1042トリニティ。 商談はディナーの後で・・・

潮騒を聞きながら。
「そろそろ、かなあ?」
未だオフィスで残業をしないための努力を続ける、新米秘書のミコッテ。

自分が持ち込んだワケでもないのに、なんだかすごく罪悪感。
そこに・・・
「どうかした?」の声。
普段は冷たい、というか無表情で社長にあたる筆頭秘書だが、部下には優しい。
「あ、セネリオさん。今夜のその・・商談ですけど・・」
「ユキネ。君が心配することじゃないよ。第一、種を蒔いてるのはあの二人で、同志二人。花が咲いて、実がみのればいいじゃないか。」ニッコリ。
そういうものだろうか?
うん、そうなのだろう。

ユキネは、仕事が残らないよう終えたのを確認。
「今夜のご飯は~」などと考えながら、社のエントランスをくぐると、やはり「海戦」なる料理屋が気になってくる。
だけど。
個人的に行って見よう・・・今日は・・・流石に・・・ね?
ということで、露店で採れたての魚介を炙り焼きにしてもらい、エールで一杯。
「う~ん、おいひぃっ!」
口元に泡をつけながら、もう一口。ダンっ!とジョッキをカウンターに置くと、尾頭付きの魚が塩焼きで。
「わ~お!」
マルカジリもいいが、大きめの魚もゼイタクでいいっ!
まずは・・・
脂の乗った、カマのあたりから・・・

「ごちそうだな。」

いきなりの声に。
「ふぇ!」
肩越しの声は、筆頭秘書。
「海戦、に触発された?」
「あ、ええ。まあ。」照れ笑い・・・(本心・・・
「どれ、私もあやかろう。」隣に座る。

「大将、アレ焼いてくれ。」と指したのは一枚貝の高級品・・・
「2枚な。」「あいよ。」「あとエール。」「あいよ。」

「どうかされたんですか?」つい。
「いや。」出されたジョッキを持ち上げ、「おつかれさまです。」と杯を交わす。
「かの、海戦料理、だが。社長とは浅からぬ縁があってね。クォ氏からすれば、自らアウェーに飛び込んだワケだ。何がネタなのか、非常に楽しみじゃない?」
「そ、そう言われれば・・。」
「共闘なのか、宣戦布告なのかは知らないけれど。動きがあるのはいい。あ、この貝は絶品だよ。最近入荷の東方産、ソイソースとバターが実に合う。」
「ほえ~、で、そのソースは?」
「もちろん、うちで卸している。」
「さすがです・・(いや、ほんと。)」
「とはいえ、海外貿易はクォ殿の独壇場だったのでね。」
「では?」
「ああ。社長の盟友、暁一家が東方の交易ルートを繋いでくれたから、かな。」
「なるほど。」
「さて。かの黒猫卿、次の布石は何だと思う?」
「わ、わたしには・・」
「まあ、私たちはサポートするだけだからな。それでいい。」
「はぁ。」
「肩肘はらなくていい、ということだよ。」
「ですか。」

二人、露店で海鮮料理をつつきながら・・・



少し時間は遡り。
潮騒が文字通り騒がしい、と思える街並みを見下ろしながら。

アリティア産業、代表取締役。
マルス・ローウェルはひどく不機嫌だ。
あるいは、全力で無気力になった、とも。
そこに
「社長、ドレス選びなんて、なんでもいいじゃないですか。言ってはなんですが、かのお店は露店ですし、ドレスコードなんてありませんよ?」
「わかってるっ!」
「色気を出して行くつもりで?」
「違うわっ!」
「さようで、乙女心にはとんと疎いものですから。そうそう、あと一刻で船が到着します。それでは。おつかれさまでした。」
「え?せんちゃん?帰っちゃうの?」
「はい、残業もありませんし・・・ユキネがよくやってくれています。むしろ明日の段取りができた程で。」
「そ・・っそう・・・そんなぁ・・・」
「タイマンでってお話でしょう?人件費削減です。お疲れ様でした。」
ぱたん。

閉まったドアと、壁掛け時計を何度か見比べて・・「うわああああんん!!」



「セネリオさん、どうかしたんですか?」
いきなり含み笑いを漏らした上司を不思議そうに・・
「い。いや。まあ、笑い話にできるようになってから言うよ。そう遠くない。」
社屋を出る際に聞こえた魂の叫びは、恐らく本心だろうなあ。
しかし、天敵とはいえ交渉は交渉。
感情を廃し、少しでも有利な情報なり、商談を持ちかけられるのがベストだ。
が、向こうもヤリ手。そうそう、簡単には行かないだろう。
なので、社長の頑張りでトントン、イーブンなら上出来。そう判断した。
「まあ、食べよう。」
「はい♪」



