982外伝2 居候ではない。断じて。

きっかけは。

そう。

とてもシンプルで。

ただ、日常の繰り返しをしていただけ。

そこに、闖入者がやってきた。それだけ。シンプルだ。

生まれたのはいつだったか?

そんなのは・・・覚えがない。

意味がないから。

意識?というものが(誰が決めたんだろう?)あるのならば。

母から、ちょっとした拍子にはぐれてしまった。

何故はぐれたのかはわからない。

本当に、気が付けば。だ。

この状況に慣れるのに、相当な時間が必要だった。

そう・・・あの、光のカタマリが、緑の上に上がってきて。

そして、沈んで、暗くなって。

淡い金色の光に満たされて。

お腹も空くし、どうやれば、母からミルクがもらえるのだろう?

ぼんやりとしながらも、空腹は黙ってはいない。

次の光が来る頃には、歩くのさえ億劫になっていた。

暗闇が続いていたせいか、この光は少し眩しすぎる。ただ、暖かい。

母のお腹に頭を預けて寝ていたのを、思い出させる。

そうだな。

今は寝る時間なのだ・・・・・



「ん?」
長い黒髪をそのまま流し、着ているものも着流し。
色白の彼女の前に、手渡されたのは、一匹の黒ネコ。
「いや、その・・寂しいかと思って。」
茶色い髪の青年未満が、おずおず、と。
「どうしろと?」
「いや・・その・・・。」
「こいつの世話を押し付ける。で、いいんだな?ミッター?」
黒髪の女性は、青年未満に不満の気配を滲ませる。
「あ、いや。押し付ける、というんじゃなくって・・・」しどろもどろ・・・

「ふん。まあいい。で?」
「で?」
「名前は?」
「あ・・そうだね・・黒毛だし・・」
「決めてないのかよ。」
「うん・・」
「しゃーねーな。いいよ。考えとく。」
「うん。僕の代わりに可愛がってあげてよ。」
「お前がやれよ。」
「いや・・・その・・・(寂しいかなって・・)」
「もういい。今日は帰れ。」
「え?」

バタン。と、ドアが閉じられ施錠された音が聞こえた。(もちろん、この「魔女の隠れ家」にそんなものはない。音をたてる事で、「オシマイ。」を演出したのだろう。)

「ま、今日はいいか。」
青年は陽だまりの公園で見つけた可愛い子が、彼女に懐いてくれればいいな、と思いながら・・



「で?」
真っ黒い毛玉は、未だ眠ってでもいるのか、腕の中で丸くうずくまって・・・
「寝てる?」
どういった事をすればいいのか、全くわからない。
そもそも、この小さい獣は何なのか?そこからがスタートとも言える・・・
「まずは・・エサ、か・・何食うんだ?こいつは・・」
黒雪は、久しぶりに途方に暮れながら手持ちの食料の確認をして・・・
「ハク!聞いてくれっ!あの野郎、こんな・・・」
双子の妹に助けを求めていた。



ん・・・・

まどろみは続く。

あ・・・あれ?

さっき、陽だまりの中でゆったりと・・

暖かい光の中で。

でも

今は、その光はない。

でも、なぜだか、暖かい。

前足を使って、顔をこすってみる。

もう一度。

舌で前足をキレイにして、もう一回。

暗い・・・が、ぼやっとした感覚が終わると、ハッキリと周りが見えてくる。

ココは・・・

さっき寝たはずの場所じゃない。

ただ・・

柔らかく、暖かい。

この感触は、初めてかも知れない。

母は、他の兄弟達と一緒に抱いてくれたが・・・

ここには、自分だけ。

「にゃあ。」

どこ?って聞いてみた。

もちろん、返事はない。

と、思っていたら。

「a okitanoka・・・」と、何を言っているのかわからない?音が聞こえた。

「誰?」と、疑問。そしてその声に。

「nya-nya-miumiu urusaizo!」と音がした。

声?なんだろうか?

