580外伝。黒衣森の少女 二人IV

ウルダハにある住宅街。
富民街から少し離れた地区にあり、斉民街の入り口の近くから入る。
その長屋の一室(二部屋だが。)が猟犬と呼ばれる男の家で。
今はそこに一人の少女が間借りをしている。
初日から数えて、7日。昼下がり。
「はぁはぁ・・・はぁはぁ・・・。」荒い息。
「なんだ?もう終わりか?」男の遠慮の無い声。
「いえ。これからです。」せっ!はっ!
木剣を素振りする少女。
長屋には狭いながら裏庭があり、そこで少女が剣の練習をしているのだ。
今はまだ基礎ということで、午前中は走りこみ、午後からは剣を振る練習。
歳の割には身長のある少女は、薄緑色の銀髪を振りみだし、一心不乱に剣を振る。
型などまだまだ。まずは剣をきちんと振れるようになってからだ。それに基礎体力をもっとつけねば。
深窓の令嬢として育てられた彼女はやはり体力が圧倒的に低い。
「よし、あと100回振れば休憩にしよう。」
「はいっ!」
ふう。正直ハウンドは舌を巻く思いだった。なんせお嬢様が剣を教えてくれ、なんぞというものだから。
どうせ基礎の練習を2,3日もすればヘコたれて辞めるとか言い出すと思っていたのだ。ところがどうだ。
手をマメだらけにしながら、それがツブれても泣き言ひとつ言わずにひたすら訓練にいそしんでいる。
(おもったよりガッツあるじゃねえか。)

「マエストロ(師匠)。100おわりました。」
物思いにふけっているうちに済ませたようだ。この真面目さもたいしたもんだ。
金持ちなんてのは、いい加減なヤツが多い。傭兵なんざやってるとよくわかるのだが。
この少女はとにかく真面目だ。
「よし。部屋で休んでろ。オヤツでも買ってきてやる。」
「わぁ!ありがとうございまーす!」
こういうところは年相応な少女なんだがなあ。
「おい、カタリーナ、手を見せてみろ。」
差し出された手のひらはボロボロになっている。(無理しやがって)
「人差し指は癒し」回復術式。
少女の手のひらが回復していく。
「ほへー・・。師匠って術式もできるんですね。」
「戦場でできなきゃ、死ぬ確率が上がるだけだ。お前もできるようになっとけ。」
「はいっ!」


家をでた男は。
「ああ、俺だ。ヴォルフか?頼んどいた件はどうだ?」
「あー、そんな簡単なもンかよ。まだ尻尾もつかまらん。」
「そうか。引き続き頼む。」
「おうよ。相棒。でもかなり入れ込んでるな。お嬢ちゃんに。」
「馬鹿野郎。さっさと出て行ってもらうには一番手っ取り早いだろう!」
「照れるな。なにかあれば連絡入れる。」
「頼む。」伝心を切る。
ふう。あとはこっちも足で稼ぐか。

一月が経ち・・・
「ねえ師匠。わたしそろそろ腕前とかわかんないけど、素振りだけじゃなくて型とか教えて欲しいです・・・。」
「馬鹿やろう。ろくに体力も無いのに剣なんざ振りまわす羽目になってみろ。
死体の処理するアルダネス教会が俺のトコロに苦情と請求書をもってきやがる。」
「あう・・・。」
「いいか?まずは剣を使わない方法からやるのが一般的で平和的だ。剣で問答するのは、戦場だけだ。」
「はい・・・。」
「返事はっ!」
「はいっ!」
「よし。あくまでお前に教えるのは護身用だ。そのためにはまず逃げ足、次に剣で威嚇、最終的に剣で迎え撃つ、だ。
その最終から始めてどうする。だからまずは体力をつけろ。剣や鎧を身につけていても走って疲れないようにな。」
「はいっ!」
「じゃあ、走りこみ、行って来い。」
「はいっ!」


二月目・・・・・少しの変化が。
少女はかなり体力がついてきたらしく、少し位の走りこみなら息を乱さないようになってきた。
筋力もそれなりについて来たらしく、最初は剣に振りまわれていたのが、いまではちゃんと道具として扱えるようになってきている。
次のステップにいこうかどうか。そんなところか。
しかし。
そうではなく。

「ヴォルフ。それは本当か?」
「ああ。たしかアンドレ・・ア?だっけか。ヒューランの男。歳は嬢ちゃんとおなじくらくらいだろ?」
「ああ、そうらしいな。詳しい特徴までは聞いてないが、それで十分かとおもったんだが。」
「見つけたぜ。」
「お!本当か。でかした!相棒。嬢チャンも喜ぶぜ。」
「ああ、それなんだがな・・・・」


「ただいま・・・。」ドアを開ける手が自然と重い。
「あ、師匠!お帰りなさい!」
「ああ。ただいま。ほら、オヤツだ。」
「わあ!ありがとーございます!」
「ああ、まあ部屋で食べよう。」
この二ヶ月ですっかり綺麗に片付けられてしまった彼の部屋だが。
そのテーブルにお菓子をひろげ、椅子に腰掛けると準備してあったのか、お茶も出てくる。
袋から出されたクッキーをつまみながら椅子に座る少女。
「師匠?どうかしました?」
「どうして?」
「なんかヘン。」
「実はな。少し報告がある。この二ヶ月、お前の許婚とやらを探していてな。」
「え!?そうだったんですか!ありがとうございます。あたしだけじゃ正直どうしていいのか困りそうだったんです。」
「そうか。じゃあまずは。いい話からだ。」
「え、それって。もしかして!」
「ああ。アンドレア、という少年の居場所はわかった。」
「きゃああ!!!師匠!ありがとうございます!大好きです!後は取り返しに行くだけですね!」
今からこのエレゼンの少女をドン底に突き落とす事を思えば、余計な事を言ったかもしれない。
「次に・・。」
「次に?」
「悪い話だ。」
「うん・・・。」ごくり。
「彼は2週間ほど前に死んでいた。はやり病だったそうだ。採石場はかなり過酷な現場だ。
体力の無いやつから死んでいく。そこに病でな。その採石場の半分以上が死んだらしい。その中に彼もいた、ということだ。」