桟橋にて。
はぅ。ため息が漏れる。
(そういえば、魔女殿が言っていたな・・ため息をつけば、幸せの妖精さんが死んじゃう。って。)
なんとも子供だましの様な話だが、いかにも的を得ている。
逆転させれば・・・幸せじゃないって思うから、ため息が漏れる。なので、ため息にならないように現状を上向きに観ていこう。という発想だろう。
「いかにも、だな・・・っと。時刻か。」
船に乗り込む。

あらたまって、自分の姿を見る。
結局のところ・・・当り障りのないローブ姿に。カウルにしたかったのだが・・・
「勘ぐられたら・・・」
で、おとなしめのベージュ色。花のついた髪留めを付けてきたのはせめてものドレスコードだ、という次第。
護身用にワンドを持っているが、それは向こうとて変わるまい。
(ところで・・・クォはどうやって向こうに行っているのだ?船はこの便でないと間に合わないはずだが・・)

物思いを時間つぶしに、船に揺られていく。


船着場にて。

乗客を吐き出していくと、最後にマルスだけになり、船頭に「降りないのかい?」と言われて、やっと降りる。
「やはり、居なかったな・・・」あごに片手を添え、俯き加減で桟橋を歩いていると・・・

「誰が居なかったのかな?」
不意の声は、後ろでも、正面でも無かった。
ちょうど、膝あたりから。

麦わら帽子を被った釣り人は振り返ると、ニッコリと笑みを。
「っ!! ・・・ク・・クォ・・殿・・・」
どうにか転ばずにバランスを取れた。ただし見目麗しいポーズかどうかはさておいて。コケなければいいのだ。そう。そこが重要。

「や、マルス社長、こんな格好で失礼したね。本当はもう少し早めに切り上げようとしたんだけど、まずめ時だ。狙ってみたわけさ。」
「あ、ああ・・・」
「兎にも角にも、引き揚げよう。レディを待たすわけにも行かないからね。」
「うぇ?・・・」
彼の持つ魚籠にはそれなりに収穫があったようだ。もしかすると持ち込みでもするのだろうか。
「ん?ああ、大物が一つ入ったからメインにしていただこう。残りは手間賃としてお店にさし上げるよ。」
なんだか見ぬかれたようで、不機嫌メーターに加算されていく。これで3、いや4。
「・・・楽しみです。」かろうじて、これだけは言えた。
(なんなの?このフレンドリーな態度は。影武者?ではない、はず。思惑は?)


港町ベスパーベイに着くと、そのまま郊外にむけて。
しばし歩くと店に着く。

ちょっとした空き地に住居兼露店「海戦食堂」とある。
卓数は6つ、と控えめだが予約してあったであろう一席以外はすでに盛り上がりをみせている。

ここのマスター、そしてその夫人、息女に至るまでよく知っている。

「やあ、いらっしゃい。席はあっちだ。」
髭面、刈り込まれた髪、眼光といい、海賊時代のまま、というのがウリらしいが・・
「どうも。」黒猫は軽い会釈をして、魚籠を渡す。
「この大きいのはメインで出してくれないかな?それ以外は手間賃ということで受け取って欲しい。」
「あん?いいけどよ。お。ブリームか。いいサイズだ。残りは・・」一拍。
「いいのかい?」
「なにが?小物さ。」
「まあ、そうだが。」
「よろしく。」
そう言って青年は席に向かって歩いて行く。

「あの・・サンドロ殿。お久しぶりです。」
「おお、マルス殿。まさか、お供だとは。」
「好きで来た、ワケじゃあ無いんです・・よ?」
「それは、ともかくココに来たからには目一杯食べてもらわないとな。」
「商談です、そんなに食べれるか・・」
「ああ、周りの客なら心配しなくていい。常連に新米と、特に怪しいヤツは居ない。ついでに嫁もな。」
「はぁ。」


「くちゅん!」
「レティ、風邪?」
「んー。誰かがウワサした。」
「またまた。」
「スゥ、当たるんだよ、結構!」
「へいへい。ミュー、デザート。」
「はあい。」


席に着く前に、黒猫が立ち止まっている。
「何?」
「レディのエスコートは紳士の嗜みでね。」イスを引く。
「どうぞ。」
「・・・どうも。」
ぎこちなく座ると、向かいに改まって座る黒猫。
「改めて、ご挨拶申し上げる。マルス・ローウェル社長。」
「いえ・・・こちらこそご挨拶が遅れまして。クォ・シュバルツ卿。」
夕暮れに見る彼の容姿といえば。
青いストライプの入った白いシャツ、ショートパンツ、背中に下ろした麦わら帽子。
腰には釣り竿。
まるで、どこかのワルガキがそのまま大人になったかのよう。