見上げる程の高さに、顔?がある。

その唇から出てくる音は、不思議と不快じゃない。

なので、しばらく耳を澄ませてみる。

「anona watashi wa imakara omae no kainusi dayo wakatta?」

よくわからない。ただの音の羅列だけど。

わかるのは、自分の方が下の立場に置かれた、という威圧だ。

母につけてもらった名は、「ノワール」だけど・・・この名に誓い、己の尊厳を賭けた戦いも辞さない。

これは、種の本能なのだろう、全身の毛が逆立つ。

だが。

この遥かに大きな、そして、黒い毛並みを持つ相手は、戦う意思などなく、オレを放り出すと、どこかに行ってしまった。

何たること。

このままでは・・・・お腹が・・・空いている。

戦う意思もくじけてしまう。

「フーッ!」

戦意を奮い立たせ、尻尾もピンと伸ばしてみせる。


「ったく。ミッターめ。お前がここで寝泊りすりゃ、そんで済むだろうに。」
言いながら。
お腹を空かせているであろう、子猫のためにミルクを温め、もしかしたら、と、昨夜の残りの鶏肉の蒸し物をほぐし、皿に用意してやる。

「名前、ね・・。」
こんな黄昏どきに、黒い毛並みのネコ?クアール?の子を連れ込んでくるなんて・・
おそらくはネコだろうが・・・。
ミコッテに対する愛称でもある「ネコ」は、この種が元ネタだそうだが、野生種はほとんど見かけることはない。
逆に言えば、よくも見つけたな、と賞賛するしかない・・・
「そうだな・・」
黒髪の女性は、名を「黒雪」と称している。
そして、黒ネコ、か。

「黄昏も終わったし。そろそろ夜、ね。」
一案。
「あー。そうだ。ヨル。これにしよう。」自己満足に浸り、自分の食事の準備はほったらかしで、新しい同居者に食事を持っていく。


なんだか・・・鼻がムズムズ・・する・・・いい匂い、だ。

器に入れられた、暖かいミルクと、なんだかわからない肉は美味しかった。

うん。

これをいつも食べれるのなら。

悪くはない。

あとは・・・寝床・・。

この、少しばかり高低差のある空間は、とても気になる。

しっかりと、まずは食べ・・・


「おー、意外と食べるね。この子。」
邪魔すると怒りそうなので、しばらく様子を見ながら・・・
自分の分はあのショコラとかいう情報屋にお願いしよう、とパールを取り出し・・・
膝の上で、子猫を優しくなでる。



・・・満腹。

このまま寝れば、すごく気持ちいいだろう。

今まで食べたことのない味も知ってしまった。

なんだっけ・・?あのヒト?と言われるヤツが何か言ってたな・・・

まあ、いいや。

「にゃ・・」

意識が満腹感と、暖かくて、やわらかいもので包まれていく・・・・・



「おおう?黒雪さんが出前ですとー?」
「悪いな・・・」
茶色のミコッテ、ショコラが包みを渡す。
「珍しいですよー?」いつになくハイテンション。
「いいじゃないか。野暮用で、ね。」
「え?もしかして、わっちが来たらマズかったんじゃ?」
「そうじゃないっ!」
「で?何なんですか?」
「お前に言えば、ロクな事にならねえ。」
「あ、やっぱり?てことは、やっぱり!ですよ?ね?」
「刀のサビになりたいか?」
「とんでもございませーんにゃ!それでは、またですにゃー!」
茶色のミコッテが走り去ってから、額を手で覆いながら。
「困る・・・な。コレ。」


「oi! yoru! okiro!」 

いきなりの音に耳を立てるものの、身体は寝そべったまま。

なんだよ・・・明るい時間のごはん・・?

それなら、急がないと。

身だしなみとして、毛づくろいをしていると


「YORU!」 

と、大声で喚かれた。

なんのことだろう?

ヨル?って聞こえた。

もしかして、俺の名前?

おれは・・ノワールだっての・・・って。

んー。。。

音としては、似てる、よな・・

俺がノワールって音を出しても・・・「にゃあある」がいいところだしなあ。

このヒトってのには通じないだろう。

じゃあ、似たような、この名前でよし、とするべきなんだろう。

おいしいご飯もくれて、寝床もあるなら、そのくらいは仕方ない。

「にゃ!」

とりあえずは、このままの関係でいこうとするか。

「ノワール」改め、「ヨル」となる彼は、不思議な家での居候を始めることにした。

「ああ、俺はヨルだぜ?」

ちまたのネコ相手に、威風堂々と尻尾を立てて自信満々の彼が。

帰れば、暖かいミルクと食事、そして主の枕元で丸まって寝れる特権があるのだ。

自慢するしかないじゃないか。

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