991外伝2 ニャンと!

緩やかな午後。

穏やかな風にあたりながら、レイ・ローウェルは久しぶりに社長室ではなく、校庭の片隅にあるベンチで自前のお弁当をぱくついていた。

「う~ん、平和が一番、よね。」

かつては。対帝国戦にも従軍し、特殊な陣地の構築などもこなした事もある。
あの胃が擦り切れるような現場から思えば、今の雰囲気は和やか以外の何物でもない。
ただ、本社からくる「無茶振り」や、教え子達の「問題」もそれなりにキビシイが、あの戦場からすれば命のやり取りではないだけマシだなあ、と。

お弁当の最後の一切れを口に頬張って。

そこに。

「あの。」
校庭で皆と遊んでいた少女。
たしか・・・この、オレンジ色の混じった髪のミコッテの少女は、かの鬼哭隊の隊長の孫のはず。

「どうかしたの?」
優しく声をかける。もちろんだが、出自を気にするわけではなく単に自分の中で覚えやすいため、一人一人に特徴を気にしている。

「うん・・・」
少女は、おずおずと。
尻尾を見せて、「ココ。」と、左手で。
「どうかしたのリルちゃん?ケガ?」
もし、遊戯中にケガをしたのなら、現場に居た講師に事情を聞いて改善点を考えねばなるまい。
先の問いかけに、「あのね・・・」と話を切り出す。

・・・・・・・・・。

「なるほどね。」
彼女が尻尾にサボテンの針で、少なからず痛い目に遭い、それが(彼女にはいい薬だなあ、と思いながらも)ちょっと、イタイ話だな~。
なにせ、彼女は母親に似ず、のんびり屋。
母は、鬼哭隊でも活躍著しい。
(シャンさん、娘さんにもキビシイんだね・・)
「リルちゃん、その事は私からもシャンさんに言っておくから。」
「にゃ。」
「でもね。お母さんは、あなたにもっとがんばってほしい、という期待を込めて、あえてきびしい事をしていると思うの。」
「にゃあ・・」
「だから、お母さんを悪くおもわないでね。」
「にゅ・・。」
「わかってくれたかしら?」
「うん。ママにもちゃんとおはなしするにゃ。」
「そうね。それがいいわ。」
「校長先生、ありがとニャ!」
「どういたしまして。また相談事があれば、いつでも聞くわよ。」
「にゃ!」
少女は駆けだしていく。
それを見送りながら・・・

左手で自分の腰の後ろをなでてみる。
背骨の延長線上に、腰の骨がある。そして、その先にかつてはあったと言われる尻尾の名残の骨も。
尾てい骨、といわれる骨。
それが退化せず、逆にバランス感覚を得手にするために進化させたミコッテならではの器官。
ヒューランの自分には、その尻尾の感覚は想像するしかできないが・・・

「あ。」
考えてみれば、職場というか上司達は揃いもそろってミコッテばかり。
彼女達に(男性もいるが、彼には聞きたくはない。)意見を求めてみるのもいいかもしれない。
「あ、エリス先輩?」


「あー。レイ。」
濃いグレイの髪の妙齢の女性。
仄かに光る小さな珠。
「どうかしたの?」
後輩にして、親友の赤毛のヒューランの顔を思いながら。

「な、なんだとぉ!」

その報告、いや、相談?
自分でも、その境遇に会えばおそらくは・・・・・・・・
いや、想像するだに尻尾の毛が総毛立つ。
「シャンさん、鬼だ・・・」
同じくミコッテである知人の顔が思い浮かぶ。

「あのね、レイ。」
「はい?」
「ミコッテにとって、尻尾はかなり重要なのだよ。」
「ええ・・それはわかっている、と思うのですけど。ただ・・私には、その感覚がイマイチ分からないんですよね。」
「あー。 なるほど。確かに。じゃあ、質問を変えようか。」思案してからなのだろうか?
「レイ。」
「はい。」
「何かの拍子で、腰を打ちつけた事ってない?」
「・・・・・・・・・・・」
「たとえば、足を滑らせて、机の角とか、まあ、そんな事。」
「・・・あー・・・ありました。あの時は腰のホネが壊れるというか、背筋に電気が走りましたね。腰に雷撃系の術式でももらった感じです。って、アレですか?」
「そうだね。そのくらい敏感なのよ。」
「そうでしたか~。そこにサボテンの針はかなりのショック療法ですね・・寝坊に対しては。」
「まず、跳び起きること間違いないね。」
「あらら・・・」
「相談、ってこれだけ?」
「はい。時間を使ってしまって、すみません。」
「いいよ。レイは頑張りすぎだから。また、どんちゃん騒ぎで息抜きしようよ!」
「はいっ!ありがとうございます!」
「じゃあね。」
「はい!」


