989外伝2 少女達の一幕(ちょっと先のお話)

湿った空間。
あまり、そんな空間が好きな人は多くない。とおもう。
なぜなら、鼻腔の奥にわだかまるような濃い湿度は、なんだか鼻がつまりそう。
そして、カビが生えた気がしてならない。
もちろん、鼻の奥に、だ。

「ウィス?」
「なに?」
問いかけたのは明るいグレイの髪を伸ばした少女。
答えたのは、ペールグリーンの少女。

「ココ、もう撤収しようよ~。」
「はぁ?何言ってるの?この奥が親玉っぽいんだよ?いままでのタッルイ相手だけで終わらせる気?ヴィオ先生もっ!なんか言って下さいっ!」
「はぁ・・。」ため息に似た、ため息。
少女達の意見自体はよくわかる。
なんせ、サスタシャ侵食洞穴や、カルン寺院はまさにカビやコケが似合う、というか・・・こんなデカイカビの萌芽なんて見たことないレベル。
復旧や、完全に撤去を主張する話がある仲、このままでいい、と事なかれ主義の連中も。
その理由は、「冒険者たちに攻略してもらうことで、彼らの腕前もあがるし、定期的に掃除してくれるならむしろいいじゃないか。」だそうだ。
ヴィオレットは頭を抱えながら、ラストリゾートを腰のブックカバーにしまいながら。
「ターシャ?今のウィスの意見には私も賛成。せっかくここまで来たんだから、それなりの成果が欲しいでしょう?」
「う・・・ヴィオに言われたら、仕方ないか・・。」
長く伸ばしたグレイの髪を今時の流行りの用にカットするか、このまま伸ばして後ろで結わえるか思案中だった少女。

すぱん。

後頭部を軽く叩かれる。

「お前な。恩師に向かってそれはないだろう?」
くせ毛の金髪の男性。

「パパ・・。」
「ヴァイオレット先生。本当に申し訳ない。あいつが甘やかしたせいで、とんでもない性格になってしまって。」
「ぶー!ママは悪くないもん。」
「ああ、そうだとしてもだ。義母さん・・ウィッチの教育方針てのは、俺でも文句は言えないけどな・・。」
「いえいえ、ウルラさん。私はもう教育指導してるわけじゃなく、メンバーの一人なんですから。そんな言い方は・・。」

大人たちの会話を聴いてか、聞かずか。

「ターシャ?」
「なによ?」
「ワガママ言うんだったら、この後取って置きを出さないからね?」
「あっ!それ言う?ちょっと!」
「ふふん?」
「くっそー・・・・」
(この性格とクチの悪ささえなんとかすれば、結婚を申し込んでくる男連中は山といるだろうに・・)
ウィステリアは目の前の自分より、一回り、いやふた回り小柄な少女を見ながら。

「ウィス?今、なんか変な事考えたでしょ?」
(この、カンの鋭さも男が寄って来ない・・いや、寄り付かせないオーラ?とでも言うのか・・問題は、そのことを本人が気づいていないところなのだけれど・・)
「あのね、ターシャ?先生と、お父様が手伝ってくれてるミッションでしょ?もうちょっと本気というか、やる気だしたらどう?」
「・・・ふん!わかったわよ!」
アナスタシアは、鼻息荒く。
(こりゃ、テュポーン以上にキツイ鼻息ね。  封印してる「無音構成」もやっちゃいそうだ。)

術式を編むための構成を展開させ、そこに魔力を流し込むための「呪」を、声に出して初めて発動する「術式」またの名を「魔法」「魔術」という。
自然の力、もしくは精霊の加護のもと、マナ、魔力を注ぐ幻術とは違い、呪術、あるいは上位の黒魔術は、学問のもと、完成されたものである。
この目の前の少女がその楔を引きちぎって「ありえない」術式を完成させるまでは。

魔術式、広義にはこう呼ばれる基礎理論は、一般的に「術式」で通る。幻術や、白魔術でも。
空間に、自分のイメージの空間を意識して、立体的な方程式を構成する。
呪術式学問には、大きく分けて攻撃術式として、確立されているのが「炎」「氷」「雷」で
物理現象を学問として解明された3系統を突き詰めた結果、こういうことに。

炎は、酸素を燃焼させることで起こる現象だけれど、ただ火種を持ち出したところで攻撃手段足りえない。
タイマツで怪物を退治できるのは、無理というもの。
なので。
酸素を凝縮させる。それも一瞬に近い時間で。でないと酸素が霧散してしまえばそれだけ威力が落ちる。
そのための術式を構成に持っていくために編める方程式を瞬時に展開できなければ意味がない。
だから、いかに早く複雑な構成を展開できるか、がレベル認定に必要になってくる「実技」なのだ。

