1029トリニティ。 一幕 ある情報屋の一日。

茶色いミコッテの女性
髪から、肌色までチョコレートブラウンの彼女は、唯一その名に反する碧眼を輝かせながら街並みを行く。

明け方を少し回ったところだろうか。
この街は巨大な樹木のおかげで朝が遅い。

しかしながら、清流が流れ、木々が放つ香りが一番心地いいのはこの時間。

「さて?」
情報屋(裏の)としては、まずは売れる情報を仕入れるところから始まる。

涼し気な街とはいえ、未だ暑気が残る道を歩きながら・・・

う~ん。

まずは「屋台探し」からだね。
ぶっちゃけると、彼女の情報の半分以上を占めるのが、グルメリポートだ。
こうなると、趣味か実益か?になってくるが、存外評判がいい。

ここグリダニアのゴシップ誌にワンコーナーを任されているくらいには。
といっても、匿名で、との条件なので自身の正体はバレていない。
それと、ここグリダニアだけでなく、ウルダハや、リムサ・ロミンサにも足を運んでは情報を更新しているため、旅行者や冒険者にも支持を得ている。

鼻歌まじり(つい、にゃんにゃにゃ~ん♪)と地が出てしまいがちだが、本人は気づいていない。

そして、早朝から露店を営む店というのはそれほど多くはない。
なので、馴染みよりは、新進気鋭を探すにはうってつけ、とも言える。
なにせライバルが少ないのだから。
(その分ハイリスクではある)

だからこその探索。

ここしばらくは「上司?」の銀髪の青年が行方知れずとなっており、自由度が上がっているのもひとつの要因かもしれない。
それと「葬儀屋」が北方に出向いて行ったので、彼女の都合に合わせることも無い。
とはいえ、彼女用に今年のイベント水着を用意しておいたのだけど。
帰ってくるの、年越しだよね~なんて。

真冬に水着っていうのも面白いかもしれない。
って、今彼女の出向き先は「年中冬」なイシュガルド。
帰ってきたらきたで、たいそう不機嫌だろうことは想像にかたくない。

しばし考えを戻し、街路のアチコチを見やる。

ふんふん。

目を瞑り、鼻に集中する。

う~ん、この通りはまだやってないか。

ハズレ、というか2軒ほど開けてはいるのだが、好みじゃない。
自慢ではないが、嗅覚と味覚には自信がある。

このうち一軒は前に行ったことがある。
アタリ、という程でもないが、この時間帯にしては上出来だった。
ただ、今回の目的とは若干異なるのでパス。
もう一軒は、行くまでもないと判断。

次は、ミィ・ケット音楽堂のある通り。
こちらは商店街にも近いため、露店も多い。
そして、新顔も。
ただ・・・そんな状況だけに、攻防が。つまりは出店しては、退店するというサイクルが恐ろしく早い。
あれ?先週あったよね?なお店が忽然と居なくなり、違う店がその場所に。

これも、栄華盛衰。と、哲学めいた感想もまじえながら。

まずは、何はなくとも朝食。
「家」には給仕のベリキートが居るが・・・彼女には残念ながら家事のスキルが皆無なうえ、自覚がない。
事ある毎に「お嬢様!」と世話を焼きたがるが、役に立った試しがない。悪いけど。

夕刻程ではないにせよ、幾つかの露店が並んでいる。

では。

「おっはよー!おっちゃ~ん!」
馴染みの店でまずは軽く腹ごしらえ。
「おう、チョコちゃん。いつものヤツかい?」
「うん!」

堅焼きの白パンに、今朝採れたての野菜とベーコンを炙ったものを挟んだだけのサンドと、香茶。
シンプルだが、それがいい。
自家菜園をしている店主が、「今」を選んで摘んで来るこの野菜、そして、ベーコンのあぶり具合が最高だ。そして、この白パン。
かの「剣聖」の実家から仕入れているそうだ。

そういえば・・・剣聖さん、イシュガルドに行ったんだよねえ・・・

前向きな所は好感が持てるけど、突っ走るクセは・・・
ああ、旦那さんが慎重派だったか。

最後の一口を香茶で流し込んで、立ち上がろうとする前に、隣に。
「ひさしぶり?フュ?」
ぎょっとして、隣を見る。
グレイの髪を一房にまとめた女性。
同年代にも見える横顔は微笑んだまま「香茶ちょうだい。」などと・・