ふう。
レイってば、本当にがんばり屋だね。
エリス・ローウェルは、後輩であり、先輩(社長抜擢は彼女の方が早かった)であり、気を許せる親友でもあるレイとはとても気が合う。
双子の姉いわく、「お前は緩すぎる。」性格が、レイの真面目な所と合うのかもしれない。
姉は、ガッチガチの生真面目で・・・それがかえってレイみたいな、「かわいい妹」的な性格と合うのかもしれないな。とか。
「さ~て。」
パールによる伝心の最中にもかかわらず、書類の整理や認証の確認印を流れ作業のようにこなしながら「さて・・せねっちには、報告した方がいいのかな~?」
尻尾を少しなでながら。


「なんだ?」
少し?不機嫌な声色。それは、パール越しでも、いや、感情も含めて「伝心」される故にことさら強調される。
セネリオ・ローウェル筆頭秘書は、目の前の書類の山に埋もれる社長を見ながら。

アリティア産業本社。
その社長室にて、彼女は双子の妹からの報告、とも言えない報告をある程度聞き流しながら、目の前の社長に「早く終わらせないと徹夜ですよ?もちろん、私は帰りますけど。」
「・・せ・・せんちゃん・・・・」
こぼれる社長のか細い悲鳴?
「なんでしょうか?」
「この・・・書類の山は、・・・いや・・・分かってる。わかってるのよ・・・」
か細い声は、さらにか細く・・・

先だって始めた起業のひとつに、遊興の施設があり、さらに加えて本業の需要も増え。
嬉しい悲鳴ではある。
嬉しい。のだが。
書類が今まで以上、といえば、かわいい表現かもしれない。
実際問題として、今までの倍にも上る業務処理で、筆頭を名乗る自分でさえ纏めるのが大変だったのだ。
別会社を設立させたとはいえ、その社長も秘書あがりの異例の抜擢であり。
彼女の能力を疑うわけではない。
むしろ、元秘書の経験を活かして、的確な書類を分別して寄越してくる。
この人事は確かに最適だったといえよう。
推薦しただけの価値はある。
だけれども・・・・
この目の前の社長は、発想や行動力は確かに目を見張るものがあり、しかもその行いには敬意に値すること、金貨で量ることはできない。
なので、「無名の腕」として、自身が表だって出る事は極力控えている。
だが。

軽くため息をつき。

本当に事務に関しては「手」が遅い。
その理由は知っている。が、あえて、それを言わない。
「書類の確認に全文を読んでから、認証をする」のは当たり前だが、そこに個人的な感情を交えすぎている。
自分からすれば、内容を把握すれば、イエスかノー。それだけの事なのだ。
だが、この社長はそうではなく、どうにも手間をかけている。
そんな所に、聞き流していた妹の伝心。

ほう。

「わかった。」
伝心を切り終え、もう一度社長を見る。
どうにも、いっぱいイッパイな感じは伝わってくる。

セネリオは「少し席を外します。」
とだけ。


「はふ・・」
背筋、両腕、尻尾と同時に伸ばし、「う~ん!」
デスクの下の足も伸ばす。
「せんちゃんったら・・お目付け役もいいところだよう・・・。」
日もとっくに暮れて、暗がりのオフィスをゆらゆらと、ランタンの明かりだけが。
「お腹すいたよー・・・。」
夜食の一つでも頼みたいところだが・・・
「太りますよ?」と、せねっちに言われている。
かの筆頭秘書は、居なくてはならない貴重な存在だが・・少しばかり自分にキビシイ。
確かに、彼女ほどクールに仕事をこなせず、好奇心の赴くままに行動する事は否めないが・・
とりあえずの休息を楽しむ。
このくらい、ゆるされるだろう。

