796セブンス。少し先の話・・・先端。

「語不。  壱之太刀 燕飛。」

抜刀されてから刹那。
月光を照り返し、銀色が二度煌く。

それを覆い被すように黒髪が翻る。

相手はくるくるっと。
糸の切れた人形のように、回ってから倒れる。
振り返る。

ミッタークは何が起こったのか・・・今見えたのは、人が銀光の後に倒れただけ。
イマイチよくわからない。

ひゅん。

黒髪の美女が銀光を振るう。
月光に照らされるその姿は美しく。艶やか。そして。
振るわれた銀光から散らされた飛沫は濃い赤色。

「ガキ。これが私の仕事、だ。」

「・・・・・・・・」
言葉が出ない。

「なぜ?と聞きたいか。答不。(こたえず)」

ミッタークはそろそろ年頃になってきて・・・一人でも生きていけるようにして欲しい。と。
父親が他界したのを理解して、自分の境遇にも段々と慣れてきた。
何故「家」から出歩くのを厳しく禁じられていたのかも。
そして、剣術を教えてもらったのも。
それでも。
やはり、なんとか・・・自分の道みたいなものが欲しかった。
いや、導いて欲しかったのかもしれない。この女性に。
ただ・・・・解ったのは、人を殺める事。それが彼女の仕事で。
そして、彼女の妹はそのサポートだという事。

「ハ・・ハク姉ちゃんは・・?」
なんとか声を絞り出す。

「ガキ。今はソコじゃあない。コイツの首を落とせ。」
え?
「少しコツがいる。関節に刃を入れないと一晩中ごりごりとこするハメになる。」

黒雪は着流しに返り血すら浴びずに。
煙管(キセル)を取り出し、葉を詰め、火棒から・・・
「ふう。」
一服すると、コンと煙管を近くの岩で叩いて灰を落とす。
「まだか?」

ミッタークは・・・手に持った大ぶりのナイフを震えながら痙攣を続ける相手の首筋に・・
「その・・まだ生きてるんじゃないの?」と。
「阿呆が。殺すのが目的だ。さっさと止めを差してやるのが人情だろう。」彼女のセリフに。
「もしかして・・・」
「ああ。ちゃんと殺してやらんかった。」佩剣、雨の村雲を見せつけるように。
「な、なんで?」
「一つ目は、お前に人を殺める、という事の重さを教えるため。」
「え?」
「二つ目は、その男の罪状にふさわしい罰を与えるため。」
「え?」
「そいつは、女の新米冒険者をたぶらかして娼館に売りさばいてた下衆だ。今まで売られた娘は10人を下らん。
最低でも10回は死ぬ目に会わさないと売られていった娘達に申し訳たたんだろ?」
「そ、そんな・・。」
「お前も男なら度胸をつけるか、そいつが売った娘を買いにくか、どっちかしろ。」
「僕は・・・。」

もしかすれば・・・ハク姉ちゃんだってコイツの毒牙になっていたかも・・・いや、黒姉ちゃんがいれば・・・

ざすっ。

男の首筋に刃を突き立てる。
「!」吹き出す赤い飛沫に身をよじり、避けようとするがどうにもできない。吹き出す赤い、暖かい液体が顔を・・・濡らしていく。

「どけ、ガキ。」
やはり、早かったか。いや。遅かれ早かれこの「仕事」は話すことになっていた。
あのへらへらした銀髪の男の話だとそうなっていた。
忌々しい。

ひゅん。

鞘から抜き放たれた刃は別名「草薙の剣」の如く、下衆の首を払い飛ばす。

「ひ・・・。」
そろそろ男としてもしっかりしてきた、のだが。やはり現場を見るには少し早いのか。
「ぼうっとしてるな。さっさと袋に首を詰めろ。お前の仕事はまずはそれだ。」
「・・・・。」声もない。
黒雪は・・・
「言っておくが・・・。近場でよかったな。戦場で敵将の首なんぞ落とした時には塩漬けにするんだ。クチの中、目ん玉の中にまで塩を詰め込んでな。」

ぐぶ・・・。胃から逆流してくる勢いを抑えきれない。
「塩も安くはないからな。いい待遇じゃないか。」
黒雪はにべもなく。

もしも・・もしも。
彼女が戦場で果てる事があれば、塩漬けの首にされるのだろうか?
それとも、一兵として打ち捨てられるのか・・・
ミッタークは、吐き気を飲み込み袋に首を入れる。
「その・・・僕もさ。いや、俺もさ。その・・」
「この仕事、イヤならすぐに「家」から出て行け。私にはなんの問題もない。」

そんなこと・・・。
考えたこともなかった。
それに。
父の仇を探すのも必要だ。
どういった死に方をしたのかは知らないが・・・
おそらく、こういう暗殺だったのだろう、ということは分かってきた。
ロクでもない父だったが、母に対する愛情だけは本当だった。
幼いながらもそうだったとわかる。いや、分かりたい。
例えそれが、子供の幻想だったとしても。

「・・・やるよ。俺。」

ふん、とだけ。
彼女はそのまま踵を返し「家」へと向かう。



黒衣森の夜は深い・・・・


その後を追い・・・・黒ねえちゃん。



微かな。
本当に微かな。
疑念もある。
でも。
これは、恋心ゆえなのか。それとも。
喉の奥に刺さった棘のように、答えも出ず、単に奥底にしまって置くだけしか・・・
今は・・。
じくり、とした痛みを伴う感情をどう制御すればいいのか、悩むばかり・・。
ハク姉ちゃん・・・。
もう一人の彼女の笑顔を思い浮かべる。

双子の姉妹。
そのどちらに恋心を抱いてしまったのか。
そろそろ、決着をつける時が来たのかもしれない。

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