ただ、あまりにも「規格外」な術式の考案をできる術者はまず居ないため、そういったイレギュラーはあまり歓迎されない。
でも。
目の前の少女がそうだ。
「無音構成」

最初に見たときは、度肝を抜く。というか。
構成を構築している方程式が理解できなくて。
宿舎に戻り、その後湯浴みをして、鏡を見たときにやっとわかった。
これでも学年の元主席だったのだ。このカラクリを。
しかしながら、自分には、おそらくできないだろう。
それほどまでに緻密で、バックファイアの危険性を考えれば、正気の沙汰じゃない。
ただ、唯一にして、絶対のアドバンテージがあることだけは理解できた。

「初手で相手を滅殺できる」

仮に、相手が術式の理論を理解していて、回避や、反撃、ないしは、発動前に攻撃をすることにより、この術式を妨害や、耐える事も不可能ではないかも知れない。
ただ。
この理解不可能に近い構成を看破した瞬間には、術式が発動している、いや、遅すぎるだろうから。
「沈黙の後に術式が発動」すること自体、まず考えが至らない。
仮に、展開された構成に気がついても(術式を知らない人にはそれこそ何がなにやら?だろう)
その時点で「詰み」がわかる。
簡単に言えば、構成が展開された時点で、即発動なのだから。

「ウィス?」
物思いに耽ってしまっていて・・
「あ、ゴメン。」目の前の愛らしい少女が・・まさかのトンデモ術師(士)なんて、誰も思わないだろうな・・
二つ年下の彼女は愛らしい、というよりも、どこか、相手を見抜いて、いや、遊び相手が欲しいんだろう。
なんとなく、そういう考えに。
だって、彼女のレベルについていける相手がいないのだから。

「んじゃ、ボスをやっつけよう!」あえて、軽いノリで。
彼女の祖母、天満の魔女から譲り受けた「デッドハート・バグナウ」を振りかざし。
ウィステリア・ホライズンは陽気に声を上げ。

「そうだな。ターシャ、あんまりはっちゃけるなよ?俺でも耐えるのは限界があるんだからな?」
「パパ、イージスの盾が泣くよ?」
ガーロンド社製の強化剣を構えるウルラ。
「いうなよ・・」
「本当に仲がよろしいんですね。」髪を少し青く染めたエレゼンの学者がフェアリィを呼び出す。
「先生、ターシャはもう放置でいいですよ!」
血まみれ騎士に続いて、爪をなぎ払うように牽制しながら、廻し蹴りを。

「焔」「暴れろ」「爆ぜろ」
火焔系の術式を叩き込む、少女。

「ちょー!いきなりそれか!」もうひとりの少女が必死に爪を振るう。
「ターシャ?まさかとおもうが、毎度こういうことなのか?」盾役の父は必死に敵の視線を引き受けるように特技を繰り出している。
「すみません」と元専属教師たるヴァイオレット。今の一言で支援術式をかけつつ、フェアリィに回復を指示する。

「いや、貴女のせいでは。」盾を押し込み、剣をくぐり抜けさせ、打撃を。
「パパ、ナイス!でも、浮気したらママに言うよー?」
「お前!そんなワケないだろうが!」盾に衝撃が走るのをさらりと流しながら。
「きゃはは!」
爪を立てながら。「ターシャ・・、全く・・ウィッチブラッド(魔女の血統)って、伊達じゃないわ。」
「だって、せっかくなんだし、楽しまなきゃ!」
紫電が走る。
「ちょ!」
声を上げたのは、ヴァイオレット。今の術式は・・・
(魔力を吸い上げる術式・・自分では、アスピル(魔力採集)と名付けたあと封印したのだが・・)

「もっと踊れよ。このクソ馬鹿。」
熱源が一点。小指の先ほど。
アナスタシアの指に現れた小さな炎は。その光は松明や、暖炉には絶対にありえない灯りをともし。
一瞬で消え、敵の体内に転移、爆散する。

かろうじて立っている敵に止めの一撃をいれたウィステリア。
「あ、あなたねえ!」
「勝ったしOK!」
「・・・・。」コイツは・・・
「なあ、ターシャ?」本気で怒っているらしい父、ウルラ。語感ではそうとも見えないが、かの「魔女」は怯えているのでそうなのだろう・・