ノックの後。
「どうぞ。」セネリオなのは、分かっている。

ドアを開けて入ってきた秘書は、片手にトレーを持ち。湯気の上るポットとカップを乗せている。
さらに、観葉植物だろうか?鉢植えになんだか緑色が見える。ただ、ポットに隠れてそれが何なのかはは見定められない。
ただ、生花の類ではない、だろう。華やかな色彩はなさそうだ。
「せんちゃん?」
「はい。社長がお疲れのご様子。ですのでリラックスしていただけるように香茶をビスマルクから。」
「それは、経費?」
「いえ、私のポケットマネーからです。」
「え!?」
「いいえ、お気になさらず。」
「・・・・・(なんだか怖い・・)」
「どうぞ。」
デスクの空いたスペースに、ソーサーに乗せたカップを置き、ポットから茶を注ぎ。
「あ、その・・」
マルス社長は、なんとも気が・・・
「あ、私としたことが。」ぼそり。
「ん?」
ほのかに香る茶をゆっくり(この温度は同じミコッテならでは)喉に流す。
少しばかり緊張が溶けたと思い、リラックスしたまま秘書に。
「いえ。」
「なに?」
「その、お気を紛らわせるつもりはなかったのです。」
「どうしたの?せんちゃん?」
「いえ。知人からいただいた鉢植えをどこに置こうかと。」
確かにトレーには小振りの鉢植えがあり、この角度からだと種類は分からない。
ただ、花が一輪もついておらず、緑の葉なのだろうか?枝にも見える。少し水をやれば、綺麗な花をつけるのかもしれない。
「ああ。まだ花が咲いていないのだろう?だったら、陽当たりのいい場所においてやれば?」
「そうですね。それでは失礼して。」
セネリオは、南側の窓の付近。ちょうど社長のデスクの背中側。
「こちらに。」
「ああ。ありがとう。」
「いえ。ですが。」言葉を切り。「今夜中にその書類を片づけていただかないと、明日の営業に支障を抱えてしまいます。」
「あー・・そうですね。そうだよね・・。」社長がカックリと首を・・
「大丈夫です。そうならない為に私も尽力させていただきます。」
「せんちゃん・・・・」
「では、そろそろ時間ですので、私はこれにて。」
「え!!!!!???????」
「それでは、失礼いたします。」
「ちょっ!?」
「明朝に伺いますので、結果を期待しています。」一礼。

ばたん。

ドアが閉まる。

「そんなあ・・・」
目の前の書類は、控えめに見てもかなりの量。
「あう・・」
書類に目を通し、認証印ないしは、サインを。

夜も更けたころ・・
「はにゃ・・」
眠気と仕事の緊張感で、少し気がゆるんで・・
尻尾をふらふら、と揺らし。

「ギニャアっ!!」

尻尾の先にとんでもない刺激が。

振り向く。が、誰がいるワケでもない。
壁際に近い位置に、一つの鉢植え。
そこには。

「サ・・・・サボテンダー?・・・」

先ほどのセネリオは確か、鉢植えを・・
まさか、コレ?

自分のイスは、ミコッテ用に尻尾を自由に動かせるように背もたれが特別なあつらえになっている。
なので、尻尾を自由に動かせるワケだが・・

今までは、少し以上に緊張(セネリオ女史が居たから)していたので、尻尾を揺らす事も控えめだった。でも、彼女が居なくなった途端、少し緊張がゆるんだ。それは認める。
でも!
これは、ないだろう!!!!せねっちっーーーーー!!!!

尻尾の先に刺さっている針を抜きながら。
「うう・・」と、涙ながらに「徹夜しろって、事なのね・・・」
リラックスした時の尻尾の振り幅を考えた上でのこの鉢の配置。
しかも、彼女のことだ。配置した鉢植えを移動させて、また元に戻す、なんていう小細工ができないようにトラップを仕掛けているに違いない。
ヘタに動かす事ができない・・・

「がんばるよう・・・。」書類に向きなおり、作業を続ける大企業の社長。


「あ。」
グレイの髪のミコッテ。
先ほど社長室から退出し、自分の失態に気がついた。
「鉢植え、置き換えられたら意味無いかも・・・・。」
トラップのひとつくらい、仕掛けておいた方がよかったかな?
「まあ、今日はさすがにハードだったから。私も少し疲れていたのかな。」
独りごちながら寝室に向かう、筆頭秘書。

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