「えー・・・・と?」
「あら?おはよう。挨拶が遅れたわね。」
「あああ、はい。おはようございます。」
にっこりと笑顔で挨拶をしてくる魔女は、なんとなくコワイ。
こちらも、できるだけ笑顔で振る舞おうにも、どうにも引きつっているのが自覚できる・・・

「な、何か?」かろうじて声をだすものの・・・ 
「あら?通りすがりに見つけたから、よ?」
「ですかにゃ・・。わっちは、もう食べたので・・」
「つれないわね?もう少しお茶に付き合ってよ。」
この言葉には・・・
逆らう勇気は無い・・・

「で、お兄さんはお元気?」
イキナリだ。
ナニコレ?
少しパニックになりかける。
「あ、ああうん。だいじょうぶにゃあ。」
「そう?」
「うん。うんうんうん。」汗が背筋を通り過ぎる・・これは、暑気にあてられて、ではない・・

「あたしの事、嗅ぎまわるのは結構だけどね。程々にしておかないと火傷するわよ?」
ビクっ!
尻尾の毛が逆立つ・・・

そう、早朝から出歩いていたのは、まさに「魔女」の動向を探っていたから。
昨日、どうやらカヌ・エ・センナ様と会談をした。
これは、確認済。
昼過ぎあたりから、夕暮れまで。
その後の動向を探っていた。

変わらず、カフェに赴いた後、鬼哭隊詰め所に。
ここまでは想定内。

が・・・その後の足跡が全く捕まえることが出来なくて。
もちろん、移動術式で他の街に行った事も十分ありえる。
なんなら、イシュガルドまで足を運んでいてもオカシクはない・・・
が。
予想に反して、カフェの宿からひょっこり姿を現して。

でも、尾行なんてしない。
なにせ、「魔女」は超一流の諜報員でもあるから。
自分ごときでは、到底無理がある。
なので、居そうな場所を趣味の屋台巡りがてら張っていたのだけど・・
まさか、イキナリの相席。

んぐ。
のどが鳴るのを止められない。
しかも。

兄の動向まで探りを。
冷や汗が背中を伝う。

「そう?ならいいのだけど。」しれっと答えてくる。
ドコまで情報をもっているのだろうか?
おそらく、自分ほどには無いハズだが・・・?

「え。えぇ・・・にゃ。」
強張った笑みしか浮かべれない。
もう、完全に失策だが、今更。
ならばいっそ。
「その・・・魔女様は、ドコまで?」
その問に。
「あら?貴女なら知ってると思ったけど?」
これまた、しれっと返してくる。
「情報交換、と行きませんか?」まだ、切り札はあるが。今、ここで晒すのは安直すぎる。
「いいけど?」これまた、あっけらかん。

・・・・どういうつもり・・・? 緊張がかなりほぐれてきた。

「わっちの持っている情報は、ウルダハでの政変、イシュガルドに竜族の侵攻があった事。」
「似たようなものね。あたしはそこに一つ足してあげるわ。カヌ・エ様との交渉。」
「知ってる・・けど、内容は。」
「こっちのカードは切ったわ。そっちの見せてないカードを切る番でしょ?」

・・・・・

もう、バレているかもしれない。
そして、その確証を得たいのだ。
「だから、グリダニアで自分を待っていた」
この思考にたどり着いた時、手遅れだと悟る。

「わっちの兄、クォが、イシュガルドに手回しをしている・・・」
「やっぱりね。」
「でも。何が目的なのかは教えてくれない・・・」
「そりゃあ、アイツはそういうヤツだから。」
「ただ・・・貴族にコネをつけた、みたい。」
「へぇ。そこまで暴露しちゃって大丈夫?」
「はい。・・・でも、この返しはあるんですよね?魔女。」
「そうね。カヌ・エ様、提督は、近く「政変」の真偽を公表するよ。それで追われる豪商が出てくることも織り込み済み。
ナナモ女王暗殺の嫌疑をかけられた、「暁」も身の潔白を証明できるでしょうね。」
「その・・・ナナモ女王は、本当に?」
「まだわからない。公表されているのは毒殺、ということだけ。ピピン君が、色々と調べてくれているけど。」
「ピピン君?」
「あの闘牛オヤジの養子。知らなかった?」
「え、名前くらいは知ってますけど。養子だったんです?」
「あのオヤジ、見た目はイカついくせに、ララフェル大好きな・・・」
「え!?」
「いやいや、個人の趣味は置いておこう。」笑いをこらえているのが見て取れる。

