459書き物。それからの・・6

「なあ。坊主。」

海運国家リムサ・ロミンサの物騒な朝。
とりあえずは用意してもらった焼きたてのパンとミルクで朝食を済ませ。

一人の女性は、連れ添った青年に今後の方針を伝える。

ナイトノッカー(迷惑来訪者)が行く、と。そう伝えろ。
実際問題として、そんな伝言を伝えたところでどうなることやら・・。
かえって追っ手が増えるだけなのでは?

「んで?どうなんだよ?グランツだっけ。あのおっさん。返事あったのか?」
髪を後ろに縛った少女、いや。
確か二人は子供がいた筈だ。そのうち一人はすでに結婚して、夫婦で旅行・・。
年齢を感じさせない目の前の女性は、「魔女」としてこの街では知らぬ者などいない。モグリでなければ。

「いえ。その・・大変申し訳ないのですが、さすがにそれは・・。」
このとんでもない女性が殴りこみに行くから、事前に連絡、など。まあ、修辞というか、揶揄かと思えば・・・・。本気だったようで。

「つまらないわねえ、そんなんじゃいい女捕まえられないわよ?」(娘が掴まったのはそんくらいのヤツだったようだけど。)とぶつぶつ。
「まあ、パールよこせ。」
!!!!
これには参った!まさかここまでとは!
渋っていると、腰の長爪(バグナウ)に手をかけそう、というかすでにかけていたのだが。
「はい・・。」右手に豪奢な装飾のされたリングに収まったパールをリングごと渡す。
「よし。」

「おい。聞こえるか、ってか通じてるか?グランツ。」



しばらくして。

「なんだ?・・・お前、誰だ?・・・「家」の連中か?」

「おや。つれないねえ。あたしを好き放題使い倒しておいて、お忘れになったのかい?」

「・・・。」
沈黙にはいろんな感情と葛藤がない交ぜになっていて・・。

「そうさ。レティシア・ノース・ヴィルトカッツェ様だよ。今じゃあ天魔の魔女、なんて呼ばれてるけどさ。なんてことは無い。
ただの主婦だよ。でもさ。久しぶりに積もる話もあるんだ。近々、お邪魔させてもらうよ。」
「な、何を・・。大体お前を利用していたのは政府達じゃないか。
というか、それを言うなら俺は関係ないだろう?親父は知らんが、もうくたばった!」
言い訳が伝心を通して。言葉にすれば耳を塞げばそれでいいのだが、
心に伝わってしまうパールでの伝心には、悪意や欺瞞が隠されていたりするのか、どうにもイヤな感触を残すヤツがいる。
例えば、今のような。

「テメェだよ!あたしの師につまんねえ横槍いれてやがったのはっ!」

「・・・ふ、来るなら来てみろ。」
「ああ。この迷惑来訪者、憚ること無く通らせてもらう。」

パールの付いたリングを放り返し。

呆然とした青年に「宣戦布告は終了した。んじゃやろうか。」
「あの・・?」
「気にするな。あたしがあんたら二人を見たのは、つまるところそういうことさ。
わざと声に出してパールの伝心をしたのは、あたしが偽りを語っていない事を示すため。
まあ別にあんたらの親父を殺そう、ってんじゃない。その辺は心配するなよ。」
「はい。」
「それじゃあまず・・。」

エーテライト。
蒼い光のクリスタル。何も固定されていない、どころか自律稼動し続ける移動術式の基。
その周辺にあからさまに空気の違う連中がいる。

その一人に無遠慮に近づき。
「え?ちょっと!レティさん!」青年の声もむなしく。

「あら、お兄さん。いい男ね。ちょっとお付き合いしてくださる?」
「あん?」
「夢の世界に連れて行って。」しなだれかかるように。
「お?」
他の男達も色めき立つ。
次の一瞬が目に見えていれば。あるいは違う選択肢があったのかもしれない。


合わせて5人。
これだけいれば、大した力もない青年一人の捕獲くらい問題ないと。場所はエーテライト付近。
冒険者達があふれ、人の流れも激しい。ここでの荒事など、海賊も多い、というか、海賊国家なら話題にもならないだろう。

一人を除けば。


「あ・・・。」
腹にめり込む拳。
足は踏み込まれ、倒れることを許さない。
男はにっこりと笑う美女の顔を最後の映像に、意識を失う。が。立っている。奇妙なことに。
足が絶妙のバランスで男の足の甲を踏み込み。痛点としては激痛レベルのポイントを押さえ、意識が飛びそうになれば押さえ込む。
悲鳴が上がらないように、艶っぽく指を男の口の中に入れているが、噛み千切られないように、これも下顎を押さえ続けている。
「あ・・が・・。」
「ねぇ?あたしを満足させてくれる男はいるの?」
妖艶な笑み。
もちろん周りの男達は、腹から滑るように口の中に指を入れた仕草しか見えていない。

「魔女」という女性を知っていれば、起こさないであろう絶対の失策。

「お、オレ!」「いや、俺だ。」「おれだろう!」「オレだ」

少し離れた場所。
人目のつかない橋の上。
4、いや5人の男。
それぞれに度肝を抜かれた上に、失神する前に「魔女」と。

抱きつくように相手に近寄り。急所に拳を叩き込み、悶絶させて声すらあげさせない。

唖然とした青年に。
「ああ、左・・向かってね。急所があるから。ソコをつつけば倒れるって。
まあ、刺したわけじゃないから死なない、と思うけど。思うのは人の勝手よねえ。」
にこやかな表情。

右手で、ふぁさっと束ねてある髪をかき上げると。
「困った。あと一日あるんだよねえ・・。バデロントコにはマユ達いるし。どーしようかなあ。ウルスリにでも聞くか。」

「ああ、大丈夫ですよ。」と突然の声。
金髪のクセ毛の。

「ウルラ。あなた、マユほったらかしにしてきたの?」
「いえ。あの子はいま夢の中ですよ。起こすのも気がひけて。これで帰ります。」
「そりゃご苦労さま。あたしは見ての通り。離脱しちゃうわ。」
「はい、なんとか言い訳を考えておきますよ。それと、追加で3人ほどいたので海に放り込んでおきました。」
「それはグッジョブね。さすがマユが見込んだだけのことがあるわ。」
「あの?」
「ああ、彼は」
「マユの夫、ウルラです。お見知りおきを。」一礼。
「じゃね。ウルラ。言い訳考えるのめんどーでね。あなたなら任せられるわ。よろしく。」
「はい。ではお気をつけて。」金髪を揺らし、足早に帰っていく。妻が起きる前に寝台に戻らなければ。というところか。

今のは・・。自分よりも若い?青年?少年?が・・。
普段着であっさりと刺客を3人も相手にするとは。ヴァッペンは驚愕しかりだ。
でもまあ、任せて信用に足る人物なのは間違いない。
自分の舵取りをこの一日任せてみよう。そう思えた。

「あらためて、貴女、いえ。貴女方が凄いと思いました。よろしくお願いします。」

「なーにを今更。」魔女はにやけている。

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