677外伝。憂鬱な魔女・・・

ふぅ・・・・・。
決勝でなんとか勝利を収めはしたものの、個人的には勝った気がしない。
レティシアは、丸二日ほど眠っていた、と、医師から聞かされて、さもありなん、と思った。
最後の衝撃は、内臓を引っ掻き回されて、痛み、というよりも衝撃だけが身体に刻み込まれた気分だ。
防御結界用のクリスタルが銃撃で壊されるなんて。
いや、そもそもそのクリスタルを破壊する手段さえあれば、場内でも殺害可能ということを知らしめたわけだ。
「なるほど。」
まだ少し意識が混濁しているが、腹部の痛みのおかげで眠ることができない。
どちらかと言えば、眠る、というより痛みで意識が落ちる、という事か。
実際に銃撃を受けたのは初めてだが、あのフネラーレもこの激痛に身をよじった事だろう。
あの時は瀕死のあの娘を助けるのに必死だったが、まさか自分も同じ目に遭うとは。
皮肉、か。
さらに、優勝をもたらしたのがその娘などとは。
「ふ。」
窓を見る。どうやら昼下がりらしい。
そろそろ定期健診?みたいなのが来るだろうか?
痛み止めか、睡眠薬かどちらかを処方してもらうとしよう。
にぶい思考で今後を考える。
この負傷、おそらくはレイズだけでは癒せなかったはずだ。
かの娘も無茶な術式で癒したくらいだから。
ということは、外科的な処置もされているか。
なら、すぐに癒せる、というわけでもあるまい。恐らくは、数日は・・・・。

こんこん。
ノック。
この叩き方は、マユか。弱った所を見せるわけにはいかない。
ドアが開く。
枕を投げる。
「遅いっ!バカ娘!」怒鳴りつけ、投げた先に娘婿が顔に枕の直撃を。
あ。
「ぐはっ!」完全に不意を突かれた金髪のクセっ毛の青年は健気?にも「大丈夫ですか?」と、逆に心配気な声で。
バツが悪い・・・・
「なによ、マユかと思ったわ。ノックの仕方が同じなのね。」
実際、大抵はノックや足音で誰かがわかるのだが。
とは言いながら、この魔女はまず足音を立てることがない。同じくあの葬儀屋もだが、
彼女の場合は髪が革鎧と擦れる音がする。それには気づいていないようだが、教えるつもりもない。
ちなみに、この娘の夫であるウルラも革のブーツのクセに音を立てない。が、気配が強すぎる。誰も居ない筈の場所に、人が居る、そんな感じ。
娘のマユはパタパタ、と軽い足音がついて回るからすぐにわかる。ただ。
あの「黒猫」だけは、全く何も感じなかった。
恐らくは鉄板を仕込んであるであろう、革のブーツに、鎖で補強した革鎧。音がするのは当たり前の装備。なのに。
全く音も気配も無い。
剣聖ですら、やはり多少の存在感があるというのに。
殺気めいたものや、存在が全く感じられない。
決勝では、「黒い染み」を探して(狙撃があった方角に向かって)。なので、見つけられたが。1対1なら、恐らくカン頼みで止まらなければ、仕留められたのは自分だろう。
やはり、あの男は要注意だ。
数瞬の思考の後。
「マユがノックしたんですよ。」と青年。
その後ろからひょこっと、顔を出す娘。「ウルラ、大丈夫?」と気遣わしげに。
「ああ、なんとかね。」鼻が少し赤いが。
「それにしても、義母さん、まだ術後3日でしょう?確か、10日くらいかかるって聞いた
けど・・・。」青年は気遣わしげに。
「そんな辛気臭いマネ、できるわけないでしょ?」強がりなのは自分でもわかる。
あえて、呆れたような表情を見せてみる。激痛に身をよじるところなど、決して見せるわけにはいかない。
「母さん・・・。冗談抜きで大人しくしててよね。ターシャなんてずっと泣きっぱなしなんだから。」
孫の顔が思い浮かぶ。母であるマユを差し置いて、自分にとても懐いている孫娘。
娘も沈痛な面持ちだが・・・。
この子は強い。自分の娘だ。何処に出しても恥ずかしくない「魔女の後継(サクセサー・オブ・ウィッチケイオス)」なのだから。
だが・・・。
「それで連れて来てないの?」少し表情を和らげる。
「うん・・・。今、社長さんとこに預けてあるの。フネラーレなんて見た瞬間泣き出しそうな顔になったから・・・。」マユはなんともいえない表情。ウルラは少し笑いをこらえてるようだ。
さもありなん、か。あの娘は確かに黙っていれば、ついでに衣装も明るい感じでいれば、等身大の人形、それもかなりの美女だ。
だが、クチを開けばその全てを台無しにする。なおかつ、戦場などに立とうものなら、見た目がアレなだけにさらにタチが悪い。
ソレを、一目で見抜いた孫娘は、さすがの血統と言うべきか。
「あはは!」なんだか笑えた。腹部に激痛が走るが、これが笑わずにいられるか。
「そうね!」

「で、どうなんです?」ウルラの心配気な。
「大丈夫、よ。」笑う。もう、笑うしかない。激痛に耐えるには。

「母さん。お願いだからちゃんと治してね。」その目は・・・・バレてるか・・・。」
「ああ、マユ。先に帰っておいて。父さんを心配させないようにね。」これ以上、自分の醜態を晒したくない、とはいえない。
「うん、わかった。母さんも大人しく治療するんだよ。」優しく潤んだ眼で。
「心配ないわ・・・。」あたしも・・・安心して・・・・
ぱたり。
意識が暗闇に飲まれる。激痛に耐え得る限界をとっくに超えていて、やっと言えた台詞すら、自身の記憶に残っているのかどうか。


次に目が覚めたのは、あれから3日後だと聞いた。
マルス社長の代理、ということで赤毛の女性、レイとかいったか。が見舞いに。
場所もコロセウムの一室ではなく、グリダニアだった。
「大丈夫、ですか?」赤毛の女性が気遣わしげに。
「うん、ありがとう。マルス社長にはよろしく、ね。」
「はい。社長も大変気に病んでおられました。ご回復されたあかつきには、改めてご挨拶に伺いたい、とも。」
お腹をさする。痛みは残っているが、内臓を引っ掻き回されたかつての激痛はもう無い。グリダニアだけあって、おそらくは幻術士ギルドの術式が使われたのか。
「ここだけの話しですよ?」
赤毛の女性は声をひそめ。
「ん?」
「その・・・カヌ・エ・センナ様が直々に蘇生術式を組まれたそうです。」
「え?」
「対帝国戦の英雄としての偉業を称えん、とか言われましてお忍びで。」
「うっわー。まいったわね・・。」
「ナイショですからね?社長すら知らないんですから。」
「じゃあ、何故あなたが?」
「此処までご案内したからですよ。」
「あーあ、あたしもなんだかんだで有名人だなあ・・・。」
「何を今更。天魔の魔女の名を知らないなんて、新米ですらいませんよ。しっかり養生してくださいね。それではこの辺で。」フルーツの見舞い品を置いて退席する女性を見送り。

「バデロンの店での暴れっぷりがやっぱり、か。」
とか、言いながら。


自覚はあるようで。

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