「はいはい。とりあえずは帰りましょう。サスタシャは今日も平和、って報告でいいのかしら?」
眼鏡を押上ながら、ヴァイオレット女史。
「いいんじゃない?」「貴女の無茶ぶりも報告すれば平和には縁遠いけど。」「ウィス、怒ってるの?」
「あったりまえでしょうがっ!」「まあまあ。ウィステリア君。うちの不肖の娘とペアを組んでくれて、とても助かっているよ。」
「いえ・・まあ・・」「ウルラさん。この娘達の飛び抜けた才能、分かっていただけました?」
「ああ。まさか、とは思っていたけどね。」髪をかきあげる。
「嫁以上に破天荒だよ。あいつも相当だったけどな。こりゃ、血統って意味じゃ女系優位だな。」あはは、と笑い声を。
「そうですね。」ふふ。微笑。「ただ、ブレーキ役のウィスもいますし、私も離れずに彼女達の活躍を見たいんです。
夫も息子もこういう稼業には入って欲しくはないので・・・矛盾ですが、私の想いは、この子達を見守りたい、ですね。」
「そうですか。では、お任せしてしまいますが。」
「はい。任されました。」微笑みを。


(なーウィスーー)
(なによ?)
(とっておきって何?)

そこに。

「じゃあ、祝勝会でもやるか。マリーの店か、カーラインでケーキ食べ放題でもいいな。」
「あ、ウィスがとっておきが有るって!」
「ちょ!まっ!何言い出すのよっ!」
「私はなんでもいいけれど・・」
「・・・じゃあ、ウィステリア君。とっておき、てのをお願いできるかな?」
「・・・・・・はい。」(ターシャ・・覚えてなさいよ)


ウルダハにある、一般的をはるかに上回る一室。
構造上、一軒家が無理なこの市街。
建ち並ぶ建物のワンフロアを借りていて、その一室とは言え、広さはゆうに1家族が住めるレベルのリビング。
「あるところにはあるんだな。」正直な感想を言うウルラ。
「ウィス、お嬢だからね。」当然のように執事が出してくれたお茶を飲みながらのアナスタシア。
「私もご家庭に訪問して、今後の指針とかを伺いに行きましたけど。これほどのクラスは、見たことないですよ。」
ティーカップに口をつけるも、このカップ、一個いくらなんだろう?という空気がにじみ出ている。

「はい!とっておき、だよ。」
普段着、だろうか。着替えてきた彼女はドレスコードでもあるかのように優雅な衣装。
「なによ・・」ぶっきらぼうにお皿をテーブルに乗せて、手を叩く。

「はい。すぐにお持ちいたします。」渋い男性の声が通るやいなや、
給仕服の女性達がティーセットを新たに持ってきて、テーブルに置かれたラウンドケーキにナイフを入れる。
「お嬢様が、朝からご用意されていましたケーキでございます。仕上げは是非とも自分でなさりたい、とのことで、少しお時間を頂戴いたしまして。」
「こら!」
「その分、お嬢様のお心遣いがアクセントになっておりますゆえ、ご堪能くださいませ。」
「うううう・・・」
「ウィス?顔赤い。」からかうアナスタシア。
「いいじゃない!早く食べて、どっかに行こう!」ケーキにフォークを刺しながら。
「ウィステリア君。ありがとう。」ウルラは純粋にケーキを楽しんで。
「ウィス、こういうのできたんだ。私も勉強しなきゃね。というか、教えを乞うかな?」ヴァイオレットは興味満々で。
「先生・・」
ウィステリアはちょっとだけ、この秘密にしていた特技を・・少しだけ。うん。少し。後悔よりも。もっと早く皆に言っていれば。
そういう意味では後悔かもしれないけれど・・・
学院では、そんなことよりも術式を誰よりも理解して、上達して。
家に帰れば、祖父の鍛錬書を繰り返し。読みふけり、実践して。

「これくらい、年頃の女の子の嗜みなんだから!」って、給仕長経由で料理長の指示を受けて、頑張った。
ふくれっ面のままテーブルにつき、港とケーキを頬張る。(うん、失敗はしてない。)満足感は十分だが、皆の感想を聞くまでは無口。
かつ、賞賛があったとしても控えめな反応をしなければ。
心の中にスケジュールを決めていく。
「美味しい」=当たり障りのない返答
「おいしいね」=好みじゃないけど、プラス評価
「頑張ったね」=失敗が見つかったけど、言いにくいから・・・