かしゃん。

目の前の少女は目を見開いたまま。動かない。ただ、握力の無くなった手からカップが落ちて砕けた。
瞬きすら忘れて、じっとこちらを見てくる。いや、正しくは何も見えていないだろう。
沈痛な声で搾り出す。
「遺体は共同墓地に弔われたそうだ。アルダネスのな。」
共同墓地は無縁者や、奴隷も多く入るので、碑銘などは一切掘られない。
書類に一行、名前と没年だけが記される。

「そ・・・れ・・・・」普段は鈴の鳴るような声だが、今はかすれて、別人のようだ。
「ほ・・ん・・・と・・・・?」目もうつろに濁ったように見える。薄いブルーの瞳はガラス球のように。

「ああ。残念だが。どうする?アルダネスまで行くか?書の閲覧だけならそれほど時間もかからんだろうし。」
「・・・・・・行く。自分の目で確かめたい・・・。」
「そうか。片付けておく。準備してこい。」
「はい・・。」のろのろと部屋に向かう。

ち。いつ見てもこういうのは馴れねえなあ。しばらくして、普段着の少女が出てきた。
「行きましょう師匠。」
「ああ。」
そして、名簿にその名を見つけた時。
今度こそ少女はその場で泣き崩れてしまった。
「わたしが・・・探すのが・・・・遅かったから・・・・。」
「お前のせいじゃない。自分を攻めるな。」
「嘘よ・・・わたしが・・・あの時・・・」
「いや、よくやったと思うぜ。さ、一旦帰ろう。な。」
「はい。」石碑に黙祷を捧げ、背を向けて。

家に着き。
「なあ、カタリーナ。お前、もう家に帰れ。カテリナ・グローリャとして、もう一辺やり直せ。」
泣きはらした目をキッと向け。
「イヤですっ!!!」
「わがまま言うな。もう剣を習う必要も無いだろう?」
「いいえっ!あんな家でも、どこかでやっぱり甘えもあったと思います。今回の事で、完全に決裂する決心がつきました。
師匠。もうわたしには剣しかありません。これまで以上に鍛えてください。護身用とか、生ぬるいのじゃなくて、戦場の剣です。お願いします。」

ふう、吹っ切れて違うものに励むのはいい事だ。しかし・・。戦場か。
「お前、傭兵になる気か?」
「はいっ!」
「死ぬぞ?」
「望むところです。」
「馬鹿っ!死なねえように戦うのが傭兵流だ。死んでもいいから戦うなんてのは騎士にでも任せておけ。
よし、新兵の訓練から始めるか。男女の別のない訓練だからな。そのつもりでいろよ。」
「はいっ!」
そして数年が経ち。

「なあ、カタリーナ姐さん、この先どう思います?」
「んー・・。ハウンド隊は突貫したんでしょ?もうちょい待ち、かな?」
「へい。おーい、みんな!もうちょい待ちだ!」
向うで剣戟の音が響いている。
もう少し引き付けて・・・「今!突撃!」剣を振り上げる。
おおお!鬨の声と共に戦場を駆ける「戦乙女(ヴァルゴ オブ グローリー)」


----------コメント----------

つ、続くのか?ゴクリ
Sanshi Katsula (Hyperion) 2013年05月06日 19:51

----------------------------

ハウンドさんこそ無理しやがって

アンドレア君のご冥福をお祈r・・・戦乙女!戦乙女!!!
Fizz Delight (Hyperion) 2013年05月06日 21:00

----------------------------

>三枝師匠、ツヅキマス
とはいえ、あと少しですが。
Mayuri Rossana (Hyperion) 2013年05月07日 00:53

----------------------------

>フィズさん、いらはいw
なんかテンションがwそういや、亡霊氏も傭兵設定だったようなw
行く早乙女ランマ。いや、戦乙女。ヴァルキリー、ワルキューレ、ヴァルキュリア、いろいろ呼び名がありますが、あえてのヴァルゴ(おとめ座)
Mayuri Rossana (Hyperion) 2013年05月07日 01:06

----------------------------

傭兵だったのk
ちゃんと設定把握しておかんとですなw
傭兵でネコッテ好きで、戦闘好きで、対人好きで、、、普段と変わらんな

戦場のヴァルキュリアとかってなかなか好きな話だったなぁ。
デカかったなぁ・・・。
Fizz Delight (Hyperion) 2013年05月07日 03:43

----------------------------

ワルキューレの冒険(古
Sanshi Katsula (Hyperion) 2013年05月07日 05:07

----------------------------

>フィズさん、明記はしてませんけどw
アニメの「戦場のヴァルキュリア」は見てましたw
Mayuri Rossana (Hyperion) 2013年05月07日 09:15

----------------------------

>三枝師匠、ゲームだっけ。
なんか聞いた事あるなあ。
Mayuri Rossana (Hyperion) 2013年05月07日 09:20

<<前の話 目次 次の話>>

マユリさんの元ページ