974外伝2 悩みを終わらせるために。

「最早・・・不語。」
紅い着流しに、腰には二本の刀。
流れる黒髪を、首のあたりで無造作に束ねた剣士は、太刀に手を添える。

「ふん・・・二本差、かぁ。いいねえ!得意の抜刀術かい?でも・・その太刀じゃぁ、ムリじゃねぇ?」
黒い装束の女は乱れ髪をそのままに、間合いを計るように摺り足で・・

「・・・・・。」語らず、の宣言通り無言のまま相手を睨みつける黒雪。

「情れないねぇ?オレが道場に殴り込んだ時もそうだった。澄ました人形みたいでさ。ヒドイじゃないか?従妹相手にさ。
女系には継がせない、とか抜かして母親が里送りにされて・・・挙句、産まれたのが女のオレだ。里から戻ってみれば、道場の後継はオマエラ姉妹だという。なんだそりゃ?」

「・・・。」
「ふん。黙ってればいいさ。そのうち悶え苦しむだろうし。な!」
両の腰には鞘があるが、収められている刃のどちらが彼女の言う、庖丁なのかはわからない・・・


(少し・・いや、これは不利か?だが・・)木々に紛れて潜む魔女は、黒雪の実力を知っている。が、この状況は不利だろう。
なにせ、相手は「不意」を突くことに長けている「忍び」とよばれる技術の持ち主らしい。
過去に幾度か相対したようだが、黒雪はここ最近に修羅場らしい経験が無いゆえ、カンが鈍っているのかもしれないし、何より相手はこの数日で幾人もの人を切り殺している。
かといって、助太刀などというのもいただけないだろう。かの剣士は気位が高い。ヘタをすれば逆に襲いかかってくる、なんていう事も十分にありえる。
そのための「彼」なのだし、鬼哭隊なのだが・・
「やりにくいわね・・」まったく。
ベストは、黒雪が相手を無力化(できれば殺さずに)だけど・・楽観は禁物だ。
もし、黒雪が致命傷を負うような事があれば「彼」が黙っていないだろうし、スゥ達の部隊も一斉に包囲し、捕縛にかかるだろう。
それに、回復が間に合わなければこの「舞台」を用意した自分の失策でもある。保険をあの「黒衣」に頼んだとは言え、できる限り今のままの解決が望ましい。
しばし、戦場を見ながら出番が無いことを祈りつつ・・

「ねえ。なんとか言え?」腰の刀には触れずに、陽気な調子で宵凪が声をかけながら、手のひらを広げながら両手を前に差し出す。
「・・!」
傍から見れば、すごく友好的な態度に見えただろう。
しかし。
その手のひらからこぼれ落ちた、小さな玉を黒雪は見逃さなかった。

周りに闇以外の。煙が満ちていき更なる闇を生む。

(隠行術か・・)黒雪は、あえて目を閉じ、騙されないように意識を音だけに集中させる・・・聞こえた。
足音ではない。鞘から抜き放たれ、風を斬る刃の音。

キィン!

村正を抜き放つ。

「ははぁ!やるっ!さすが姉ちゃん!」不意打ちからの突きの一撃を見事に受け流され、賞賛を。
風に流された闇から黒装束の女性が現れ。

「・・・。不笑。」
その表情は正に笑っていない。そして・・
右腕には少しばかりの・・・切り傷が。
「ああ。そうそう。言い忘れた!黒雪姉ちゃんさ。抜刀術対策くらいはしてるんだ。」毒液が滴る右手の刃を見せつける。
「オレが左利きなのは知ってるだろぅ?二人しか知らないヒミツなんだからさあ?」
故郷の東方では「右利き」が当然の文化で、左利きは幼少時から徹底して「右利き」にさせられる。
「庖丁はこっち。」右腰の鞘を軽く叩く
「でもさぁ。驚いたよ?本当。抜刀術ってさ、防御術じゃなぃ?それも、太刀で脇差に対抗するための。
ちゃんとやっちゃうあたり、流石の鏡心流免許皆伝だね。」ニヤニヤとしながら話続ける。
「アレだっけ?3歩先の間合い以内に踏み込まれたら、脇差にどうしても速さで勝てないから生み出されたんだっけか?」

(まずい・・・あいつ、時間稼ぎをしてやがる・・・しかも毒刃を見せつけ、焦りまで煽って・・)
レティシアは、このままだと圧倒的に不利になる黒雪を見る。もはや介入も辞さない方がいいのかもしれない。この後始末の後に、改めて彼女との対戦も視野に入れ・・
「もう少し、もう少しだけ・・待ってください。」青年の声。
「ミッターク。リミットは近いぞ?」
「はい・・・ですが・・黒は・・」
「わかった。見守るのもいいだろう。が、だ。あたしの信条は譲れない。わかるな?」
「ええ。不殺、ですよね。」
「ああ。誰も死なせやしない・・・」例え、キレイ事だったとしても。

一方・・
(こいつ・・隙が・ない・・しかも、狡猾だ・・ガキの頃と全く違う・・)毒により右手の痺れが続く。
鞘に収めた村正だが、或いは抜刀したままの方がよかったのかもしれない。
奥義の連携を出すためには、どうしても正眼の構えからが基本となる。
静から動の流れは、抜刀術には向いていない。あくまで、静。それが抜刀術の極意であり、奥義。
相手に抜刀させず、自身も抜刀せず、勝つ。それこそが抜刀術の「真」
が、どうやら相手が悪い・・・あの毒刃よりも、妖刀の「毒」により、己を失っているとしか思えない。
抜刀させない、とは自身との力量を相手が知ってこそであり、それがなんぴとたりとも「理解」していればこその極意であり、奥義たる所以。
が・・心を病んだ相手にそれが通じるとは・・・
(不思・・)
次の斬撃は・・・思考が鈍ってくる・・・少し、毒の周りが早いのかも・・・

(あらあら・・こんな程度で・・なんて。ヌルイ生活してんだね。オレなんて底辺を這いずってきたってのにさ。唯一の温もりだった姉ちゃんと引き離されてさ。
意味わかんねえ理由でこんなコトしてさ。なんだコレ?いい加減、終わらせようじゃないか?だろ?鬼の庖丁。
オマエだってさ、鬼包丁のマガイモノみたいな扱いだったんだろぅ?じゃあ、本流をツブせば、オレ達が本流だぜ。なぁ?相棒。)
左手に無駄のない力を込める。

「姉ちゃんさ。オトコできたんだろぅ?」
「なっ!」

一旦離れた間合いを、この一言と共に詰めて。
双剣を振るう。
毒の刃と、「毒」の刃で脇腹をえぐるように襲う。

かろうじて防げたが、着物には切り口と、鈍い赤色。
「・・・。」
「抜刀術さ。いい加減ヤメたら?」
「・・・。」
「毒が効いてきた?語らず、なんてイマドキじゃないよ?」
「・・言ってろ。」抜き放った「妖刀 村正」又の銘を「鬼包丁」

「いいね。スゴクいいっ!」

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