ、と開けられたドアの向こうに柔和な顔の女性。
「ばあちゃん、今日ね、こうちょう先生におねがいしてきたにゃ!」
「あら、そう。じゃあ、ご飯の時に聞かせてね。」
「にゃ!」
少女は水桶のある洗面所に走っていく。

「こりゃ・・冒険者コースかなあ・・」
「いいじゃない?スゥ。あたしんとこも学院主席で鼻っ柱だけはイキがってるから。そのうち上級教室に飛び級なんだそーだ。」
「それはそれは・・。」
「そんな事言わないでよー。お互い孫が頑張ってるんだ。応援してやるのが勤めだよ。」
「そう・・ね。」
「そろそろ、かしら。レティ。少しは手伝え!」
「はーい。」


「って、事があったんだにゃ。」
「へー。」
「それって、その誘拐未遂じゃないの?」
「わからないにゃ。」

「あの・・」控えめな男性。たまたま召集応募にのっかってみれば、学生くらいの女の子3人。
(大丈夫かなあ・・)最悪でも、一人の重傷者を出さずに、とは思っていたが、こんな少女ばっかりでは・・
万に一つも傷をつけようものなら、親御さんに申し訳がたたない。
「いいでしょうか?」
「はいにゃ!」「リル、お前が一番心配なんだっての!」「それはターシャでしょ!」

何となく自分の役回りがわかってきたかもしれない。つまり、この少女たちを無傷で帰して(できうる限り)そして、二度と関係を持たない。
こういうことだ。

「・・では・・いきましょう。」若干頼りなさげではあるが、彼的には頑張ったと、後々言われる・・・・

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