「どうぞ。」と、グラスが置かれ、ワインを注ぐ少女の給仕。
チーズの盛り合わせが置かれて「前菜です。」とニッコリ笑って次のお客のための料理を受け取りに行く。

「では。」
杯を片手の黒猫。

この、全身真っ黒、瞳だけが金色という稀有なミコッテの青年は、商才だけでなく将才にも抜きん出ている。

杯を向けられ、同じく。
その向こうの、金色の瞳の奥の思惑がわからない。

「我らの友誼に乾杯。」
「・・!?」

ぐい、と、半分ほど飲み干した彼を見て。
「な?」
「友誼、と言ったんだが?」
「・・・」
「ああ、そういえばこうやって面と向かって「は、かのコロセウム以来、か。」
「どういう意味?」
「友誼かな?もちろん、読んで字のごとし、だよ。」
「商売に共闘を?」
「まあまあ、焦らない。・・・・ほら。」

一品目が運ばれてきた。

芋のサラダ、魚卵の塩漬け添え。

「ふむ。これはなかなか。芋の食感と魚卵の風味が素晴らしいね。」
「で?料理の品評会?」
「そっけないな。食べてごらん。」
「・・・うま・・。」

二品目。

大エビのボイル、サワークリームベースのタルタル。

手首から肘まではありそうなエビがドンと丸ごと。
なかなかに食べ応えがありそうだ。
が・・・
手を汚さずには・・・
向かいを見れば、紳士?というべきか?両手を使いエビの解体作業を行っている。
「食べないのかい?」
「頂きます!」
こういう場では、エビを手で剥くぐらいは当然である。うん。


三品目。

スープ。
トマトを活かしたダシに、貝類がふんだんに。

「美味しい。さすが。」
「ですよね。」
「おや?」
「なにがです?」
「本音が聞けたかな?」
「なっ!」
「まあまあ。」


四品目。

ブリーム(鯛)の姿焼き。

「さて、お目当てだよ。」
「確かに立派ですね。」
「だろう。」
「塩焼き、ですか。」
「ああ、シンプルに行こうじゃないか?」
「なるほど。」

魚を切り分けて、取り皿に乗せて。
「コレが君の取り分だとしたら。」
自分にも切り分ける。
「コレが俺の分だ。」
皿から零れそうになるくらいの魚の腹身が全部。脂も乗っていて美味しそう。
向かいの皿には、背中の半分程が乗っている。

「いかがかな?」
「共闘、ですよね?」
「ああ。かのイシュガルドにはまだまだ旨味がある。じゃないかね?」
「たしかに。」
「お互いに手駒を出しているんだ。有効に活用しようじゃないか?」
「それは・・そうですね。」
「なら良かった。こうやってお呼びだてした甲斐もあると言うもの。」
「エビでタイを釣る、ですか?」
「ん?」
「東方の諺らしいんですが。」
「そうなのか?初めて聞いたよ。ああ、エビが出て、鯛だからかい?」
「いえ。むしろ皮肉でしょ。それ。」
「ふうむ、難しいね。」
(大物を釣りたければ、エサも良い物にする、という趣旨だったハズ)

〆の品

ベイクドチーズケーキに、野ベリーのソース。

「おいしいね。」
「です。」
「ところで、共闘に関してはOKでいいのかな?」
「ええ。」
「まあ、今のところは口約束だが。近いうちに公式に書類を出させてもらおう。」
「分かりました。」

最後の香茶。

なんとかなった。多分。

マルス社長は・・・
先に席を立ち、「それでは、馳走になりました。」とだけ。

「ああ。もう少しゆっくりすればいいのに。」黒猫の誘いを断り・・商談以外に顔を突き合わすなんてまっぴらだ。

パールを取り出し。
(あ、せんちゃん、・・・・・)
事の次第を告げる。
(なるほど。で、その魚の姿焼きですが。)
(うん?おいしかったよ。)
(クォ氏が釣った魚、ですよね?)
(ああ。)
(で、取り分を「腹」「背」で切り分けた、と。)
(腹は丸ごとこちらにね。背は半分だけ向こうが。)
(社長・・・・)
(なに?せんちゃん?)
(腹は美味しいです、が骨も多く面倒。重さで言えば「背」の半分程度でしょう。)
(な!)
(そして、残った背も彼は頂くつもりかと。)
(なるほど・・・しかも、彼の魚(舞台)か・・・してやられたな。)
(反省点は後ほど。とりあえずはお帰りください。)
(ああ。)
とは言え・・
憂鬱だ・・・

溺れた海豚亭で一杯と洒落込もう・・・

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