そこに。
「なんだこれ?」
アナスタシアの答え。
(!?)
なんとなく、彼女の返答はわかってはいた。
以前にもこの家でコックの作った料理に口出しをしていたので。
ただ・・今回は、自分で作ったのだ。それも、作ったのが自分と知られてくないのに、ご丁寧に紹介されちゃって。
(やっぱり・・・私じゃだめなのかな・・)フォークを握る手が物憂げに虚空を彷徨う。

「うまっ!!」淡いグレーの髪の少女は、作法なんて気にせずにあっという間にケーキを平らげ。
「ウィス。おかわり。」唇にクリームをつけたままの彼女は無邪気に。

残りのひと切れをとりわけ、お皿に。
「そんなに美味しかった?」
「そりゃ、もちろん!」元気な返事。
「あは。貴女にはかなわないわ。もう。」
「そひゃ、あへだろ、あたしも(もぐ)勝てない事がるもうん(むぐ)」お茶でケーキを流し込む。
「全く・・。」
これ以上を言葉にできない。


「しかしな・・彼女の祖父が、義母さんの師、だったなんてね。」
青年は
「ですよね。込み入ったお話ですし。」
かつての教師。
「でもまあ。」
「はい?」
「いや、その志を受け継いでおられるのは、正直スゴイですね。」
「・・・そうですね。ただ・・彼女は、あくまで術士として名を上げたかった、と思います。」
「そうなんですか?」
「ええ。私の世代でもそうでしたが、あの学院をトップで卒業すれば、実績はさておき名声がとんでもなく付きますから。当時は踊らされたものです。」
「・・・・そうでしたか。」
「しがらみがある中、どうしても勝てない年下、それも鳴り物入り。普通、容認できないんじゃないかな?とは、教師の中でも話題に上がるほどで。」
「でしょうね。我が娘ながら自由すぎる教育だったのは否めません。」
「それは、どこでも同じでしょう。私の息子も放任主義の名のもとに、できることをしなさいって、キツく言い渡しているから。でも、あえて戦闘に向き合えとは。」
「そう言われてしまえば・・確かに。こちらの家庭は・・・ご存知のとおり、「魔女」の家系ですからね。」
苦笑するウルラ。
「あら、こちらも学院では1,2を争うカップルだったんですよ?」にこっと。

「まったく、因果というか。ね。」ケーキの最後のひと切れをほおばりながら、ウルラは笑う。
「ですよね。主人はこういったドタバタがイヤで、冒険者にならず、研究に没頭していますけど。」笑う。


「じゃあ、ウィス。次にはこのレシピを上回るケーキを賭けて。」
「もちろん。あなたにこれ以上の味が出せればね。」
「いったわね?」
「ケンカ上等!」
にらみ合う二人。  でもどこか楽しげ。

「あの子達は・・いい関係でいられそうだな。」
「ええ。なので私はできるだけサポートができればいいな。かしら?」
「それは頼もしい。俺もそれほど時間がないからね。でも、できるだけ協力するつもりなんだ。」
「マユさんは?」
「あいつは・・息子に、俺に、義兄貴に、義父さんにと、一家のまとめ役で・・ああ、ターシャもか。忙しいんだと。
義母さんは・・・「ほっといたらいつか死ぬ」って、探して回ってるみたいだけどな。」
「笑い事じゃないよね・・それ。」
「あの母子に関しては、今更ながら感服するしかないな。」
「お大事に、かしら?この場合。」
「ああ。助かるよ。」



「ウィス!」
「なによ?」
「今度は・・・ケーキ対決だっ!」
「へーぇ?」
「なにその余裕!」
「勝てない戦いに挑むのは、無謀っていうものよ。」
「・・・っ!」
「撤回するなら、今の話はナシってコトでいいわよ?」
「ナメんな?」
「大きなカーペット程、畳むのは難しいわよ?」
「言ったね?」
「じゃあ、楽しみにしてるけど。来週でいいよね?」
「へ・・?」
「対決を申し込まれて、そちらの都合だけで話を進めるってどう?でしょー?」
「いいじゃない!コテンパンにするから!」
「オーケーよ。ただ、審査には公平を期すために、人選は口出しするからね?」
「え・・・」
「セレーノ君は手駒にしてるんだろうけど。残念ね~?」
「いいじゃない。もうあれよ。クイックサンドのその場にいるお客さんに聞く、でいいんじゃない?」
「いいわよ。ただし初対面の人に限る。これが条件。」
「吠え面かかしてやるんだからっ!」
「かかってきなさい。」

(ムカつくー!)

(やっとこっちの作戦に乗った、か。でも安心はできないわね。酒場の客を全員買収とかしかねないし・・その手も考えておくか。)

少女達の見えざる手は、少し違うところでエスカレートしていく・・・・

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