272書き物。黒髪の少女。セーイ(6)

黒髪が。

潮風になびく。

長いつやのある、その少女の髪。

夕暮れ時から、ただその場にいる。

船のマストの上、見張り台。

私掠船アスタリシア号。

その船の中での立場は此処にある。


海賊船団の撃滅任務から数えて、1年半。
少女はこの船での立場ができていた。

「なれねぇなあ・・。」
見張り役は交代制だが、夜は彼女と決まっていた。
すっかり伸びた前髪を左手でかきあげ、眼をこらす。
その眼は金色に輝いている。

ぼやく少女に、「おーい!いたかあ!!」と、下から声がかかる。
ちっ、と舌打ちをすると少女は「見えねェよ!」
と答える。

少女らしからぬ言葉使いの少女は、黙っていれば誰もが振り返るだろう。
それほどに繊細で白い顔に見とれてしまいそうになると、驚かされることになる。
その右目は、長く真っ直ぐな黒髪と同じく夜の色。
そして。
左目は、照らし出された満月のように金色だ。
オッドアイ。
左右の眼の色の、それもあまりにも鮮烈過ぎる色合いに、誰もが硬直するか、目を背ける。
加えて、この言葉使い。
それこそ、寝顔は彫刻のように穏やかなのだが、誰も見ていない。
見れば、口説き落としたくなるよりも、見とれてしまうだろうか?
そんな訳で、少女はあまり街が好きではない。

が、そんな少女の左目は生来のものではない。自ら傷つけ、その代用として魔法の眼が移植されたのだ。
そして、その眼の効果は「暗視」「望遠視」「マーキング」
ゆえに、見張り台の夜の当番なのだ。

「ったく、あのおっさんも人使いが荒ェなあ。」
船長のことを「おっさん」呼ばわりしながら「偵察」を続ける。
少女の場合、もともと視力がいいのだが、この眼のおかげで望遠鏡などいらない。
「たりィ。」
耳にかかる黒髪を、指でくるくると巻きながらいい加減な偵察を続ける。

今回はウルダハと交易している商船の鹵獲。
表面上、ウルダハと敵対はしていないが、こういった裏仕事は回ってくる。
「高度な政治的理由」があるらしいが。
黒髪の少女にとってはどうでもいいことで。
結果、このやる気の無さにつながる。

「ん?」少女の視界に何かが映る。
普段から「望遠」にしていれば、頭が痛くなるようなコトになるため、こういう時にだけ「望遠化」する。
もう夜が近いが、この眼にとっては関係が無い。
あれか。
次に「マーキング」こうしておけば、常にターゲットを捕捉できる。
「はぁ。見つかっちゃったねえ・・。勤勉すぎるのも僕の悪いトコロかな。」
ため息と共に、見つかってしまった船の未来を少しだけ憂えてみる。
「おーい。いたぜーー!」
「でかしたっ!どこだ!」
「あっち。」
「なんだってー?」
「アッチだよ!」
「だから、あっちってどっちだ!」
北極星を観て、方角を測る。
「北北東、距離は・・13海里ってとこロかなぁ!」
「わかった!!」

「あーあ。僕もお仕事かぁ。」
まだしばらくは此処を動けない。マーキングしてある標的が逃げ出しても追い掛け回すためだ。
とりあえず、腰を降ろして手じかに置いてあるフルーツジュースに手をつける。
こうしていると、年相応の少女に見えるのだが。
その背には、黒髪だけではなく、大弓。
「おーい!お嬢!ヤツはこっちに気がついたか?!」
「その名で呼ぶンじゃねぇって、何度も言わせンなよっ!いい加減、マストにぶら下がるマスコットにしちまうぞッ!コラッ!!」
少女の怒声。
「わりいわりいっ!」男はこの少女の気性を知っているが、どうしても見た目でそう呼んでしまう。
「で!?」
「気の毒なこった!」
「わかった!!」


「さあて。逃げ切れるかナ?仕事の時間っと。」
少女はニヤリ、と金色の瞳をかがやかせ、飲み終えたジュースの容器を下にいるはずの男に投げつけた。

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