あのイカついハイランダーの勇者は、片腕を失くし、いまだ監獄に囚われたままのはずだが・・なんだか、ララフェル族の事を「愛玩」とでもいうべく、
気にかけているのは周知なところ・・
なんだか、確かに微笑ましい。
が、あの政変の後では、返って痛ましい。

「これで情報交換は終わりでいいですか?」
「そうね。お互いまだ手札を切るには早過ぎるしね。」
「・・・・」
「そうそう。帰り道は気をつけた方がいいわよ?」
「生かしては帰さない?」
「違うわ。あたしは殺生沙汰がキライだもの。」
確かに。魔女の「不殺」は有名なところだ。

ということは。
「目をつけられた、ですか?」
「ええ。ブルーのコートの連中がちらほら。あんな目立つ格好で隠れてるなんて、それこそ爆笑モノよね。」
さすが、というべきか。
自分では気が付かなかった。
「あ、あたしはこれから所用があるから、ご一緒できないけれど。代わりに。」

「お嬢様、お迎えに上がりました。」
銀髪、漆黒の肌のエレゼンの女性。いつもの給仕服でたおやかに腰を折って挨拶を。

「呼んどいた。」と、魔女は席を立つ。
本当に抜け目がない。

魔女は。すたすたと、木陰に歩いて行くと、スカートを翻し綺麗な曲線を描いた回し蹴りを。
「今の会話、聞かれちゃったかな?」
少女のような笑みで、ブレイブの隊員を締め上げる。
完全に不意を突かれた隊員は「知らない・・」とあえぐように。
「そう?でも、じきに知れちゃうか。しばらくは寝ておいてね。」
首に掛ける腕に力が一瞬だけ入るのだけは見えた。

そして、崩折れる隊員。
「じゃあ、ベッキィ。後はよろしくね。」
さっさと立ち去っていく。

「お嬢様、まだ3人ほど近辺に居ます。何喰わぬ顔で行きましょう。」
「うん。」
給仕としては落第どころか、最底辺の彼女だが、護衛、諜報となれば一級だ。
安心して歩ける。
まあ、逃げ足には自信はあるけれど・・・

そろそろ賑わってきた商店街を抜ける。
流石に連中でもこの人混みや、衆人環視のもと、荒事はできないだろう。

が。

「そちらは情報屋さんでしたかな?」
男が一人。青いコートではなく、普通の商人のような。が、剣呑さがそれを裏切っている。
「わっち?」
とぼけてみせる。
「そちらの給仕さんは・・・見かけないですが。ミコッテの貴女、とは聞いていますよ。」
「へぇ?じゃあ、わっちの好きなものも知ってるよね?」
「屋台。でしょう?」
合言葉。
が。
「ざんね~ん!毎日、合言葉は変えてるんだ。知らないなら、ド素人だね。ベッキィ。」
「はい。お嬢様。」
「おいおい。給仕のお姉さん。荒事には向いてっ」後半のセリフは、吹き飛ばされて聞こえない。
銘入りの武具「デストロイヤー」を構えた給仕は、拳を収めること無く、次の標的に向かう。
「わお。」

黒い旋風と化した彼女は、次々と青いコートの男共をなぎ倒していく。

もう、一観戦者となった自分だけれど・・・
あ。
お昼、何にしよう?と思いながら、たまにはカーラインカフェもいいかもしれない。
女主人、ミューヌとの情報交換も必要だ。
おそらく、先ほどの魔女との情報を共通できる。

「ベッキィ?」

「はい!」
漆黒の給仕は、満面の笑顔。
ただ、返り血が白いエプロンをまだら模様に染め上げている・・・
「一旦、「家」に戻ろうか。」
「かしこまりました。」

流石に銃は持ち出していないようだが、十分に「ニンゲン凶器」そのものである彼女がいれば、帰り道も安泰だろう・・・


そして。
昼食を終え、情報の交換も済み・・・

「兄様・・。」
大丈夫だろうか?
今はパールで伝心してもつながらない。

兄は、暴虐と謗られているが、決してそうではない。
家出をした自分に十分に気を使っている。

と、思う。

でなければ・・・
いや、考えまい。


夕暮れも過ぎ。

そろそろ、お腹も空いたな・・・・
街中の「青コート」は、ベッキィが率先して排除にかかっている。
おそらく、一人でも出歩いても大丈夫。

こっそりと。「家」を出て・・・


黄昏時に、彼女は露店探しに。

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