798セブンス。少し先の話・・・・・今宵。

「いい月。」
森の都に引越してきて想うのは故郷の月だが。
この街の月も悪くはない。
姉だって、こういうのは嫌いではないだろう。
なんせ、人一倍風情にこだわるのだから。

そして・・・・

「いい話だ。」と言われ・・・
正直なところ、自分でもどうなのかな?と思って。
どこまで話せばいいのかすら・・・。

恋愛も人並みにしてきたつもりだし、聞かされた話にしても・・・

「僕と結婚してください。」

いきなりだった。
白髪を長く伸ばし、結い上げたいつもの格好で買い物をしている時。
その青年は、本当にいきなり。
「実は・・・・ずっと気になっていたんです。」と。
「は?」としか答えられなかった自分は少し間抜けに見えたかもしれない。
もし愛刀、子狐丸があれば鞘から抜いたかもしれない。
ようするにこれはパニックなのだ。
そう。いきなり求愛されるのはよくある事かもしれない。
しかしそれは、軽い気持ちの・・・そう、今夜の相手を求めて、みたいな。
でも。
青年は真摯な表情で訴えるように自分の手を取り・・・・
じっと目を見つめている。
「嘘・・・・」としか。
そうとしか言えなかった・・・。

赤毛の青年は「本当ですよ。」とだけ。

白雪は・・・何のことか、別の世界の話を聞くかのように。
「あの・・・その?」
言葉が続かない。
もし、もしも本当だったら・・・
姉と居候のそろそろ青年になる少年との生活が変わってしまう。
少年が自分に淡い恋心を抱いているのは知っている。姉もそれは承知だ。
でも。
もし。
青年は遅ればせながら、と言いながら名前を告げてきた。「ナルサフ、と言います。」
優しげな笑みは、たしかにドキリとした。
「いえ。貴女が買い物をしている姿を見かけ、とても気になったんです。これでも商家の生まれで。是非、お声をかけたくって。いきなりな告白で驚かせてすみません。
でも・・毎夜、夢に出てくるほど焦がれてしまって・・・。もちろん、貴女のお気持ちを尊重します。不躾な自分を許して欲しい、とは言えませんが・・・。」

白雪は本当なところ、混乱しかできない。
紅い着物の袖で口元を抑え・・・買い物に来た事すら・・・
「あの・・・。」
過去には姉と恋の鞘当すらしたこともある。
その時選ばれたのは姉だったが・・・・
いきなりな求婚とは。
「ナルサフ、さん?」
「はい。」
「その・・申し訳ありません。さすがに即答とは行きません・・・少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ。それと・・大変失礼なのですが・・・ハクセツさん、でいいんですよね?」
「・・・・!?」
「いえ・・・。その。買い物をされている相手から伺いまして・・。」
「・・・はい。」
「明日、とは言いません。近いうちにお返事をいただけますか?」
「・・・はい・・・考えておきます・・・。」
「ありがとうございます。では、大体この時間にこのあたりにいるとしますよ。」
青年は去っていく。



「キーファーさん。」パールを使う。
「どうかしました?白雪さん。」青年は常の通りに。
「実は・・・・」

「ああ、そうですか。いいんじゃないですか?」
「その・・・「家」とかは?」
「そうですね、基本秘密ですよ。バラしちゃったら殺しますからね。」
「・・・。」
「ですが・・・明日までには、というか。その彼なら大丈夫ですよ。」
「・・・どういう意味です?」
「彼はおそらくかなり前から貴女の事を知っています。だからこその求婚じゃないですかね?」
「どういうこと?」
「ナルサフさん、でしたっけ?」
「ええ。」
「メーネ商会の御曹司ですよ。それも「家」の取引先でもありますし。それも踏まえたうえでのことかもしれませんね。
彼自身も浮ついた噂もありませんし。僕としても止める理由がありませんね。相談するなら姉上とされれば?」
「そう・・ありがとう。じゃあ。」
「ええ。お幸せに。」

どうしよう・・・。


姉に。
「いい話だ。」
その後。
「今宵はいい月だ。」
「その・・・・」
「お前はどうしたいんだ?」
「それが・・わかればいいんです。」
「おい!ガキ!」
「姉さん!」
「えー、呼んだ?」
「ミッター、いいから寝てて。」
「ガキ。鼓をもて。」
「姉さん!」
「一つ、舞おう。」

ぽん、ぽん、と小気味のいい音。白雪は吟じながら。鼓を打つ。
拍子に合わせ、姉が舞う。

「白。お前の人生だ。好きに舞え。」

「姉さん・・・・」


婚儀の場に姉は現れることは無かった。でも・・・
「ありがとう・・・。」と。

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